第33話 嫉妬
☆とブクマありがとうございますm(_ _)m
いただいた分だけ、連載再開します。
枝野は焦っていた。
自分が金庫番を務める、大和田組系山縣組のシノギは堅調だ。
だが最近自分は、兄貴分の山縣に信頼されていない気がする。
「金儲けは枝野に任せる。わしはもっともっと喧嘩に磨きをかけるんや」
シノギの上では信頼している、だがお前は喧嘩に向いていない。
そう言われた気がしたのだ。
あの日もそうだ。
東京のオダとかいう女から、兄貴に電話があった。
しばらく世間話でもしたかと思うと、急に叫んだ。
「時限爆弾?」
山縣はイラついたように、送られてもいない時限爆弾を自分たちに探させた。
「オダキチョウ。冗談言うてんちゃうやろな?」
と言ったかと思うと、今度は(オダキチョウはええオンナやから。悪ないなあ)とニヤニヤし始めた。
情緒不安定だ。
恋でもしているのか?と思えるほどに。
まずい。
このままでは、俺の兄貴の心が持って行かれる。
枝野は無自覚に「オダキチョウ」に嫉妬していたのだった。
下地道夫もまた焦っていた。
大和田組のカリスマ組長である田母神雄一が、腎臓病を患って入院したのだ。
がんかもしれなかった。
腎臓がんは最も悪質ながんだ。
(オヤジとわしの野望、全国制覇まで保つんやろか?)
病室で盟友の寝顔を見ながら、若頭は思いをめぐらした。
47都道府県に支部を置くのが全国制覇なのであれば、東京以外はほぼ達成している。
全ての極道を傘下に収めるのは不可能だ。
それはふたりとも望んでいない。
ある時期からわかっていた。
極道は、体制に反抗するから極道なのだ。
大和田組が体制になれば、それに反抗する勢力は必ず現れる。
そもそも、反抗もせずに臆面もなく傘下に入ってくる連中を極道と呼べるのか?とすら思える。
「東京はやっぱゴツイのう。ああいうんが、ホンマの極道ちゃうか?」
田母神は弱気になると、口癖のように言った。
会津大和田組を撃退した事件のことだ。
(てっきり関東の年寄り連中や思とったが、あの若い女が描いた画やったんや。わしやオヤジが去んでもうたら、あの女が全国制覇するんちゃうか?)
この杞憂は、やがて大和田組全体に伝染していく。
(オヤジの目が黒いうちに東京は獲れんでも、オダキチョウだけは生かしとくわけいかんなあ)
自分は何をしているんだろう?と、思う。
東京大学に現役合格した。
物理工学を専攻し、将来は学者になるはずだった。
だが、自分は女だった。
「長谷君。悪い事は言わない。民間会社に就職した方がいいよ。日本の学術界ってのは男尊女卑の伏魔殿なんだ。仮にきみが画期的な発見をして論文を書いたとしても、おそらくは男の担当教授の名前でしか発表できないよ」
先輩にそう言われて、萎えた。
研究を続けるモチベーションがなくなったのだ。
折しも各地で学園闘争が始まり、自暴自棄で全共闘に入った。
だがそこも男尊女卑だった。
リーダーになるのは男ばかりで、その男たちの周りにいるのはボス猿に群がるメスのような軽薄な女たち。
男社会にも問題はあるが、女たちがそれを進んで支えている。
根本的にこの国は遅れている、と思った。
関西の大学には女性闘士達によるセクトがある、と聞いて行ってみた。
確かに女子学生ばかりだった。
(ここなら、日本の封建制度を打破できる)
一時はそう信じた。
ところが、このセクトは快楽の奴隷市場だった。
大学のクラブハウスで、昼間からマリファナの回し喫みをする。
そして夜になると、マリファナを提供した男子学生たちとフリーセックス。
その繰り返しだった。
長谷智也子は麻薬で意識朦朧となったまま、処女を失った。
これの一体どこが闘争なのか?
愕然とした。
失望した。
だがやがて、そのことすら麻薬の快楽の中に埋もれて行った。
気がついたら、顔も覚えていない小林という男子学生の妻にされていた。
その上、巨額の借金の連帯保証人になっていた。
父親はサラリーマン、母親は専業主婦、家は調布のベッドタウン団地で資産も貯蓄もない。
もとより両親に説明できるはずもなかった。
債権者は枝野ローンという闇金融。
そのバックには、一般人でも知っている大和田組という暴力団。
逃げることは不可能だった。
(トルコ風呂に売られる、ってことよね)
特殊浴場の当時の名称だ。
100万円を完済するためには二十数年かかるらしい。
青春はおろか人生が終わる。
「けどな、二十年なんてこっちも待ってられへんねん。あんた、東大の工学部やねんてな?」
闇金の社長が言う。
「工学部やったら、ごつい武器とか作れるんちゃう?機関銃とか迫撃砲とかよ」
武器を作る。
それなら女の尊厳は守れる。
物理学者の面目も保てる。
「そんな…」
「ん?嫌なら、やっぱトルコで…」
「そんなみみっちいもんじゃなくて、私なら原爆だって作れるわよ」
ああ、そうだ。
この男中心の封建社会を、核兵器で吹っ飛ばしてやる!
戸籍上の名、小林智也子はそう決意した。
つづく




