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騙る世界のフィリアリア  作者: 絢無晴蘿
第二章 -神騙り-
104/154

02-14-00 割れた硝子




「くそ……くそっ、くそっくそっくそっ! 許さない。あのくそガキがっ。やはり、あの時、殺しておくべきだったんだ!!」

暗い、夜。

誰もが寝静まる森の中を青年が――プルートが奔る。

「くそっ。ようやく、あの忌々しいシェランを殺せると、思ったのにっ」

廃墟を見つけると、迷うことなく彼は入っていく。

森の中に不自然なほど一軒だけある建物。そこは、全体を植物に覆われ、元々どんな姿だったのかまったく分からない。

中に入ると、濡れた床に硝子や壊れた家具が散乱していた。

そこを彼は苛立ちながら進む。

「どうして、どうして、どうしてっ!!」

何十年、何百年と時間をかけて来た計画が、最後の最後でマコトの裏切りによって終わった。それが許せない。

乱暴に開けた扉の先は、地下への階段が続いている。

暗闇でも目が見えるかのように、彼は明かりもないその道を進む。

漆黒の闇が辺りを包む。

どれ程歩いただろう。迷うことなく彼は暗闇から扉を見つけると開けた。

「あラ、おかえりなさい」

その声に、彼は先ほどの憤怒を忘れたように嬉しそうに頬を染める。

部屋は、煌々と明かりが灯っていた。そして、檻があった。

太い鉄格子が嵌められたその奥には、紅の髪に緋色の瞳の女性がいた。

「どうやら、『私』が死んだ様ネ」

闇を纏う彼女は、にこりと嗤う。

「……もうしわけ、ありません」

「いいのよ。アレは、もともとそういう用途に残しておいた残骸だから。それに……」

女性は嗤う。

嗤って、遠くを見るように目を細めた。

「歪とはいえ願いを叶えてもらえたから、嬉しいの」

そんな女性の様子を、プルートは憎々しげに見た。

嫌いなのだ、彼女が『願い』の話をするのが。

だいっきらいなのだ。

彼女がルゥイの話をするのが。

「我が、女神」

プルートは、黒の女神(・・・・)に、跪く。

「次こそは、必ず貴女の力を取り戻して見せます。だから……もう少しだけ、待っていてください」

暗く淀んだ瞳は、殺意を溜めこみながら女性を見つめていた。

「そう」

対して、彼女は興味なさそうに応えた。

きっと、何を言ってもプルートは止まらない。

彼が信奉する彼女の言葉でも、届かない。

彼は、意地でも黒の女神を蘇らせようとあがくのだろう。

どれほど時間がかかっても、どれほどの犠牲を強いても。きっと。

そんなこと、当の本人が望んでいなくとも。
















一面に赤い花が咲いていた。


叫び声が聞こえる。

泣き声が聞こえる。

嘆き声が聞こえる。

助けてと、誰かが懇願している。

最期の断末魔が聞こえる。

地獄の様な光景だった。

先ほどまで皆が笑顔で笑いあい、祭を楽しんでいた場所とは誰も思わないだろう。

そんな、最悪な場所で。

「どうしてっ」

大好きだった弟が持っているのは、見た事のない細工が彫られた短剣。

「やめて!!」

それを兄は、避けもせず――


「……セイレン、そろそろ、起きなさい、な」

小さな手に揺り起こされ、清蓮は最悪な目覚めをした。

今見ていた夢もさることながら、起こしに来た見た目十四、五歳ほどの少女――穏やかに微笑むストラシエを見たからだ。


ぽつぽつと家が森に沿って作られた小さな名も無き村。

不本意な事にセイレンがフィーユによってそこに連れてこられてから、すでに十数日がたっている。

と言っても、どうやって連れてこられたのか気絶していたため覚えてはいない。

ストラシエに後から聞かされた所によると、セイレンがフィーユに敗れてからすぐにここに送られたらしい。そして、ストラシエに託されたのだとか。

「おはよう。セイレン」

ゆったりとしゃべる彼女は、セイレンよりも幼い顔立ちだが、その目は年を重ねた者のソレだ。そして、特徴的な事に、その両耳は人よりもとがっている。

彼女は、エルフなのだ。ハーフエルフなのかそれとも純血なのか、そこまでは解らないが。

おそらく、見た目は若いがかなり年をとっているのだろう。

なにかと年のせいにしてセイレンに雑用を押しつけて来るのはいただけないが。

「……」

清蓮は不機嫌そうに顔を逸らすと、何も言わずに立ち上がった。


小さなこの村の人々の朝は早い。

基本自給自足の生活をしているためだろう。あと、年寄りが多いせいもあるかもしれない。

ちらほらと畑に出ている村人たちに声をかけられながら、今だによく目が覚めていないセイレンは、村唯一の井戸へと向かう。

足腰が痛いのだと十四、五歳の少女姿の年よりエルフに毎日頼まれるためだ。

「あぁ、セイレンちゃん。おはよう。何時も偉いわね」

目の下に隈ができている女性が先に水を汲んでいた。

それをぼうっと見ながら首を振る。

「あの人がいつも頼んで(きょうせいして)くるからです」

「そう?」

彼女の耳は、ふさふさの獣の耳だ。おそらく、形からして熊あたりの。そんな彼女が背におぶっているのは、翼を持つ有翼種の赤子だった。

先ほど擦れ違った男性は、ストラシエと同じエルフ。その隣を歩いていたのは魔人の血を引くという女性。

畑を耕しているのは漆黒の髪から見るに、おそらく日本か大和あたりの出身の人間だろう。

この村は……かつて清蓮が暮らしていた村によく似ている。いや、あの村のほうが個性的な人が多かったがとにかく。


ここは、異種族が集まって暮らす村だ。


一人、水を汲み終わったセイレンは来た道を戻る。

フィーユがどうしてこの村にセイレンを連れてきたのか、彼女とあれ以来会っていないので分からない。

だからと言って、セイレンはこの村から離れる事が出来ない。

首元と足首に飾り紐のようなものが巻かれていた。それは、見る人が見れば強力な呪具だと解るだろう。

この呪具のせいで清蓮は自分を傷つける事もこの村から離れる事もできない。しかも、ストラシエからの命令を拒否できない。

納得いかない。まったくもって不本意だ。

不機嫌ながら、セイレンはしかたなく水を運ぶ。

セイレンは水術が得意だ。だから、別に井戸から汲んでこなくても別にいいのだが……。ストラシエからの命令が井戸から水を汲んでこいだったのでしかたなくそうしていた。

「馬鹿みたい」

穏やかな小さな村を、セイレンは懐かしさに胸を痛ませながら歩いて行く。

まだ、春は遠い。








「あーっ、納得いかなーい!!」

ティアラの叫び声が冬の庭園に響いた。

咲く花は少なく、木々の緑も少ない庭園はどこか寂しげだ。そんな庭園の一角、テーブルやイスが幾つか置かれた場所にアルト達はいた。

つい昨日、星原の本部に帰ってきたばかりだった。

カリスとテイルは既に星原のスワーグ支部に移り、居るのはアルトと出流、ティアラだけである。今日は、アイリが本部のほうに呼び出されていて不在だ。

「ちょっと、アルト! あんな返答で納得いってるの? いって無いでしょ?!」

同意を求めてきたティアラに、アルトはなんとも言えず、複雑な顔をする。

ファントムによって連れていかれた先でマコトと再会したあの日、結局アレ以上マコトは語ることなく、これ以上はアルト達に聞かせられない話だと早々に隔離されてしまった。

現在、マコトやフェルナンド、スフィラがどこにいて、どんな状態なのかまったく分からない。

アルト達はまだ子どもだからとなんの情報ももたらされない……それが悔しく、そしてまだ子ども扱いされるのかと怒っていた。そもそも、マコトのほうがアルト達の中で一番年下だったはずだ、だというのにこのあつかいはどういう事なのか。

「納得はいってない、よ」

アルトは静かに言った。

納得できるはずがない。マコトは、千引玻璃を殺した張本人なのだ。

だと言うのに、彼はなにも言わなかった。

納得なんてできる筈が無い。

「デショ! 今のあたしたちじゃダメっていうのなら、正面から聞けるくらい偉くなってやるっ。……って、なんでそんな驚いてるの、出流」

「……ティ、ティアラが強行突破的な内容じゃなくて普通の内容の事を言ったから」

「ちょっとまって。あたしのことどう思ってんの」

「え。なんにでも面白そうだって首をつっこんで厄介事持ちこむ人」

「……」

否定できずに無言になるティアラを見て、アルトと出流は顔を見合わせて笑った。

今、彼等ができる事は少ない。

情報は規制され、ほとんど何が起こっているのか解らない。

でも、アルト達も関係していることだ。だから、このまま傍観しているだけではだめだとみな思っていた。

自ら、動いて行かなければならない。

「あっ。ここにいましたか」

女三人の集まりに、青年――草薙守が顔を出した。

疲れがたまっている様子の彼は、アルト達を見ると不機嫌そうに言う。

「ティアラ、アルト、ラピスさんがお呼びです。なにかやらかしましたか」

「えっ。まだなにもしてないよっ!」

「ティアラ……まだってことはなにかやらかす予定なんですね」

「いや、なにかする予定もないわ!」

慌てて否定するティアラに、守は胡乱げな視線を向ける。

なんだかんだで二人はいつも仲がいい、そんな事を思いながら出流はどこか対岸を見るようにやりとりを見ていた。

アルトとティアラは呼ばれたが、出流は別に関係ないのだろうと思っていたのだ。

「それと、出流。貴女に、裁き司のカーリーさんが来ています」

「えっ」

話をいきなり振られた出流は、驚いて目を丸くした。

こちらに話が来るとは思っていなかったし、しかもその内容がつい先日少し会っただけのカーリーからの呼びだしだ。驚きもする。

裁き司のまとめ役である彼女がなぜ出流を呼ぶのか謎だ。

「とりあえず、館に戻りますよ」

分からないまま、出流は頷いていた。

アルトとティアラも各々片付けて庭園から館へと戻っていった。


「来たわね」

笑っている様な、苦笑している様な、困っている様な……そんな複雑な表情をしたラピスは、双子らしいよく似た少女二人にじゃれつかれながらアルト達を待っていた。

「あのおねえちゃんたちが案内してくれるの?」

「ラピスちゃんが案内してくれないの?」

勝手なことを言いながら、二人はアルト達の前にとてとてと歩いて来ると、薄桃色の瞳でアルトとティアラ、そして出流を眺めて来る。

薄黄緑色の髪を二つ結びにした二人は、あまりにもよく似ていて見分けがつかない。

年は十歳になるかならないかだろう。なぜか、そのうちの一人は重そうで巨大な包みを背負い、もう一人はスコップを持っている。可愛らしい少女たちには似合わない装備だ。

「はじめまして!」

「こんにちは!」

礼儀正しく二人は頭を下げるが、いきなり何の事だがよく解らずアルトはラピスを見た。

「あー、ちょっとややこしい依頼というか、お願いなんだけど……ちょっと、この二人を皇の館まで案内して欲しいの」

「え?」

「どうかごきょうりょくを!」

「よろしくおねがいしますね!」

ニコニコと微笑む双子は一体何者なのか、よく解らずアルトとティアラは顔を見合わせて首を傾げた。

「わたしはあさぎといいます」

「わたしはもえぎで」

「友達をむかえに来ました」

「ようやく話し合いが終わったので」

「長かったけど」

「ようやくね」

ほとんど見分けのつかない二人だが、浅黄の左目の下にはほくろがあるのでどうにかこうにか見分けがついた。

「皇の館にはもう誰も住んでないはずじゃ?」

首をかしげるティアラにラピスは複雑な顔をする。

「詳しい話をするわ。出流は隣の部屋にカーリーさんが居るから、そちらに」

「あ、はい」

一人だけ違う要件の出流は名残惜しそうに振り返りながらも隣の部屋へと向かう。

それを見送った後、ラピスはため息をついた。

「ティアラは、覚えてるかしら。マコトが皇の館に来た日の事を」

「え……。あ、はい。その……珍しく雨が降っていた日で……」

先ほどまで話題にしていた少年の名前に、ティアラは顔を曇らせる。

彼の話題だから、だけではない。

あの日の事は、苦い思い出となって記憶に残っているのだ。

忘れられるはずが無い。

世界から外れた空間に在る皇の館。普段は季節に影響を受けず、気候もほとんど変わらない。そんな場所で突然降った雨のなか……皇の館の扉を叩いた少年がいた。

皇の館にやってきた二人の少年のうち其の一人は、その日のうちに命の落したのだから。

「浅黄と萌黄は、黒の騎士団に保護をされている孤児だ」

突然の話題の転換に、ティアラもアルトも首をかしげる。

だが、黒の騎士団は暗殺者集団のはずだが、どうしてその組織にこんな幼い少女が保護されているのか。

「あれ、ちょっとまって、黒の騎士団?」

思わず聞き返したティアラが思い出したのは、マコトの過去の遍歴……彼は、黒の騎士団に所属していた。

「まさか、マコトの、知り合い?」

「うん?」

「まこと?」

「まことって……?」

「あれ、むらさきくんのことだっけ」

「あ、そっか」

「そうそう」

マコトの名前に首を傾げた萌黄と浅黄姉妹はなにやら二人で同じ顔をして話し合い、そして二人で納得する。

「おにいちゃんのこと知ってるよ」

「灰かぶりのおにいちゃんの友達だもん」

「でも、きょうはおにいちゃんはかんけいないの」

「灰かぶりのおにいちゃんをむかえにきただけだから」

そう言うと、二人は十歳ほどの少女には見えないどこか切なく寂しそうな笑みを浮かべた。



灰かぶり……黒の騎士団に所属していた少年の事を、アルト達は知っていた。

そもそも、会った事が、ある。

皇の館の裏に在る墓地。そこに時折現れる幽霊たちの中にサンドリオンと名乗るふざけた少年がいた。彼とアルトは会った事がある。

ティアラは彼の生前の姿も知っている。ぼろぼろになり、半死半生の状態だったが。

彼が黒の騎士団の暗殺者、灰かぶりだった事を知ったのはつい最近の事だ。

そして、彼の本名が、『アルト』ということを知ったのも。

彼は、マコトの友達で、そしてセレスティンの者達によって致命傷を負い、皇の館にマコトを連れて現れて、そのまま名乗りもせずに事切れた……なにがあったのかはアルトもティアラも知らない。だが、そのなにかがあったから、マコトはあんな行動を起こしたのだろう。

「……その、遺骨を引き取りに、ねぇ?」

ティアラは小声で双子に聞こえないように呟く。

二人でじゃれあいながら後ろについて来る双子は笑いながら言う。

「ほら、むらさきの、えっとまことだっけ?」

「とにかく、おにいちゃんが生きてて、灰かぶりのおにいちゃんが死んじゃったって聞いてから」

「灰かぶりのおにいちゃんのいひんとかいこつとかひきとりたいってりんどうのおにいちゃんがこうしょうしたんだって」

「だって」

黒の騎士団を束ねる姉弟の竜胆のことだろう。テイルたちから竜胆と会った事を伝えられていたアルトとティアラはなんとなくその存在を知っていた。

ラピスからも聞いたが、なんでも黒の騎士団から星原に灰かぶりの遺品や遺骨を引き取りたいと竜胆が直々に頼みに来たらしい。

さすがに暗殺者たちを皇の館の跡地であるあの場所に入れたくないと渋面だったラピスに、彼は黒騎士で保護している一般人……本当に一般人なのかはともかく、暗殺者家業はしたことのない、だが灰かぶりの事をよく知る双子ならばどうかと提案して来たのだとか。

いろいろな事情で保護されているらしい萌黄と浅黄は、十歳ぐらいだろうがその年の子供よりもどこか幼い言動だ。

「灰かぶりのおにいちゃんのおかあさんたちは別にどうでもいいからってりんどうのおにいちゃんこまらせてたけど」

「……あの、灰かぶりくん? のお母さんって生きてるの?」

ティアラが躊躇いがちに聞く。

「うん。おとうさんも生きてるよ」

「でも、恐いしあぶないし、近づいたらだめなんだよね」

「あの研究所は恐いじっけんばっかりしてるってすおうのおじちゃんいってたもんね」

「……そう」

灰かぶりと呼ばれた暗殺者の少年の、なにやらいろいろと複雑な家庭事情にティアラは渋面を作る。

「もしかして、セレスティンとかが関わってる、の?」

アルトが、躊躇いがちに聞いた。

すると、二人はまったく同じ顔を見つめ合い、くすりと笑う。

「ちがうよ」

「あの人達、恐いけどね」

「関わってたとしても、きっと気づいてないよ」

「研究にしかきょうみない人だから」

それはそれでどうなんだろうと思いながらも、燃えてしまった皇の館に辿り着いたアルトは足を止める。

つい最近のことだったのに、とても長い時間が立ったように感じていた。

至る場所の壁が崩れ、黒く炭と化した残骸が残っている。焼けた匂いがもう残っていないはずなのに、どこかから漂ってくるような気がしてしまう。

崩れては危ないと、燃えてしまった建物から離れた場所を歩き、裏庭へと向かう。

あの時は満開だった桜の木が、見えて来る。

「……」

もう、花は散り、緑の葉が生え茂っている。

それを見つけた萌黄と浅黄が面白そうに桜に小走りで近づいて行った。

「まだ冬なのに!」

「もう葉がこんなにあるんだ」

この空間では季節がほぼないに等しい。一年中花が勝手に咲いたり葉が落ちたりする。

そんな場所だと知らなかった双子は、アルト達の様子に気付かずに楽しそうに桜の木を見ていた。

ここで、玻璃は、殺されたのだ。

あの日の事は酷く精細に覚えている。

桜の木の近くで嗤う黒の女神と、無表情で剣をふるっていたマコト。

あの時には、すでにマコトは三番目のジョーカーとしてシェランに仕えていたのだろう。だとしたら、なんで。

なんで、玻璃を、殺した?

玻璃は元々マコトの事を知っていた。

それが関係ある?

アルトはその理由を知らない。聞いても、彼ははぐらかして答えなかった。

無理やりにでも聞きだせばよかったのだろうか。サイに聞いても分からなかった。

頭を振り、あの惨劇の事を忘れようとした。

そういえば、ここで玻璃は何と言っただろうか。

誕生日が近いだろうとリボンを結んでくれた彼は、どうしてあんなことを聞いたのだろう。

玻璃の事を、どう思っているかなんて。

そんなの、決まっている。

友達を失って壊れかけていた自分を救ってくれた恩人で、そして友達だ。

大切な、かけがえのない。

そこに混じる友情以外の感情に、アルトは鈍感で気付いていない。

「あ、お花さいてる」

「おもしろいところだね!」

双子の無邪気な会話に、今どうしてここにいるのか思い出す。

「そろそろ、いこっか」

ティアラが、アルトを気遣うように手を引きながら言った。

「うん。そうだね」

墓地は少し歩いた先にある。

不謹慎にも、新人に対してよく肝試しなどをしていた場所だ。

土葬された場所に、名前の刻まれた石や十字架が幾つも立っている。

冬にもかかわらず、一面に様々な花が咲いていた。

時折現れるこの墓地に埋葬された幽霊たちは、今はいない。どこかで掛けているのか、それとも姿を完全に隠してしまっているのか、アルト達には判断できなかった。

墓場の中で、唯一の無記名の墓地に案内しようとしたアルト達の横を、双子が走り抜けた。

「おにいちゃんのおはか、ここでしょ!」

「ぜったい、ここだ!」

真っすぐに向かった先は、アルト達がまさに案内しようとしていた場所だった。

一体どうして、なぜ分かったのかと二人は首をかしげる。

双子は嬉しそうに地面を見ていた。

そこには、白い花が咲いている。

「だって、このお花」

「おにいちゃんが好きだってもってきたお花だもん」

背の低い、少し水色がかった白の小ぶりの花。それが幾つも無記名の墓の周りに咲き誇る。

そういえばとあたりを見渡したが、その花はそこにしか咲いていない。

誰かが……いや、きっとマコトが、その花を植えたのだろう。

「……そうだよ」

肯定をすれば、萌黄と浅黄はぴょんぴょんと跳ねて喜ぶ。

そして、持ってきていた荷物を降ろしていた。

「ちょっとだけ、じかんください」

「すぐにおわらせます」

そう言うと、少しだけ手を合わせて二人は地面に手を置いてなにやら相談事を始めた。

アルトとティアラはなにか手伝おうかと声をかけるが、双子はお礼を言いながら断った。

なにもする事が無い。

久しぶりに来たのだからと、ティアラはアルトを引き摺りながら灰かぶりの墓の近くに在る新しい墓へと向かう。

「アルト、結局見送りに来なかったでしょ」

「……」

「ここ、だよ」

花や植物などまったく生えていない掘り返された跡がまだ残るそこは、千引玻璃が眠る場所だ。

「うん」

「お別れ、出来てなかったでしょ」

「だって……」

認めた事になるし、その時は心の整理ができてなかった。

でも、今なら、まだ複雑だけれど、心の整理は少しだけ出来た。

優しくティアラがアルトの頭を撫でる。

「ごめん」

両手で目を隠しながら、アルトは長い間その場所にいた。

ティアラは、そっとその傍で見守る。

静かに、時間は過ぎて行った。


「……あ、れ?」

「ふしぎ、だね」

終わったのだろう、服に土がついている双子がアルト達の傍に来た。

行きと同じく、大きな荷物を背負っている。行きよりも重くなったようだが、そんなことを感じさせずに動き回っていた。

そして、新しい墓地に目を向ける。

アルトとティアラの顔を見て、そしてまた墓を見る。

何度かそれを繰り返し、そして二人は顔を見つめあった。

困惑し、そしてどうしようかとこそこそと小声で話し合い、そしておずおずとティアラの袖を引っ張った。

「ここも、灰かぶりのおにいちゃんとおなじなの?」

萌黄がティアラに言う。

「え?」

「ここも、だれかがむかえにきたの?」

浅黄が、問う。

「え? 違う、けど……?」

浅黄と萌黄は灰かぶりの遺骨を引き取りに来たが、ここは、誰も引き取りになんて来ていない。そもそも、千引玻璃の家族の事を誰も知らないから、どこにも知らせていない。

せいぜい、以前一緒に住んでいた音川家と仲の良かった流留歌の町の人々にそっと玻璃の死を伝えた程度だ。

「でも……」

「その……」

二人は首をかしげながら言う。

「そこ、だれもいないよ」

ティアラは凍りついた様に表情をこわばらせた。

「だれかが、ほりかえしたあとだよ」

アルトは、ただ、呆然と双子を見る。


「どういう、こと?」









「君に、会わせたい人物がいる」

裁き司のまとめ役、カーリーと会った出流は、会って早々すぐに手を引かれて移動し、よく知らぬ場所に連れて来られていた。

「あの、それで会わせたい人とは誰なんですか?」

白い壁が続く廊下。出流はカーリーの後ろをついて歩く。

場所は病院。以前、マコトが入院した事のある場所だ。

お見舞いに行った時は、アルトと一緒で神楽崎に襲われて大変な目にあった。

そんな事を思い出しながら、カーリーに続く。

「誰が聞いているか分からないからね、もう少し待ってほしい」

とはいっても、廊下には誰もいない。

どうも、なるべく人と出逢わないようにしているらしい。裏口から入り、それ以来誰とも擦れ違っていない。

一体、誰に会うと言うのか。

恐ろしさ半分、好奇心半分、出流は一体誰なのか予想しながら歩く。

もしかしたら、義母と義姉……日野伊鈴と日野泉美かもしれない。

二人とも、行方不明になってから時間が立っている。セレスティンに捕まっているのならセレスティン襲撃の際になにかしら分かったはずだし、セイレンもなにかしら知っていたら言いそうな様子だったが、そんな事無かった。なら、他に考えられるのは、別の組織だかに捕まってしまったが、逆に捕まる前に逃げてどこかに保護されていたか。

もしかしたら、という予感があった。

普段、お見舞いの人や入院患者が使わなそうな扉で隠された階段を登る。

そして、ついた先には門番のように扉の両脇に立つ守衛が二人。そして、分厚い扉があった。

「裁き司のカーリーだ。日野出流を連れて来た」

「はい。確認します」

一人が、「失礼」と言いながら出流の腕を触る。

なにかを確かめたのか、頷くと扉の鍵を開けていく。

「どうぞ。奥でお待ちです」

「一本道だから、すぐに解るだろう」

カーリーに背中を押され、扉の先に足を踏み入れる。

バタン、とすぐに戸が閉められてしまった。

どうしよう。と、後ろの扉と前の道を見渡し、進まないとどうにもならないと気を引き締めた。

この先に誰が居ようと、きっと害はないだろう。

「誰がいるくらい教えてくれてもいいのに……」

そう言いつつ、出流は進む。

いくつか真っ白な扉があるが、その扉にも普通病院ならあるはずの名前札はない。誰もその部屋に居ないのか、それとも名前を出せない人が入院しているのか、だろう。

すぐに、誰かが奥の行き止まりに居るのが見えた。

白い壁だから、分かりやすい。

和服で黒髪の、二人……。その姿に、思わず出流は息を飲む。

「いず、み? 義母(おかあ)さん?」

あちらからも見えたのだろう。

長い黒髪を二つ結びにした女性が、手を振り出流の元へと走りだしていた。

「出流!!」

とても、懐かしい声。

気付いた時には日野泉美によって出流は抱きしめられていた。

「いづ、るっ。よかった。よかった、貴方が無事で!」

「それ、こっちの台詞、だよ……お姉ちゃんっ」

やはりだった。そこにいたのは、流留歌の町から行方不明になっていたはずの日野泉美と日野伊鈴……出流の家族だった。

「でも、どうしてここにっ。行方不明になって、ずっと心配していたんだよ?!」

病院に居る、ということはどちらかが怪我をしたと言うのか。心配で心配で、思わず二人の体を触って怪我が無いかと調べるがどうも違うらしい。

「それよりも、こっち。早く……顔を、見せてあげて」

出流は気付かなかったが、行き止まりの先にはまた扉があった。そこへ、泉美は出流を引き摺って連れて行くと、扉を叩く。

「ようやく、出流が来ましたよ」

中から返事は、ない。だが、泉美は嬉しそうに、涙さえ浮かべながら扉を開けた。

「出流、ごめんね」

「え?」

「ずっと、辛い思いをさせて」

「?」

一体どうしたのかと泉美の態度に首をかしげながら、誰が部屋にいるのかと中を見て……顔を凍らせた。

大きな病室だった。

泉美と伊鈴はここで寝泊まりもしているのかもしれない。生活感のある一角がある。

そして、大きなベッドに寝かされていた、人物――。

「う、そ」

驚き、出流はそれしか言えなかった。

「おかあ、さん?」

物心ついた頃に、すぐに別れてしまった、実母が……痩せた体を横たえて、弱々しく微笑んでいた。

霞む記憶の中の母よりもずいぶんとやつれてしまっている。

「いづ、る」

かすれた声は、どこか懐かしい。

「いづる。よかった。貴女が無事だと聞いてはいたけれど……本当に」

「おかあさんは、アーヴェに、いたの?」

「……ごめんね、いづる」

何年も、母とは連絡もつかず、生死も分からなかった。

本当に母なのか、記憶があいまいで心配になって来る。

だが、そっと近づくと、気付かぬうちに涙が溢れていた。

「ごめんね。今まで、辛い想いをさせて」

日野家は、何代か前の当主から、壊れ果てていた。

当主としての資格のない者の当主就任は、資格を持つ者の減少が故に仕方なかったとはいえ、それを利用し権力を持つ者が現れた。

力の悪用を望まなかった歴代の当主達を裏切り、我欲の為に力を振るう者も現れた。

日野本家の者達は、操り人形のように指示通り動く事を強要された。

そんな中、日野家の当主としての条件を満たす者が現れた。

それが出流の母であった。

彼女を当主にして利用しようとする者、逆に疎ましく思い殺そうとする者。身の危険を感じ、彼女は十代の頃に日野家から逃げた。

そして、逃亡の末に一人娘を授かることとなる。それが、出流だった。

何を思ったのか、彼女は出流を物心つくころに姉の伊鈴の元へ預け、また逃亡生活へと戻った。

その事を、恨んだ事はある。だが、もう気にしてはいない。

おそらく、なにか事情があったのだろうと。いつかもしも会えたのならば聞きたいと、そう思っていた。

「おかあ、さん」

すぐ近くまで来て、出流はそれ以上動けなくなってしまった。

どうすればいいのか解らなかった。

聞きたい事が、言いたい事が、たくさんあったはずなのに、いざ目の前にするとなにも言葉が出てこない。

出流の母――日野留美(るみ)は、起き上ると、ベッドの柵に手をかけて立ちあがり、出流の前までゆっくりと歩いて来る。

そして、しゅんとうなだれる出流を、抱きしめた。

そっと。

まるで壊れモノを扱うように。

「伊鈴の所に預ければ、危険にさらされるだろうと解っていた。けれど、預けるしかなかった私を、許して」

「……」

許してなんて、言われなくても出流は気にしていない。

それを、かすれた声で出流は告げる。

「白峰様の御膝元なら、さすがにセレスティンも手を出せないだろうと思っていたけれど、結局貴方には辛い想いをさせてしまった……」

今まで、出流の周りで何があったのか、泉美や伊鈴、そして関連者たちから聞いて知っていた留美は、そう嘆く。

命を狙われ、兄弟弟子を全て殺され、そして星原に辿り着いた。みな死んだのは自分のせいだと悔やみながら。

「……お母さんの事、恨んだ事なんて、ない、よ」

本心から、出流は声を絞り出した。

「だけど、さびしかった」



「これから、荒れることになるのでしょうね」

病室の外、廊下に用意された椅子に腰かけた二人。

よく似た親子は並んで座り、会話をする。

どちらも言葉とは裏腹に憑きものが落ちたようにすっきりした表情だった。

長年の重荷がようやく下りる。セレスティンに監視されていた日々が終わる。と。

日野伊鈴、泉美親子がアーヴェに保護されたのは年越し前の事だ。

出流がセレスティンに誘拐されたと伝えられ、その安否を心配していた頃……ある人物が日野家に出入りする使用人にも誰にも気付かれないように二人に接触して来たのだ。

彼は――日野出流を攫った本人だと謝罪し、名を名乗った。







病室に、西日が射す。

出流は、母とともに居なかった時間を埋めるようにずっと話し続けていた。

眩しいそれを、手でさえぎる母に気づき、出流はカーテンを閉める。

それでも部屋は橙色に染まり、少しずつ暗くなっていく。

「また、来るね」

「えぇ、待っているわ」

日が落ち切った頃、出流は帰る時間だと立ち上がった。

伊鈴も泉美も、セレスティンからも日野家からもい見つからないようにアーヴェの手の入った安全な場所で過ごしていたらしい。しばらく、そこで暮らすのだとも出流は聞いた。

そして、どうしてそんな事になってしまったのかも。

その場所に、出流も来ないかと誘われたか、それは即答できなかった。

泉美の事も伊鈴の事も嫌いではない。慕っている。だが、気がかりな事があったからだ。

二人は先ほど、出流よりも先に帰っている。

廊下を出る。

いつの間にか廊下には電気がついていた。

歩きだした時――隣の病室から少年が現れた。

「あ……」

出流は、思わず立ち止まっていた。

どうしてそこに彼がいるのかと、驚きで。

そして、顔にあまり出さないようにとしているが、目の前の彼も驚いているようだった。

「まこ、と」

数日ぶりにあった彼は、少しだけ困った顔をしていた。

なにかを言いたくて、口を開く。だが、言葉にならない。

言いたい事がたくさんあるのに、いざ前に立つとなにも聞けなくなってしまう。

「マコトさん? どうしたのですか?」

病室から、少女の声が聞こえてきた。

扉を開けたまま立ち止まった少年に不思議そうに問う。

「……いや、知り合いと会っただけだ」

知り合い……その言葉に少しだけ気落ちする。

「そうでしたか」

「……すまない。失礼する」

そう言うと、今度こそ扉を閉める。

結局、中の人物は誰だったのか解らなかった。

そして、マコトは何事もなかったように早足で歩きだした。

「ちょっと、待ってよ!」

思わず小走りでその腕を捕まえようと手を逃すが、すんでのところで避けられてしまう。

だが、彼は立ち止まってはくれた。

「まってよ……泉美たちを助けてくれたのって、マコト、なんでしょ?」

「……」

「そもそも、私をセレスティンに連れて行ったのも……」

「……」

「どうして、何も言ってくれないのっ!!」

日野伊鈴と泉美の前に現れたのは、三番目のジョーカー。そう、霧原誠だったのだという。

日野家には――セレスティンの息のかかったものが居る。以前から伊鈴と泉美は、そして先代の当主すらもその事を知っていた。むしろ、セレスティンからわざと分かる様に見張られていた。

なにかしらの動きを見せればどんなことをされるか分からず、それが故に日野家の堕落も正せず、形だけの当主となり人形の様に従順なふりをして来るしかなかった。

出流が誘拐されたと伝えられてもそれが故に二人は動けなかった。

その二人の目の前に現れたマコトは、突然謝罪したのだと言う。

『日野出流が星原にいると解れば、日野家の者がなにかしら仕掛けて来る事は解りきっていた。だから、今のところ日野出流を殺すつもりのないセレスティンで私が保護している』そう、言いながら。

思えば、思い当たる事がいくつかあった。

セイレンは、出流の軟禁されていた部屋の近くはほとんどの者が入る事ができないのだと言っていた。まるで、出流の近くに誰も来れないようにと。そして、アーヴェによる襲撃が起こる前に、彼は東側には行くなと言っていた。それは――おそらく、戦いに巻き込まない為だったのだろう。黒の女神やプルート、そして敵対しているふりをしていたマコト達の戦いに。

「ねぇ、マコト」

長い沈黙だった。

彼は、じっと出流を見ていた。

何を考えていたのか、心を読むことなんてできない出流には分からない。

だが、彼は思い口を静かに開いた。

「…………言うことでは、ないだろう」

「言ってよ!!」

どうしてそんな答えなのかと叫ぶ。

「少しぐらい、信用してよ!!」

別に信用していないから言わなかったということではないと解っている。

きっと、言わない方が安全だったからだろうと解っている。

何も知らなければ下手をしてセレスティンに情報がばれてしまう、なんて事もないだろうからだと解っている。

それでも。

「少しぐらい、頼ってよ」

友達だと思っていた。仲間だと思っていた。そんなマコトが、何も言わず、裏切ったふりをしたり、ジョーカーとしていつのまにか活動したり、秘密で出流の家族を匿っていたり、誰にも何も助けを求めず相談せず告げず勝手に動きまわっていたのが、悔しかった。

だけれども。

「千引玻璃を殺した、僕が?」

「……」

今度は、出流が黙る番だった。

みな、玻璃を殺したマコトの事を信用する筈が無いだろう。

だけれども。

「僕は三番目のジョーカーだが、千引玻璃を殺した事に、変わりは無い」

「じゃあ、なんで……なんで、殺したりなんか、したの……」

答えが来るとは思わなかった。

ただ、言うだけ言おうと出流は言った。

だが、長い沈黙の後、彼は呟くように答えた。

「………………なかった」

「え?」

小さな声は、出流の耳にまで届かない。

首をかしげると、マコトは躊躇いがちに、もう一度、口を開く。

「きずつけたく、なかった」

「……?」

主語が無いその言葉は、玻璃を傷つけたくなかったのか、それとも他の者達を傷つけたくなかったのか、受け取り方が分からず出流は困惑する。

「もうすぐ、戦争が始まる。その原因の魔術師を、追わないといけない。それが終わったら……」

「……そしたら、教えて、くれるの」

「出来うる限り」

「そこで『うん』って言わない所がマコトくんだよね……」

「……すまない」

それでも、最低限の伝えられる事を、彼は言ったのだろう。

「ちゃんと、アルト達の前で、教えてよ」

「……」

頷いて、彼は肯定する。

まだ、出流よりも背が低いくせに、出流よりも年下のくせに。

他人を気遣わなくていいのに。大人にもっと頼っていいのに。

言いたい事を全部飲みこんで、出流は笑う。

「約束、だからね」



たぶん、嘘をつく事になる。

きっとそれは、酷い嘘になる。

だが、彼は頷いた。



























「さて、集まりましたね」

暗い会議室に、人々が集まっていた。

誰かが明かりをつけたのか、一瞬で部屋が明るくなる。

其処にいたのは、七人。

何事もない様な顔をして、書類を幾つも手に持ちソファに座るシェラン。疲れを顔に滲ませながらも凛とシェランの横に立つフィーユ。前日に目覚めたばかりで車いすに座るアス。いつもと同じ笑みを浮かべ、いつもと変わらない仮面をかぶるファントム。おどおどとまわりを見回すスフィラ。そんなスフィラの傍にそっと佇むフェルナンド。そして、無表情でシェランの前に立つ霧原誠。いや、紫の悪魔と呼べばいいのか、それとも三番目のジョーカーと呼べばいいのか。

「今回の件で、彼らの処遇について、だったわね」

シェランの言葉に、フィーユは何度も頷く。

「ようやくアーヴェもひと段落ついてきましたし、そろそろ彼らの事をはっきりしたかったので」

「別に、三番目はアーヴェを裏切っていた訳じゃないし、フェルナンドはアーヴェに所属していない、ただ三番目を手伝っていただけ、そしてスフィラはあの黒い女神に体を奪われていたから何もできなかっただけ、それじゃダメなのですか?」

ファントムが首をかしげながら聞く。

彼は別にどうでもいいのだろう。

「だからと言って、霧原誠はっ……三番目はやりすぎでしょう。それに、まだ解らない事が多すぎます。あの神殺しの剣だって……」

「あぁ、あの剣のことか」

フェルナンドが、フィーユの言葉を遮った。

「スフィラの偽物を斬った剣だろう?」

「……えぇ。あれは、明らかに異常な剣です。確かに、神殺しの剣は存在しますが、あれはヒトの身では届かぬ神具にも通じるモノだった。けれど、あんなモノ、聞いた事が無い」

「それはそうだろう。アレは、私が創ったものだからの」

あっけらかんと言うフェルナンドに、フィーユは言葉を失った。

そんなフィーユを見かねて、アスが問いかける。

「神殺しの概念を持つ剣を、創った?」

「そうだ。私の魔力では足りなかった故に、幾柱かの神々に協力は要請したが」

ここ数カ月、その為にいろいろな神々の元へと向かった事を思い出す。

この世界を壊すために……世界の嘘を暴くために協力して欲しいと、信用のおける神に力を借りに行ったのだ。

白峰の神と会いに行った時にあの音川シルフと会ってしまった時はばれたかと恐怖したが、彼女はなにもしてはこなかった。

もしや、こちらの動きが全て分かっていた上で見逃されたのか、とふと思いながらもフェルナンドは語る。

「おそらく、今後また神々に要請しない限りはもうあんな剣は創れぬだろう」

「……」

「それで、他に解らない事とは? マコトの事ならば、彼は二年前の星原に来た日にジョーカーになり、その活動中に我等と接触して同志となった。星原を裏切りセレスティンに寝返ったとは見せたが、別に情報は流していないし、流していたのは他の潜入者たちだ。……皇の館にセレスティンを手引きしたのも彼ではない」

しかも、処刑係を任されていたにもかかわらずセレスティンから逃げた裏切り者を密かに匿ってアーヴェに逃がしていたことがわかっている。セレスティンに関わり深い組織や彼らの他の拠点は暴かれ、アーヴェに潜入していた裏切り者達のあぶり出しも容易に行えるようになった。

だが、いや……だからこそ、フィーユには分からない。

「なら、なぜ千引玻璃を殺した」

偶然ながらも、数時間前に出流に言われた言葉。

それをまたしても聞く事になったマコトは、それでも無表情だった。

「スフィラとフェルナンドについては全ての下位組織に詳細を伝達を。そして、三番目のジョーカーには、表向きは他の任務についた事にし、一月の謹慎を命じます。三番目のジョーカーが霧原誠と同一人物である事はまだ発表せず、もう少しほとぼりが冷めてからとします」

「シェラン様っ?!」

「どうせ、一月以上謹慎を命じた所でじっとはしていないでしょう」

そう言いながら彼女はフィーユに手に持っていた書類を渡した。

細かくびっしりと書き込まれた報告書に、フィーユは眉をひそめながら流し読みをしていく。

内容は、セレスティンが大々的に動きだす前にアーヴェが警戒していた組織だった。

セレスティンの事があり中々調査が進まないが、許可されていない人体実験を行い、戦争を起こそうとしている事は解っているため、セレスティン関連のごたごたが終わり次第片付ける事になっていた案件だ。

そして、貼られた古い新聞の切り抜きに目を止めた。

「ちょ、ちょっと待って。どうして……」

慌てて上から読みなおしていく。

そして、読み終えると氷のような目でマコトを見る。

「これは、どういう事なの」

酷く、冷たく、殺伐とした声色だった。

「貴方は、最初から……」


壊れた物は二度と元には戻らない。

例え直せたとしても、それは壊れる前の物と同じ物ではない。

決して。


割れた硝子は、元には戻れない。



「……最初から、千引玻璃を殺すつもりだったのね」





三月中に終わらせると言いながら、四月になりました。

少し半端な感じですが、こんどこそ第二章終了となります。

ようやく、です……。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

次回は以前気分転換に書いていた短編や二章までの登場人物紹介を投稿する予定です。

しばらく、プロットの詳細を詰めたりいろいろして、本編はもう少ししてから再開したいと思います。


まだ先になりますが、次章予告。

少しネタバレありです。

















かつて、クリス・ハルフォンドという少年がいた。


彼は、死んだ。


殺された。


はずだった――




セレスティンはアーヴェの襲撃とシェランの暗殺に失敗し、多くの者達が捕縛された。

主犯格で在るプルートは逃げ延びたため、また彼等が動きだすだろうが、それでも一時の平穏をみなかみしめていた……。


そんな中、誘拐事件がスワーグ国で頻発する。

そこでアルト達が出逢ったのは、亡き少年とよく似たツェーンと呼ばれる少年だった。


またしても始まった不毛な戦争。そこで暗躍する黄泉還りの魔術師。

彼等を追うのは、三番目のジョーカーと黄泉還りの研究者、元黄泉還りの魔術師の実験体。

真相を探すアルト達は、一番目のジョーカーフィーユの過去と、灰かぶりが救えなかった少年の真実を知ることとなる――




「クリス・ハルフォンドはまだ存在している」「攫われた?」「これは、僕の贖罪」「こんな、なにも罪のない人達を殺して、使い捨ての化物に変えてるって言うの?!」「黄泉還りを殺しきることは難しい」「また、戦争が始まるのね」「この大精霊雷華に任せなさい!」「スカラムーシュは、黄泉還りの魔術師によって殺された」「私は、なにもできない自分が許せない!」「終わりを司っていた者は、この世界の存続を願っちゃだめですか?」「本当の裏切り者は……」「できるなら、関わらせたくなかったんでしょ?」「黄泉還りは人々の願いだ」「わたしは、しあわせになっちゃ、いけないの?」「千引玻璃なんて少年は存在しない」


「――だから、オレを殺してくれ、アルト……」



嘘をつくとしたら、優しい嘘が良い。

誰かが傷つくなら、自分が傷ついた方がずっと良い。

だって、クリス・ハルフォンドは殺されたのだから。



「……お願い、力を貸して――マコト!!」










第三章


「黄泉還り」編


始動


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