第31話 ルビーの指輪
後日、稲村裕次郎は明王会に引退届を提出した。
ついて行く者はわずか5人だった。
愛国共和連合の門を叩いたが、利用価値のない稲村たちは門前払いを食らった。
だが玉木の全国極道大同団結構想もまた、賛同を得られず瓦解した。
稲村も玉木も帰した。
帰蝶と瀬川の二人きり。
「この宝物。どうします?織田さんの仕事です。持って帰りますか?」
「やめとく。税務署が怖いからね。それに今回のは泥棒の仕事だ。あたしはヤクザの姐御なんでね」
「そうですか。では、国庫に返納しましょう。それでよろしいですね?」
「うん。その代わり、正直に答えて。何のために、関東天武会に探りを入れたの?爆弾魔の大迫何某のことよ」
「…気づいてましたか。ちょっと、あなたが怖くなりましてね。すると案の定、化学兵器に手を付けるという情報が入りました」
役者を使った猿芝居のことだ。
「しばらくあなたの動向は、調べさせていただきました。毒ガス云々は情報操作だとわかりました。その上で、この人ならまた仕事を頼んでもいいかと思いましたよ。それが8億円分の質問ですか?」
「あたしが怖くなったって?嘘つけ。フィクサーのくせに」
「私は、ただのサラリーマンですよ」
「いいや、違うね。戦時中荒稼ぎした玉木機関はただの軍属だ。あんたは参謀本部の中枢にいた。商売に手を貸してやって、恩を売ってるはずだ。戦争に敗けたからと言って、立場が逆転するとは思えない。つまり玉木がマリオネットで、操ってんのがあんただ。人形が勝手に悪さをしたから、あたしを使ってお仕置きをしたんだろ?」
追い詰めても、顔色ひとつ変えない。
「探偵小説なら『真犯人はお前だ』というところですか。だとしても、私はサラリーマンです」
口を割るはずがない。
わかっていたことだ。
「世の中で一番怖いのは、ヤクザでもフィクサーでもない。サラリーマン、てか」
宝物から宝石をひとつ取り上げる。
ルビーの指輪だ。
「これだけもらっとく。あんたが答えを濁した分だけね」
自分の家に戻ると、家政婦の金美蘭が迎えた。
「おかえり。姉さん。お食事にしますか?それとも、お風呂?」
「いや。どっちもいい。今日は疲れた。寝るよ」
まるで夫婦のような会話。
「ああ、そうだ。蘭丸。これ」
もらってきた赤いルビーの指輪を渡す。
「むき出しで悪いが」
「……わ、私に、ですか?」
「ああ。蘭丸なら似合うと思ってな。まあ。もらいもんなんだが」
「うれしい!!」
満面の笑顔で、帰蝶に抱きついてくる。
(ああ。この子はかわいいなぁ)
着替えて布団に潜り込む。
(今日はいろんなことがあり過ぎた。それにしても、男ってやつは。昭和ってやつは)
実力もないのに、フィクサーを気取る玉木。
新興宗教のような思想に沼っている稲村。
(あんな連中が裏社会を牛耳って、平成や令和に引き継がれていったのか?)
スーッと障子が開く。
「姉さん。今夜は一緒に寝てもいいですか?」
美蘭が寝間着姿で三つ指をつく。
「うん。うしろから抱きしめてくれ。いつものように」
「はい!」
嬉しそうに添い寝してくる。
(糞まみれのオトコ社会。この子だけが癒しだ。オアシスだ)
ああ。
そう言えば、晩年の織田信長も小姓の森蘭丸を常にそばに置いていたらしい。
一説には、主従というよりは愛人関係だった、とも。
(それって、要するにバイセクシャリストだったってことだよね。謀略と策略の世界の中で、信長もピュアな愛を求めたのかな?)
戦国武将の男女関係は、生殖を前提にした肉体関係だ。
信長自身、家名存続のために24人もの子をなした。
(まるで種馬じゃん。そりゃプラトニックな関係に憧れるよな)
うなじに息を吹きかけられる。
美蘭の手が乳房に伸びる。
「今夜はそういうの要らない。一緒に寝てくれるだけでいい」
「わかりました。でも、ちょっと残念。フフ」
帰蝶は背中に美蘭の寝息を聞きながら、眠りに落ちて行った。
「姐さん。姐さん!」
姉さん、ではない。
姐さんと呼ぶ声。
目を覚ますと、そこは令和の上総リタの部屋だった。
枕元のスマホを手に取る。
2027年3月6日 23:27。
声はスマホからではなかった。
窓を叩く誰かの姿。
「藤吉?どうした?」
窓を開けてやる。
「姐さん。権六が。六花が……」
「……」
「病院に緊急搬送されました」
「なんかの病気か?」
「それが……覚せい剤中毒の疑いがある、そうです」
「……」
愛車のビッグスクーターで向かう。
後部座席から藤吉秀美が説明する。
「私たちは姐さんには内緒で、ある組織の闇ルートを探っていたんです」
「……」
「その組織が女子中学生にドラッグを売りつけていると知ったからです。大麻グミです。いちおう成分は合法なんすけど、依存性と幻覚症状が超ヤバいクスリなんす。その組織は、グミをタダで配って女の子を集めて、やがては売春を強要させる、って手口で」
「…その組織の名は?」
「関東大和田組、です」
つづく




