02-13-05 神と嘯き騙る者
音川シルフは、風使いだ。
それも、稀に見るほどの天賦の才をもつ天才であり天災。理不尽の塊。
彼女が最悪の魔女と呼ばれるのは、だがそれだけの理由ではない。
なにより、相対した者にとっての最悪の結果をもたらす者だからだ。
「不毛な戦いはもう止めるべきなんじゃないかしら?」
プルートと相対するシルフは、辺りを見渡して言った。
竜達が空を旋回し、燃えていた森は炭となり、倒れた人々が折り重なる。
勝機が見えず、逃げ出した者も多い。
フィアやアハト、何人かは戦い続けていたが、終わりが見えていた。
暗い瞳でシルフを睨みつけながら、プルートは歯ぎしりをする。
竜達さえ居なければ、こちらにも勝機があった。だが、結局こうなってしまうのかと。
「これ以上戦っても、無駄よ」
対して、シルフは冷静に言い募る。
「貴方達のたくらみは、どうやっても成功しないし……アーヴェ本部に襲撃したみたいだけれど、そっちも惨敗のようよ」
どこからの情報なのか、シルフは少しずつプルートに近づきながら、言う。
「終わりにしましょう」
「終わりじゃないっ。終わりなんかじゃ……っ?!」
シルフを睨みつけていたプルートが、突如後ろを振り返り、顔をこわばらせた。
驚き、そして徐々に怒りに染まる。
「あの女っ。あいつら、まさか、この為にっ!!」
「プルート?」
「シルフっ、貴様も知っていたんだなっ。だから、ここで、足止めを」
「……」
「くそっ」
悪態をつきながら、彼はわき目もふらずに駆けだしていた。
森の奥へと消えていく。それを、シルフは無言で見送っていた。
「あの、いいんですか?」
おずおずと、シルフとプルートのやりとりを見ていたソーラリウルがシルフに問いかける。
今からなら、プルートに追いつける、かもしれないと。
「大丈夫。もう追わせてるから」
そういえばとあたりを見渡すと、嵐朧の姿がずいぶん前から見当たらない。姿を隠し、プルートの後ろに憑いて行ったのだ。
他の者達は、まだプルートが逃げ出した事に気付いていない。
彼が居なくなった事はじきに知れ渡るだろう。ほとんど指揮などしなかったが、それでもまとめていた総大将だった彼が居なくなれば混乱は必須。もともとほとんど敗北しているも当然だった彼等が降伏するのは時間の問題だ。
「シルフさん……一つ、聞いていいですか?」
ちょうど、シルフとソーラリウルの近くには誰もいない。
良い機会だというばかりに、彼女は問いかける。
「貴女は、どこまで真実を知っているんですか」
「なんのこと?」
「とぼけないでください。五千年前にあった、戦いの事です」
「……さぁ」
シルフの生まれる遥か昔の話だ。本来なら、知りえるはずのない事。
それを知っているシルフは、一体何者なのか。ただの人間だと嘯く彼女を、ソーラリウルはいまいち掴み切れていない。
「私が知っている事は、本当に真実なのか。それすら分からないほど、あまりにも少ない伝え聞いた話しか、知らないわ。あなたこそ、どうなのかしら?」」
「生まれる以前の話ですから。伝え聞いた話しか」
「じゃあ、同じね」
本当に、同じなモノか。
さらりと話を終わりにして歩きだすシルフを見送りながら、ソーラリウルはため息をついた。
音川シルフは、まぎれもなく人だ。天才と呼ばれるほどの魔術の才能はあれど、神でも聖霊でも魔人でもない、唯の人。
だが、この世界の過去を知りすぎている。先ほどの答えを信じるなら、彼女に何者かが教えたのだろう。
かつての事をよく知る者が……白峰の土地神、かもしれないが彼と出逢う以前よりおかしな行動をしていたと聞く。ならば、それ以外……。
なんにしても、これ以上深入りするのは得策ではないだろう。
今回は、協力をしたが別に彼女と深いかかわりになるつもりはない。彼女の後ろにいるだろう者に関わるのは避けたい。
「どうにも、ままならない世の中ですね……」
物騒な時代になってしまった。両手を握りしめ、しばらくしてから彼女はシルフの後を追いかけた。
隔絶世界。そこでは、しばらく誰もが動けなかった。
どうして、とか。なんで、とか。言いたい事や聞きたい事がたくさんありすぎて、今の状況についてこれなくて。
霧原誠は、裏切り者で。
黒の騎士団の元暗殺者で。
セレスティンの幹部で。
千引玻璃を殺した張本人で。
裏切り者だった。
はずなのに。
「あなた、だったのね」
黒の女神が消滅した場所で立ちつくす少年に、フィーユは言った。
「あなたが、三番目のジョーカーだったの、ね」
は? とティアラやアルト達がフィーユの顔を見る。
マコトは裏切り者だ。そんな彼が、三番目のジョーカー?
フィーユはいったい何をのたまっているのかと震える。
「そうだ、彼が三番目だ」
答えたのは、フェルナンドだった。
「彼が動けない時は、私が三番目の代わりをしていた。この仮面を借りて」
戦闘で壊れてしまった白い仮面を片手に、フェルナンドはぶっきらぼうに言う。もう、隠す必要は何も無いと。
「でも、三番目は……赤い髪で、そんな、あの人が、マコトなわけ……」
三番目と以前会った事があるアルトは、混乱しながら否定する。
なにより、恐かった。
マコトが三番目のジョーカーだなんてことが本当だとしたら、これまでの前提がくつがえってしまう。
マコトは、裏切り者でないと……そうでないと、意味がわからない。
だって、彼は、『千引玻璃を、殺した』のだ。
さらにアルトの目の前で神楽崎を殺し、聞いた話では、フィンドルの神を、殺した。
彼が、三番目なはずがない。
なら、今までの事は何だと言うのか。
「この仮面は……以前の三番目から譲り受けた物だ。変装用の魔具で、髪色や体型、声色まで変える事ができる。赤い髪だと目立つだろう? だから、分かりやすいように赤髪だったのだ」
なにも言わないマコトに変わって、フェルナンドが答えていく。
「そんな、でも、三番目が、マコトなわけ……そんなっ。嘘だっ」
「そこまで否定するなら、シェランにでも聞いてみれば早いだろう」
フェルナンドは否定するアルトにため息をついて、シェランを見た。
傷を負っていたシェランだが、どうにか動けるまでに回復している。さすが神という存在だけあるが、まだ顔色は悪い。
混乱の中にいる星原の子ども達。困惑はしているものの、子ども達のよりは落ち着きを見せているカーリーとフィーユ。事前に三番目の正体を知っていたのであろうファントムは平然と魔物を斬りながらシェランの様子を見ている。
「二年前に、ジョーカーにならないかと誘ったのよ」
肯定の返答にアルトは顔をこわばらせた。
「事後報告ばかりで、何をたくらんでいるのかまでは知らなかったけれど」
「なぜ、そんな自由を許したのんですか」
フィーユは苦々しそうに問う。
三番目の正体は、同じジョーカーである彼女たちにも知らされなかった。三番目がセレスティンに潜入しているとは聞いていたが、それが霧原誠だったなんて考えもしていなかった。
彼には、謎が多すぎる。
口を開こうとするシェランを遮り、フェルナンドが皆に聞こえるように声を響かせた。
「すまないが、詳しい話は後にしてもらえるか。まだ、私達は……しなければならない事がある」
「なにを……?」
まだ、なにかをするつもりなのか。これ以上なにをするつもりなのかとカーリーもフィーユも顔をこわばらせた。
「ようやく、主役がご到着だ」
フェルナンドが言うと、マコトのすぐ近くに扉が現れた。
この扉、いったいなんだったのか今ならばカーリーもフィーユも分かる。
これは、ジョーカーのみに許されているメトセトラが創りだした『扉』だ。制限を付けられ、決められた場所にしか行く事の出来ない『扉』とは違い、メトセトラが行く事のできる場所ならばどこにでもつなげる事ができる特別な『扉』である。
メトセトラは三番目が誰だったのか、知っていたのだろう。
だから、マコトが紫の悪魔で在る事を知っていたにもかかわらずカーリー達にも誰にも言わなかった。
その扉から、誰が出て来ると言うのか。
静かに開かれた先に……黒の女神が、いた。
「はっ?!」
「ちょ、なんでっ!」
先ほど、殺されたはず。なぜ、彼女がまた現れると言うのか。
影では無く、元の体で現れた彼女は、ゆっくりとこの隔絶世界に足を踏み入れた。
誰もが困惑する中で、アルトは気付いた。
皇の館で出逢った時と、違う。
先ほどまでいた黒の女神と違い、禍々しさも恐ろしさもない。ただ、寂しいとだけアルトは思った。
「はじめまして。私は……私は……ごめんなさい」
理由も言わずに謝る彼女に、意味がわからずみな黙りこむ。
スフィラの母であるシェランは、厳しい顔で唇を噛んでいた。
「貴女は、だれ、ですか?」
誰も、何も言わない状況のなか、アルトは意を決して彼女に、問いかけた。
「私は……スフィラ。この、世界を壊す者……」
マコトもフェルナンドも、動かない。
やはり、彼等は敵なのかとカーリーとフィーユが身構えるが、三人は特に戦う意思もない様子で拍子抜けをする。
「どういう、意味なの」
シェランが、震える声で問いかける。
「私は……」
昔々、女神様が人間に恋をして、娘を生んだ。
初めての、人と神の間の子。
初めてのことだったから、誰からも受け入れられなかった半神の娘を、母は小さな世界に閉じ込めて、大切に育てた。
せめて、悪意に晒されないように、大事な宝を守る様に。
それが、いけなかったのか。時代が悪かったのか。
それでも、半神の娘を否定する世界の悪意を知ってしまった少女は、世界を憎んで、滅ぼそうとした。
それが、スフィラで。それが、世界の歴史で。
それが、誰もが知る真実の世界で。
「私は、愚かだったから願ってしまった。この世界を見たいと。この檻から逃げ出したいと。でも、それが、いけなかったんです。私は、願うべきヒトを間違えた」
母である女神に言う事は出来なかった。
娘の事が大切で仕方が無かった母に、外に出たいなんてわがままを言えなかった。
娘を守るための箱庭が、娘にとって監獄でしかなかったことを言えなかった。
「私は、神あらざる存在に願い、その願いを叶えてもらってしまった代償を払って」
その代償を、娘は……スフィラは、今までずっと払ってきた。
外の世界に出られた瞬間に、その身を神に代償として奪われて。
「お母様。私は、神あらざる者にこの檻から逃げ出す事を願い、その代償にこの身を奪われていました。それを信じられぬ者もいるでしょう。納得できぬ者もいるでしょう。当たり前です。だから、どうか、私を裁いてください。母に剣を向けた罪を、世界を壊そうとした罪を、どうか」
誰も、なにも言わなかった。
神々が支配していた時代から語り継がれ、真実だと思われていた歴史が、世界が、嘘だと目の前の『スフィラ』は言ったのだ。それを、どう呑み込んで居のか、誰もが困惑していた。
アルト達はまだいい。ただ、過去にこんな事があったのだと寝物語に語られて来た物語が嘘だった、本当は違うのだと突然現れた神に言われただけだ。
だが、シェランは、フィーユは違う。神世の時代から生きてきたフィーユは、スフィラのせいで多くの人々を殺され、人生を狂わされた。
スフィラを憎んでいた。恨んでいた。父を、母を、無残に殺されたその悲しみは未だにくすぶっている。
それなのに、いまさら、それはスフィラではなく他のモノがやったのだと言われたのだ。
そう、それはまるで、自分が生きてきた世界が壊れていくようで、信じていたものが失われていく。
「…………では、私達は、騙されていたの」
震えるシェランの声が、静かに響いた。
スフィラの母であるシェランは、呆然と彼女を見ていた。
「はい」
淡々と、スフィラは答える。
「あの神あらざるモノは、今の今まで、私の体を奪い、みなを騙してきました」
「その間、彼女は無力な亡霊の様な状態になって彷徨っていたのだ。体からそこまで離れる事は出来ず、誰にも気付かれず。そんな彼女と我等は出逢い、体を奪い返すために動いて来た」
「なに、それ……」
握りこぶしで、地面を殴りつける音が響く。
何度も、繰り返される。
「なんなの、それは……どういうこと、なの……貴方達の話が本当だったとして、じゃああの『スフィラ』は一体誰だったのっ?!」
フィーユの叫びは、苦痛に満ちた物だった。
「わからない。神でありながら神ではない。誰かを依り代にしなければ顕現出来ない異端の神だ」
それまで、無言だったマコトが、ようやく口を開く。
誰の顔も見ないように顔を逸らし、視線を地面に向けて。彼は静かに言う。
「シェラン。これ以上の話は彼らの居ない場所で行う事を推奨する。私達への対応も含めて」
彼等――星原の子ども達は、話しについて行けずに取り残されたような顔をしていた。
しかし、マコトに部外者扱いされた事に気付いたアイリが抗議しようと口を開きかけ。
「おや、私の招待した客人がいては不都合ですか? 君がなんで星原を裏切ったのか、いい訳ぐらい話して上げてもいいじゃないですか」
その前にファントムがにこりと笑いながら言った。
「……なにを、話せと? 僕はただ、あいつのことが許せないから、復讐したにすぎない。……ただ、理不尽に殺された友人の、かたき討ちをしただけ。三番目のジョーカーという立場にはいるが、別にアーヴェがどうなろうと、セレスティンが潰されようと、どうでもいい」
そう、どうでもいい。なにもかも、関係ないとばかりに彼は無表情に言う。
復讐は終わったから、もうなんでもいいのだと。
この後、どんな裁きが下されようと、彼は顔色一つ変えないのだろう。
「ただ、許せなかった。彼が死んでも今まで通り続くあの黒の女神の世界も、嘘に塗れた歴史も。だから、壊したかった」
『……嘘つき』
誰かがぽつりと呟いたが、誰もその言葉を聞く事は無い。
陽炎のように揺らめく少年の影が、誰にも気づかれずに消えた。
その日、世界は真実を知った。
伝えられていた物語は改変され、悪は善に、偽りの神は暴かれた。
今までの世界は、壊れた。
神だと騙り
神と共に騙り
神に対して騙り
それでも真実は闇の中
神騙り編、終了――
――第三章黄泉還り編につづく
の前に、エピローグがあります。
三月中に終わらないかもしれない……。




