07. 疲れた支部長、その思い
「失礼します」
「やぁ、犬飼君。呼び出して悪いね」
「いえ、問題ありません」
私を呼び出したのは梶沼支部長。この埼玉支部のトップだ。
中肉中背のスーツ姿の中年男性、その疲れ切ったような見た目は外で会えば冴えない普通のサラリーマンとしか思えない。
呼び出された理由はおそらく、先日配属された小林唯に関してだろう。
「最近どうだい? 進路は決めた? 君ももう高校三年生だものね」
デスクの前で直立している私に、座った梶沼支部長が枯れたような笑いをかけてくる。
確かに私は大学進学かマギ隊に専念するか悩んでいるが、そこまで一学生隊員のことを把握しているのかと少し驚いた。
「いえ……。それより本題をお願いします」
「あはは。いやね、所属の子達は娘のように見えてしまってねぇ。ごめんごめん。それで本題だけど、新しく配属した小林君の様子はどうだい?」
「特に問題ありません。任務内容も真面目に覚えようとしているように見えます」
「そうか、そりゃ良かった。いやね、本人の報告書も見たんだけど、字が汚過ぎてね」
「それは仕方ありません。彼女は利き腕を失くしてまだ間もありませんから」
確かに唯の書く字は汚いが、それもじきに改善されるだろう。字を書く際に紙がズレないようにする重しを用意したりと色々工夫が見える。
「ああ、そうだね。それでどうだい? 利き手を失くしてもやってけそうだったかな?」
「はい。変身での身体能力向上も、前衛型のためかそれなりに高いようです。それに、彼女が出す剣は佐藤極子の磁力魔法で撃ち出せることが分かりました。マギ隊全体で見てもかなりの威力です」
「ああ、報告書にあったレールガンって奴ね。どうも、どっちかと言うとコイルガンに近いみたいだけど、良い連携が取れそうで良かったよ」
そう言って梶沼支部長はまた笑った。
「支部長は予想されておられたのですか? 極子の能力との相性を」
「そりゃね。今は貴重だけど、かつて剣と言えばだいたい鉄製だった。鉄と言えば磁力って誰でも連想できるさ」
なるほど。
唯以外の第三補助隊メンバーの武器はどれもキワの磁力に影響されない。おそらく鉄製ではないからだろう。私の爪は他では見ない赤く光る金属だし、雫の槍は珊瑚のよう。風香の杖に至っては木製で金属ですらない。
だからキワも、唯の剣が磁力に影響されるなんて思わなかったのだろうな。
しかし上は気付いてた訳だ。
「人間関係はどう? 上手くいってる?」
「ええ、問題ありません。まだ慣れていない部分はあるものの、じきに慣れるでしょう」
教育担当のキワが若干反発しているようだが、大きな問題にはなっていない。初めての後輩で空回りしているのだと思う。
「そう、そりゃ良かった。他に気付いたことはある?」
「他……、ですか」
特に思い当たらない。
キワが来た当初は色々と手を焼いたものだが、唯の場合は全く手がかからない。通知を受けた当初は直前に腕を失った新人が来るのかと身構えたものだが、本当に拍子抜けした気分だ。
「彼女、やけに言葉遣いが硬いと思わない?」
「……確かにあの年齢にしてはそうですね」
支部長の質問の意図が分からない。
何が言いたいのだろう?
「彼女は孤児でね、児童養護施設の出身だ。その施設、女児童しかいない」
魔生体被害は稀に起きてしまう。この時代、孤児なんてそれほど珍しくはないだろう。……その施設が女の子ばかりなのは確かに珍しいかもしれないが。
「まぁ、気にかけてあげてね。書類上での推測だけど、人付き合い苦手そうだからさ」
「はい。それはもちろん。……ところで、どうして彼女は片腕を失ったのですか? 新人研修中に重症を負う者など、これまで聞いたこともありませんでした。いえ、ニュースは見たのですが」
ニュースでは魔素濃度が低い影響でマギ隊員が満足な魔法を使えず、物理攻撃特化の魔生体から思わぬ反撃を受けたという。
しかし報道には疑問が残る。
周囲の魔素濃度が低く魔生体自体が保有する魔素も少ない場合、その魔生体は魔法攻撃や魔法による身体強化が弱い。
だからそういった魔生体は弱いことが多いが、必ずしもそうとは限らない。物理特化型の魔生体が良い例だ。
そんなこと、引率を任される程の者にとっては常識の筈だ。
「ああ、それね。正直、ホワイトシューターの介入がなかったら全滅もあり得たよ」
普段でも疲れたように見える梶沼支部長が、より疲れた表情を見せる。一気に老け込んだように見えてしまった。
「全滅? それ程だったのですか? 引率役は何をしていたのです?」
「まぁ、色々ね。どうせすぐニュースになると思うけど、上で少し不正があったみたいだね。それで有名で人気はあるけど経験不足な者が引率役にねじ込まれた。新人研修の実地訓練は毎年、広報から動画公開されるからね」
「は? それで新人に多数の負傷者を出したんですか?」
「悲しいことだ。悪いが、今はこれ以上言えない」
そう言って梶沼支部長は真顔でこちらを見つめてきた。いつも力ない笑顔の印象が強い支部長が真顔になると、何故か凄みを感じてしまう。
これ以上は何を訊いても答えは得られないだろう。
「分かりました。それでは、他にご用件がなければこれで失礼します」
「ああ、小林君を頼んだよ」
支部長室を出る際、支部長はいつもの力ない笑顔に戻っていた。




