第7話 調略
海道倶楽部主催を自称する山内豊は、廻状を握りしめたまま歯噛みした。
「じゃ、確かにお渡ししましたんで。自分は失礼します」
「待て、小僧。てめえは、この織田組の身内か?」
「いえいえ。俺はただ、織田組の佐久間さんって人から頼まれただけで。アメさん言うとこのメッセンジャーってやつで」
「他にはどこに回したんだ?」
「あ、はい。北千住の鉄工所と‥」
「北千住?惟任んとこだな。他は?」
「町屋のスクラップ工場ッス」
「キムんとこか。奴ら、何か言ってたか?」
海道グループの分裂した残り二派にも廻したということは、愚連隊組織を服従させて飲み込もうということだろう。
「はい。お二人ともお宅みてえに『ナメたマネしやがって』と、たいへんお怒りのご様子で、あちこちに電話をかけたり、トラックがどうとか言って飛び出したりしてましたかね」
山内は思案する。
(てことは、やつら織田組にカチコミでもかける気かもしれねえな)
抜け駆けをして、織田組の持ってる縄張りや博打の盆やらを掻っ攫う。
「おい、小僧。北千住と町屋に行ったのはいつだ?」
「おとついッス」
(ヤベェ。急がねえとな)
兵隊集めるのに二三日かかるとして、明日にでもやる気かもしれない。
「もう、いいッスか?自分、佐久間さんに駄賃貰いに行きたいんで」
「その駄賃の三倍くれてやる。おめえは北千住の様子を探って俺に教えろ。ウチの若い者つけるから、そいつをスクラップ工場に案内しろ」
「三倍って三百円もくれんのかよ。いいッスよ。何でもやるよ」
そのメッセンジャーが男装した織田帰蝶本人とは、山内は知る由もない。
小僧と呼ばれた帰蝶は、改めて奥の作業場を確認する。
旋盤機と研磨機で作られた日本刀が数本、鉄パイプが数十本転がっている。
(飛び道具こそ持ってなさそうだけど、正面からぶつかれば負けるな)
北千住には行かない。
そもそも、今回的にかけるのは王子の海道倶楽部だけだ。
戦力差があるため、一つずつ潰していく計画だ。
山内工務店を見張る。
店内にたむろしていた連中が、次々と出払って行く。
自分らの知り合いを兵隊としてかき集めるつもりだろう。
(工場にいたのは8人。今出てったのが7人目。中にいるのは山内だけ)
前田利夫を呼んでおいた。
事務所にあったゾーリンゲンのナイフを差し出す。
「拉致れ。抵抗したら刺していい」
ステゴロなら前田の圧勝だろうが、さっき見た刀を振り回してくる恐れがある。
三十分後、前田は山内を連行してトラックの荷台に放り投げた。
山内は猿轡をかまされ、両眼から血が出ている。
右脚も折られていた。
「すんません。ドスを抜いたもんで、手こずりました」
前田自身も左腕を怪我している。
「大丈夫か?腕を貸せ」
帰蝶が、懐から絹のスカーフを取り出す。
「あ。姐さん。もったいねえっす。そんな高価なもん」
「おまえの腕の方が大事だ」
「……」
帰蝶の白い手が前田の腕をつかんで、手際よくスカーフを巻く。
前田の顔がポッと赤くなる。
(あ、顔が近え。姐さんの綺麗な顔が。いい匂いが……)
「今後は、もっと気をつけろよ」
「は、はい!」
前田はこの日を境に、生涯帰蝶に絶対服従するようになる。
赤羽の織田組事務所に戻って、モグリ医者に山内を治療させた。
骨折した右脚に添え木を付けてやり、鎮痛剤も打ってやった。
「おい、山内。あたしの声、わかるな?」
包帯は巻いてあるが、角膜までは損傷していない。
明日には目も見えるようになる、というのが医者の診立てだった。
「てめえ。廻状回しに来た小僧か?」
「あたしが、三代目姐・織田帰蝶だ」
「な。組長代行ってのは、女なのか?」
佐久間が代わりに答える。
「もっと用心しろよ。あんな重要な廻状を持って来る極道は、大概貫目が高いか…鉄砲玉なんだぜ」
つまり愚連隊は侠客の習慣を全く知らない、ということだ。
「畜生。さっさと殺せ!どうせ、特攻で死ぬはずだったんだ」
「嘘をつけ。てめえは特攻の生き残りなんかじゃねえ。陸軍の整備士だろうが」
佐久間がたしなめる。
(ち。調べ上げられてんのか。こっちは相手の顔も知らなかったのに)
山内は、相手が悪かったことを痛感する。
「ホントは死にたくないんだろ?織田組側につくんなら、見逃してやるよ」
「…それこそ嘘だろ。ヤクザが約束なんか守るかよ」
「守るよ。ヤクザは愚連隊とは違う。仁義を重んじるんだ。嫌なら残った手足も折って、川に投げ込むだけだ」
しばらく考えてから、捕虜は答えた。
「何が知りてえんだよ?」
「惟任とキムの弱点だ」
「知ってたら、とっくに俺がやってるさ」
「じゃあ、おまえの強みは何だ?おまえが特攻帰りじゃないことはバレてたはずだ。あのふたりはなんでおまえを幹部のままにしておいた?なんでおまえは、あいつらと張り合えると思った?」
分析の結果、生じた疑問だった。こいつは何を隠している?
「あんたが組長代行だとして、その次の役は何だ?」
「『若頭』だな」
「俺を若頭にしろ。そんだけの価値はあるぜ」
佐久間の眉がピクリと動く。
「いいよ。価値があるんならな」
そう言ってから、佐久間に片目をつぶって見せる。
山内には見えなかった。
つづく




