第3話 昭和の老害
大宮市の隣、浦和市の足利組事務所に通された。
応接間に入る前の廊下で、迎えに来た男が立ち止まる。
「ええと。ちょっと言いにくいんだが、身体検査をさせてもらえるか?」
「……触るの?だったら、誰か女性に代わってよ」
「いや。今ここに女はいないんで、申し訳ないが俺が……」
リタが露骨に嫌な顔をして、身構える。
「おじさんがロリじゃないって、証明できる?」
「あたりまえだ。俺には、おまえぐらいの娘がいるんだ。だが、念のため…」
「要らねえ!相手は女のガキだぞ。ど阿呆」
応接間の中からの声。
「じゃあ、通しますよ。ただ上総リタは、東京と埼玉数百人のアバズレ女子中高生を束ねるレディースの総長なんです。くれぐれもお気をつけて」
(アバズレ?どういう意味だろ?)
男は渋々引き退がった。
中に入ったリタを、クリームパフェと恰幅のいい老人が迎える。
「ほう。ナントカ坂にでもいそうな、カワイコちゃんじゃねえか」
細川組長が目を丸くする。
「まあね。だから?」
「いや。もっとやさぐれて目つきの悪い、いかにもスケバンってのを想像してたもんでな」
「ああ、それがアバズレなの?まぁ、令和だからね。マイルドなスケバンなんだよ。じいじ」
「ふ。じいじか。そういや、下の孫娘もJKってやつだったな」
ソファに腰掛けるや、さっそくパフェに食いつく。
その姿自体は、帰省した孫娘のカワイイ仕草だ。
「まあ。世間話はともかく。あんた、独眼竜をぶっ潰してくれたんだってな?」
眼はもう、祖父のそれではない。
やってくれたな、というヤクザの眼だった。
リタはかまわず、パフェを頬ばりながら話す。
「へえ。あの程度でぶっ潰れたんだ。なら、あたしらがやらなくても、誰かが潰したんじゃない?例えば、ヤクザとかがさ」
「嫌味か、そりゃ。まあ。ヤクザは潰さねえだろ」
「トクリュウ(匿名流動型犯罪集団)だから、利用価値がある?」
「だな。やるとしたら、世間ウケを狙うサツか特捜部だろうな」
「あんた達がそうやってあっちの連中に丸投げしてるから、図に乗ったんだよ。あの連中は、女子中学生にまで手を出してるんだ。あたしのかわいい後輩たちにね」
「仲間のためなら身命を賭す……任侠道だな。気に入ったぜ」
リタがあからさまにため息をつく。
「気に入られてもねえ。爺さんとお見合いしに来たわけじゃないし。話は何?」
食べ終えて、口の周りを拭く。
「気をつけろ、って話だ」
「……」
「独眼竜の上にいたのは、大和田組なんだ」
大和田組は神戸に本家を持つ、全国一の暴力団だ。
「アンビリだなあ。天下の大和田組が、半グレ使って小遣い稼ぎするかな?」
「まあ。幹が太えから、いろんな枝が生えるってことよ」
「気をつけろ、じゃ終わんないよね。からの?」
「あんたの安土会、うちと同じ傘に入ってみちゃどうだ?」
「つまり、大吉連合の傘下に入れってことね?」
大吉連合は関東最大の指定暴力団で、大和田組と唯一対抗できる組織だ。
「それしかねえと思うが?」
「やだよ」
「即答かよ」
老人が苦笑する。
「安土会は暴力団じゃない。自警団なんだ。帰るね。じいじ」
立ち上がるリタを、大吉連合傘下の六代目足利組長が呼び止める。
「ここで帰られちゃあ、足利組のメンツが立たねえ。何が何でも入ってもらう、と言ったら?」
「JKを脅迫する方が、潰れんじゃないの?メ・ン・ツ」
「俺たちはヤクザだ。脅しもするし、人質も取るぜ」
「ああ。半グレみたいに仲間をさらってレイプするってこと?でもね。自警団も人質くらい取るよ」
「……」
「じいじ。見て、これ」
リタが耳に付けたピアスを示す。
「ピアスってやつだろ。それが?」
「ブルートゥース‥つってもわかんないか。無線マイクなんだ。カワイイっしょ?」
「……」
リタのスマホからLINEの着信音が鳴った。
「お。さすが、藤吉。仕事が早い」
メールを読み上げる。
「細川高広の孫娘の名は、細川更紗。白鷺女学園高校2年。住所は……」
「おい!」
「じいじは知らないだろうけど、イマドキの女子校のイジメは陰湿だよう。毎年自殺者が出るほどね」
「……」
「外であたしを襲う準備をしてるロリおっちゃん。さっきあんたが言ってた娘も、大丈夫かなあ?」
「ゴラ!くそガキ、調子こいてんじゃねえぞ!」
さっきの男が血相を変えて、飛び込んできた。
リタはスカートをまくり上げ、太腿に仕込んだ警棒を抜いた。
警棒の先を男の左胸に当てる。
バリバリ!
「うが!」
警棒状のスタンガンは、体格のいい男でも膝を折るほど強力だった。
「調子こいてんのは、てめえらだろうが」
うずくまる男を膝で蹴り上げる。
失神したのを見計らうと、電光石火に細川の背後をとって警棒で首を絞め上げた。
「上から指図してんじゃねえぞ。役立たずのどヤクザ。昭和の老害どもが!」
結局、大吉連合入りの話はうやむやになった。
翌月。
リタがいつものように登校しようとした朝。
(ふわあ、眠い。「信長の野望」の新シリーズで徹夜しちまった)
リタの趣味の一つだ。
この戦略シミュレーションゲームは片っ端からやってみたくなる。
「上総リタだな?」
突然、路上の向こう側に妙な男が現れた。
身構える。
鞄の中には催涙ガス、太腿にはスタンガン。
だが、どちらも役に立ちそうにない。
相手との距離は5メートルある。
「おまえを、あっちの世界に送り込む」
「はあ?あっち、ってどっちだよ?」
「おまえは、生まれる時代を間違えたんだ」
拳銃を抜いた。
手馴れている。
乾いた音がした。
つづく




