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Delivery Bullet☆  作者: G
中部 フィフス・ハーモニー編
28/35

半導体の目を持つ乙女


引鉄トリガーを引き絞る。


一回、二回、三回、四回……


連続的にでは無く、断続的に。


けたたましく響く発砲音と閃光はその存在感を赤裸々にする。



「………」



彼女は口を噤んでいた。


無言でその先に蠢く数体の標的を真剣な眼差しで捉えつつも、その口元には苛立ちの色が浮かぶ。



床と壁と天井。


空間を縦横無尽に高速で這い回る機械たち。


フルオートによる一点の集中砲火ではそれらを捉えることは難しく、タップ撃ちでの面攻撃を余儀無くされていた。



たとえ鼠のように小さな身体を持っていたとして、それらが機械である事に代わりはない。


生物のそれとは異なり金属で覆われた身体と、痛みに足を止める事も、恐怖に身を引く事も無い感情の欠けた兵器。


それらが数発の銃撃で易々と撃破できるはずもなく、淡々と銃弾だけが消費されていく。



目の前で繰り広げられた攻防がいつ終わるのか、そして、どちらが終劇の引き金となるのか。


先の見えぬ不安と焦りが、少女の表情に影を落としていた。



いくつ目かの弾倉を引き抜く。


軽い音を立てて地面に落ちたポリマー製の弾倉を横目に、プレートキャリアに備えられたマグポーチより新たな弾倉を手にする。



銃口は前を向いたまま。


片手で弾倉を挿入し、フレーム右側面に飛び出したチャージングハンドルを引いて弾を送る。


金属の擦れる音を立てながら閉じられた排莢口エジェクションポートを確認し、彼女は再度引鉄を引いた。



鼠は悲鳴を上げた。



高速で射出された5mm幅の弾頭は金属質の身体を貫き、凹ませ、中身を構築する電子部品を飛び散らせる。


そうして途切れ途切れに、唸るように奏でられた駆動音は小さな断末魔のようだった。



「ちっ……この数、埒が明かない………!」



誰に宛ててでも無く、愚痴るようにメイは告げた。


地面に片膝を立てて射撃姿勢をとっていた彼女は立ち上がる。


射撃を繰り返しながら少しずつ後退し、退路へ向けて撤退の選択を下す為に。



そうして先の弾倉が空になったのを合図に後方へと振り向き、メイは一気に駆け出した。



「いちいち相手にしていたら残弾も時間も消えていくばかりね……」



自戒のように、彼女は呟く。


後ろへと振り返る直前、廊下の先より新たに姿を現した数匹の奴らに若干の憂鬱を覚えた様子で。



メイは早足で廊下の端の階段を下った。



本来の目的としては、つい今まで小さな攻防戦を繰り広げた廊下の先にある別棟と本棟とを繋ぐ渡り廊下へ到達する事だった。


最初にエミリアと別れた際、彼女は本棟より背の低い別棟の屋上を伝って移動を試みた。


別棟が機械仕掛けの殺人兵器の巣窟となっている事は全くの想定外ではあったものの、彼女はなんとか敵の目を掻い潜りながらようやく本棟と別棟を繋ぐ正規のルートへとたどり着けた筈だったのだ。


だが、その計画は成すこと無く打ち砕かれた。



機械たちを束ねる大元である監視人を叩く事で奴らを一網打尽にする。



現状の到達点、大目標であるそれを果たすには多くの情報が欠けている。


本棟で仲間達が相見えているであろう敵の一人でも捕まえる事が出来れば監視人の存在を吐かせる事ができるかもしれない。


彼女はそう考えていた。



「思えば何かおかしいわ。さっきの廊下に敵の戦力が集中していたのは……考えが見透かされているから…かもしれないわね」



己の考えを整理する為、彼女は呟いた。


階段を一、ニ階層と駆け降りながら。



ここまでの道程に比べて明らかに先の廊下には戦力が集中していた。


メイの目的を見透かし、本棟へと渡るのを阻止する為か。


あるいは仲間との合流を阻害する為か。


考え得る可能性はいくつもあるが、この棟にメイを留まらせる事で生まれる優位性は大きい。


使役する機械達の習性や攻撃手段、己の素性に対する秘匿性の確保の為にもそれは妥当な判断だろう。



その時点でメイの中には二つの選択肢が生まれていた。


敵の成す防壁を突破して本棟へと渡る事、あるいはこちらの棟で監視人を特定するための行動を起こすか。



「………ふぅ…」



メイは足を止めた。


階段の踊り場に身を潜め、横目で階下と階上の状況を確認する。



静寂────



僅かに駆動音が聴こえるものの、それは階上の物と思われる。


息を整える。


得物のグリップを握りなおし、次の階層へ足を踏み入れる覚悟を決める為。



階下は広間になっていた。



左右にガラス張りの壁が続き、中央部へ等間隔に太く長い柱が点在する開放的な空間。


全時代の用途として想像すれば、宴会場や洒落たレストランといったところだろう。


そこには既に会食の為に並ぶ椅子やテーブルの姿もなく、窓枠には僅かにガラス片が残るだけとなっているが。


唯一天井を彩る大きな照明の骨組みだけがその情景を辿る手掛りとなっていた。



ゆっくりと歩みを進める。


得物を構え、辺りを警戒しながら。



そして、それは姿を現した。




……チャリ────




床に散らばるガラス片を踏む音。


自分の物ではない、小さく軽やかな足取り。


そして、そのリズムが表す脚の本数の違いを。




そこにはケモノがいた。




オオカミの形をした大きな機械───


逆関節の脚部、逞しい筋肉質の腕から連なる太い爪、鼻先から尾へ続く流動的な毛並みを模した鋭利なフォルム。


それはゆっくりとメイへ歩み寄りながら金属の擦れる高い音と、軽く電子的な駆動音を奏でていた。



一目でそれが生物ではないことを彼女は理解する。


同時にそれが自身の敵であり、これまでに目にしてきた機械たちと()()が異なる事も。



「ガルルるルるルRUルruruるルるRu…………」



生き物のように、それは声を模倣した音声を再生する。


喉元に設けられたであろう発声器官スピーカーを震わせ、生物としての獣が敵を威嚇するように。




「……は、冗談よね…?」




メイは引鉄を引き絞った。


出し惜しみなく、連続的に射出され続ける弾丸。


暴れる得物の運動リコイルを左手で抑え込み、照準を外す事なく全ての力をそれへ向けた。



だが、それは止まらなかった。



メイの攻撃を見て駆け出した狼。


自身に飛来した弾丸の全てはその身体の殆どを構成する鋼鉄製のフレームが吸収し、火花を散らしながら弾き返す。


薄暗い室内に緑に輝く眼光を揺らし、大きく開かれた口元に揃う歯を見せながらメイへ一直線に進んだ。



咄嗟にメイは横方向へ跳ぶ。



目前にまで接近を許した敵の姿。


その行動を停止させる一切の気配を感じさせる事なく、自身の脳が発する危険信号に従うままにメイは回避を行った。


地面に倒れ込み、メイは自身の得物の排莢口が開かれたままになる音を聴いた。



狼はメイを通り過ぎて立ち止まる。



虚空を噛み砕き、慣性に身を委ねその先へ数メートル程進んだ地点で。


地面を構成する剥き出しのコンクリートにはそれが深々と爪を食い込ませながら急停止を行なったであろう痕跡が残されていた。



メイの頬を汗が伝った。


顎先へ伝い、地面へと零れ落ちる雫。



彼女は駆け出した。



この大広間を抜けた先の階段を目指して。


決して振り向かずに一目散に走る。




PARARARARARARARARARARARA────!!!!




唐突に鳴り響く銃声。


メイは反射的に飛び込み前転の勢いで大広間の中間地点ほどに位置する残骸へ身を隠す。


彼女がつい一秒前に居た場所へ飛来する弾丸。


小口径のそれらは割れた石の重なる残骸を抉り、地面へ無数の小さな穴を開けた。




羽音がする。


幾度となく耳にしたあの音。




残骸を背にもたれかかり、メイは横目で音の方へ目をやる。


一体、二体、三、四、五………



狼は歩み寄る。


ゆっくりと、大地を踏みしめるように。


そして奴らはそれに続くように。



彼女が先ほど下ってきた階段や、地面に空いた小さな穴、開け放たれた窓枠を伝ってぞろぞろと鼠型のボット達が湧き出ていた。


室内、空中を舞う数体のドローンたち。


高速に回転する羽音を立て、彼女の様子を伺うように不規則な浮遊を繰り返すそれらは狼に寄り添うように。



狼型の戦闘ロボットを筆頭とする行進。


殺人のみを目的とする伽藍の行列は真っ直ぐに彼女へと向かっていた。



勝利を確信し、それはさながら、逃げ惑う野兎を追い詰めるように。




「これは……まずい……」




彼女は笑っていた。


凍りついた表情に、口元だけで浮かぶ苦笑い。


首を振るい、絶望のあまり昏倒しかける意識をギリギリで繫ぎ止める。



監視人が罠としてこの場所へ彼女を誘い込んだのか、あるいは決戦の場としてこの場を選んだのか、どちらかは定かではない。



ただ、事実として。


彼女には一つの感情が浮かぶ。



「…………はぁ、怠いわね。本当に」



溜息を吐くように呟く。


足先から頭の頂へ、じわじわと身を蝕む苛立ち。


この状況を悲観する事も、絶望に頭を抱える事もない。


彼女を唯一支配した感情は()()




それだけだった。








シーツの擦れる音がする。


僅かに開け放たれた窓から流れた風に、小さくカーテンが膨らむ。


夜の空に浮かぶ月は二人を優しく覗き込んでいた。



「…………サ……ツキっ……だめ……」



「ん……でもアイリのここはそうは言ってないみたいだけど?」



妖しく微笑むサツキ。


彼女の腕を力強く握り、言葉だけで静止を促すアイリス。



ベッドサイドに置かれた蝋燭の灯が照らす薄暗い室内に小さな水音が溢れる。


夜の帳が下り、街の住人達は夢を見た。


そこには二人の営みを遮る物は何一つとして無く、外の世界と隔絶された空間には一つの感情だけが複雑に絡み合う。



「アイリ……私の、私だけのアイリ。好きだよ。誰よりも、何よりも」



「………はぁ……はぁ……」



息は途切れ途切れに。


乱れた呼吸を整える為、外の空気を渇望する。



僅かに水分を帯びた長い金の髪を、月明かりがキラキラと映し出している。



抑える事の出来ぬ衝撃。


身体を束縛するように、それでいて、この世の理全てから解放されるように。


電流のように身体を伝う()()は全ての意識を彼女だけに、己の全てを彼女に委ねるように。



力なくうつ伏せに倒れこんだアイリスの耳元でサツキは囁いた。


彼女に覆いかぶさるようにその身を重ねて。



強く、強固に絡み合った指先が二人を繋いでいた。


その肌が溶け合い、やがて一つになる事を祈りながら。



アイリスは微笑んだ。



暗がりに浮かんだ彼女の顔を見て。


その表情に浮かぶ笑顔が暖かくて、優しくて。


何よりも、慈愛に溢れていたから。



サツキ

    を守りたい────

アイリス



この笑顔を。


この刻を。


この愛を。



それが永久である事を望み、決して壊されぬ事を誓う。


ただ、最愛の人といつまでも共に在る事を。



「me too……私も、私もサツキが大好き」



今にも泣き出しそうな笑顔だった。


しっとりと汗が浮かび、乱れた髪が僅かに視界を遮る。



サツキは微笑みを浮かべて半身を起こした。



アイリスの髪に触れ、優しく撫でる様に整える。


ゆっくりと彼女に顔を近づけ、口づけを促す。


彼女もまたそれを受け入れ、音もなく重なり合った。



二人には何も無い。



帰る家も、故郷も、愛する両親も。


人が人を殺め、奪い、犯し合う混沌の世界で二人は出会った。



喜びを知り、愛を知り、己が命を賭して護るべき物を知った。



そして、その為には世界の全てを敵に回す事も、世界の全てを破壊し尽くす鬼になる事も厭わない。



ただ、いつまでも彼女の笑顔を見ていたいから。



二人は笑い合った。



心から喜びを浮かべ、今日の些細な一日を心底愉快に想いながら。


夜が明ける、その時まで───



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