k0-00-01 changeling・fairy・twins ‐末妹の話‐
番外編です
それは、私が幼いころの話です。
年のほとんど変わらない弟と一緒に、親に内緒で野山を駆け巡っていた頃の話。
私の親はとても厳しく、子どもだけで遊ぶことを禁止していました。
野山で遊ぶなど絶対に許してはくれず、年が九つ離れた一番上の姉と一緒でも決して許してはくれませんでした。
それどころか、町から、いや家から離れた場所に行く事すら……。
今さらながら、その異常性に私は気付かなかったのかと振り返る事が多々あります。
年を重ねた今なら、その異様なほどの過保護ぶりにおかしさを感じることができます。
そう、私の両親はとても過保護でした。
まともに外出を許されず、友達すらほとんど作れない私達の子ども時代でした。
でも、それでも親の言葉を聞けないのが子どもです。
私は弟と一緒にたびたび冒険しました。
二番目の姉がこっそり教えてくれた秘密の抜け穴を通って、屋敷を出て、塀をはいつくばり進み、野山に行ったのです。
野山に行くと、弟は何時も言うのです。
『誰かが、笑っている』
私は、いつもそれは気のせいだと言いました。
だって、私には聞こえなかったから。
時々、弟はふらふらと道なき道を歩きはじめるときがありました。
どうしてかと問えば、彼は何時も言うのです。
『ここに道があるんだ』
私には、そんな道を見つけることはできませんでした。
ある日、私は家から脱走した先の山で弟と喧嘩をしました。
日が沈む時刻、帰る途中のことでした。
私が悪いのです。
いつも無茶なお願いを聞いてくれる弟に甘えて、私は弟を振り回していたので、その日は弟が怒ってしまったのです。
まったく、ばかな姉です。
弟は、走って奥に進んで行ってしまいました。
私は姿が見えなくなっていく弟が怖くて、慌てて追いかけました。
謝らないと。
しかし、弟との距離は開いて行くばかり。
必死になって私は名前を呼びました。
けれど、弟は振り返ってもくれませんでした。
その時、もしかしたら本当に聞こえなかったのかもしれません。
必死に、必死に、私は弟を追いかけました。
日が沈み、周囲が暗くなって、どんどん弟の姿は霞み。
気付いた時、私は一番上の姉に手を引かれていました。
姉は、反対の片手で弟を背負っていました。
あたりはまったく見たことのない場所で、草木がこの辺りには生えていない様な物ばかりで、一体ここはどこなのだろうととても怖かったのを覚えています。
後から聞いた話によると、私は走り続けて異界に入りかけていたようです。
姉は、私に目をつぶるように言いました。
なにも、視ないようにと。
ふと、私は気付いてしまいました。
私の背に、自分の身長ほどもある、大きな蝶のような羽があることに。
きっと、それに気付かないようにと姉は言ったのでしょう。
でも、私は視てしまって。でも、なにも言えなくて。
怖くて怖くて、どうしようもなくて、姉の手を強く握りしめて目をつぶりました。
次に目を開けた時、すでに私は家の前にいました。
家には泣きはらした母しかいませんでした。
父は、少しした後にすぐに戻ってきました。
二番目の姉は、なぜか泥だらけで戻ってきました。
そして、私は教えられたのです。
私は、どうやら人間ではないそうです。
かぎりなく人間に近い、妖精。
取り替え児。というものがあるそうです。
この辺りではほとんどないのですが、遠く離れた国ではよく起こるとか。
妖精が、人の赤子を攫い、代わりに妖精の子を置いて行ってしまう、ということが。
私は、その、妖精の子、だった……よう、です。
じゃあ、わたしの、おとうと、は?
両親と私だけで話したその夜、私が部屋を出るとすぐに弟は駆け寄ってきました。
涙でぐちゃぐちゃになった顔で、私を抱きしめて、ごめんなさいと繰り返すのです。
その後ろから、一番上の姉が静かにやってきました。
私が、妖精の取り換え児だったことを知らなかったのは、私と弟だけで、弟はこれからも知らせない、そうです。
それで、いいと思いました。
この子に、教えたくないと、私は願ってしまいました。
ずっと、ずうっと、彼が知らないでいて欲しいと。
攫われた人間の子は、妖精の世界で妖精として育てられるそうです。
でも、彼は攫われて早い時期に人の世界に戻ることができた。
だから、ほんの少しの異端を抱えながらも、人の世界で生きている。
でも、妖精の世界に深くかかわってしまったことには変わりがない。
繋がった縁は、図らずも様々な事を招き寄せる。
彼は、これからも妖精たちの世界に呼び寄せられるのでしょう。
それはきっと、私のせいだ。
私と取り換えられたから。
泣き続ける彼に、私はごめんねとちいさく呟きました。
わたしのせいで、ごめんね、と
それから、ずっと私は、弟に本当の事を言えませんでした。
ずっと。
おまえのせいだ。と言われるのが怖くて。
やさしい彼が、そんな事を言うはずが無いと思っていたけれども。
あの時、言っておけばよかったと、その後何度も後悔する事になっても。
「ごめんね、カリス……」
少女が大きめの鞄に荷物を詰め込んでいた。
年は一六か一七か。黒の髪に黒の瞳でどこの出身なのかなんとなくわかってしまうような容姿だ。
着替え、保存食、墨や硯一式、防寒着に提灯。それを軽そうに持ち上げると微笑む。
「カスミ、忘れ物」
そう言って二番目の姉が見知らぬ巾着を鞄につっこんだ。
「えっ、なにいまの」
そう聞く前に姉の姿は消えていた。おそるおそる巾着を持ちあげると、中になにかが入っている。恐いので開けない。
とりあえず持って行くが、きっと鞄の奥底に封印して終わるだろう。
「お母さん、行ってくるね」
「適当に行ってきなさい」
「んー」
書きものをしている母の背に声をかけ、彼女は小走りで玄関へ向かう。
一体どこに行くのか。四人で住むには少し大きい一軒家をかけ足で出て行く。
一度だけ、彼女は振り返った。
以前は六人で住んでいた我が家に、ほんの少しの間だけの別れを告げる。
「行ってきます!」
さあ、行こう。と思わず笑みをこぼす。
最初の目的地はもう決まっている。
まずは末弟のいる国だ。
そして、その次はどこに行こう。
少女は歩きだす。
足取りは軽く、どこまでも道は続いていた。
本編であまり語られていないあの人の家の話です。
4月から忙しく、本編がほとんど進んでいません……。8月ごろまで忙しいのが続く予定で、それまで月一投稿になるかと。
登場人物一覧や、以前投稿した黒の騎士団の過去編など更新していく予定です……。




