第30話 八億円
総帥が、息を切らしながら階段を登る。
(なんだ、この事務所は。エレベーターもついておらんのか?)
最上階に着いた。
「お疲れ様でした。奥の部屋が応接室です。どうぞ」
案内の者が、狭い廊下を先導する。
と、途中のトイレに逃げるように駆け込む。
入れ違いに現れたのは、剣道の達人だ。
「とう!」
日本刀がボディガードの喉を突く。
「とう!とう!」
沖田総司が得意とした三段突き。
総帥を囲んでいた3人が、あっという間に崩れ落ちる。
トイレに逃げていた案内が廊下に戻り、立ち尽くす総帥に声をかける。
「失礼。おや、どうしました?奥ですよ」
飲み込めた。
こいつら、テロリストか。
「このたわけ…」
ナイフが喉に突きつけられる。
前田利夫の愛刀ゾーリンゲンだ。
「お静かに」
前田が総帥を窓際まで連れて行く。
下界では近衛兵たち約百人が待機している。
「私たちは話し合いをするために集まっているんです。なぜ、あんな連中を連れて来たんです?」
瀬川の声だ。
「威嚇のつもりなら、ヤクザには逆効果ですよ。総帥。あの目障りな軍隊に、退却命令を出してください」
背後から織田帰蝶が命じる。
ナイフの刃が喉に食い込む。
応じるしかなかった。
実は臆病者だ、と瀬川から聞いている。
「わしのことはいい。こいつらを殲滅しろ」などとは言うはずがないと。
その通りだった。
駐車場から黒塗りの大型車十数台が、粛々と退却して行く。
「話し合いとは何だ?殺す気はないのだな?」
「その気なら、さっき日本刀であなたの喉も突いてますよ。ただ、話し合いまではちょっと時間が空きます。なので…」
ナイフの代わりに、今度は注射器が首に刺さる。
「しばらく、ご休憩ください」
声が遠のいた。
無人となった神社の境内に、2台の重機が乗り上げる。
浦和から運んできたブルドーザーとクレーン車だ。
坂上が誘導する。
「オーライ、オーライ。宝物殿はこっちです」
ブルドーザーが宝物殿をなぎ倒す。
所詮、ミニチュアだ。
物置ほどの大きさで、土台も脆弱だった。
倒れた建造物を覗く。
内部には、高さ2メートルほどの大金庫が隠されていた。
狙撃手が金庫にロープをかける。
「よし。引き揚げろ」
獲物を見上げながら、金庫破りの名人・森田誠が呟く。
「ああ。戦前のダイヤル式だな。5分もありゃあ、股を開かせてやるぜ」
口説き上手の色男か、と坂上が心の中でツッコんだ。
玉木富士夫が目を覚ました。
知っている顔と知らない顔が並んでいる。
「おはようございます。玉木さん」
瀬川隆介。
知っている。
嫌な男だ。
「総帥。お身体は大丈夫ですか?」
稲村裕次郎。
知っている。
わしに惚れこんでおる弟子だ。
「おはよう。ペテン師」
誰だ、このオンナは?
「織田帰蝶。貴様!総帥をペテン師などと。無礼千万だぞ」
ああ、そうだ。
わしは今日このオンナに会いに来たんだったな。
「稲村さん。これを見ても、まだこのペテン師を総帥と呼ぶの?」
テーブルの上に並べられた物。
札束。
金塊。
宝石。
土地の権利書。
株券。
アメリカ国債の債券などなど。
「先生は天下国家のために働いておられるんだ。そのための資金を集めて何が悪い」
「じゃ、これは?」
一枚の紙。
「八億円也」と大書された領収書。
そこには玉木のサインと実印。
「官房機密費は下りていたんです。その領収書は、内閣官房にいる私の友人からもらったコピーです」
瀬川の補足。
「こいつはな。俺等にはカネは出なかった、と嘘をついて8億を懐に入れたんだ。ペテン師じゃなきゃ何だ?」
「国のためだ!愛する国のためだ!」
「わかった。じゃあ、あんたが代わりに8億払え。一生かけてでも、愛する国のためなら払えるだろ」
払えるはずがない。
口をつぐむ。
「なあ、総帥。あたしはこのコピーを全国の極道に送り付ける。コケにされたと知ったら、大和田組なんかどう思うかな?あいつらプライド高いからな」
「やめろ!たわけ者」
「ああ?」
「…ご勘弁ください。何卒お願いします」
右翼の大物が、殊勝に頭を下げる。
かわいいくらいだ。
稲村に向き直る。
「稲村さん。今度はあたしが、あんたの解任を要求する。あんたは天武会の本部長になって、人件費未払いをうやむやにする気だった。そんでその後は、天武会のカネを愛国共和連合に横流しする…こりゃ背任行為だ」
なんの証拠があって、と反論もできた。
だが、ヤクザに証拠など無意味だ。
「あんたは、極道を引退しろ。そして、立派な右翼になれ。このペテン師に人の騙し方教わってよ」
何も言えない。
「それと、人の子分にケチつけんな。殺すぞ」
つづく




