第27話 愛国主義者
昭和三五年(1960年)7月。
関東天武会本部に詰めている帰蝶のもとに、兄貴分が訪ねてきた
「参った。カシラのハシカが悪化してやがる」
松家の愚痴が始まった。
「稲村さん。来年には明王会を継ぐんだろ?」
今年に入ってから、70歳の藤城明会長の体調が思わしくない。
次期会長に、甥の稲村裕次郎を指名したはずだ。
「明王会を解散して政治結社にする、って言い出してんだよ。愛国共和連合稲村組とかなんとか」
愛国共和連合は、玉木が創設した右翼組織だ。
その傘下に入るという事か。
「その話を聞いてオヤジが迷ってる。俺に明王の代紋を背負う気はねえか?と訊いてきた」
珍しく沈んでいる。
迷っているのは松家の方かもしれない。
(会が割れる、ってことか。いや、それだけじゃ済まないな)
愛国共和連合には、大和田組の下部組織も入っている。
建前上、大和田との対決姿勢は具合が悪い。
稲村について行く一派は、関東天武会からも抜けるだろう。
「これまで一緒にやってきた仲間とやり合う可能性もある。それならいっそ俺もカシラについて行くべきかもな」
すると今度は、帰蝶たちと敵対する可能性が出てくる。
板挟みの堂々巡りをしているのだろう。
白クマこと元相撲取りの白井は、このところキム・イスンに懐いている。
白井は帰蝶のボディガードだ。
「キムの兄貴は、何度も出入りを経験してんすよね?」
「おう。そもそも姐さんと出会ったのが、三代目織田組と愚連隊の抗争だったからな。ま、そん時は敵側だったけどよ」
「え?最初は敵だったんすか?」
「おし。詳しく話してやるか。あれは昭和…」
―我々は、愛国共和連合会である。わが師・玉木富士夫はアカにまみれたこの国を憂えておられる。
道の真ん中に、堂々と右翼の街宣車が立ちふさがっている。
デモ潰しの不快な記憶が、キムの中で蘇る。
「ち。くそ右翼が。話の腰折ってんじゃねえよ!」
通り過ぎざま、街宣車の横腹に描かれた日章旗のマークを蹴り上げる。
―待て!そこのチンピラ。
車内から軍服の男たちが、ぞろぞろと降りてきた。
その中の一人に見覚えがある。
「ん?貴様か。朝鮮人」
キムの敬礼姿勢を矯正しようとした男だった。
「わが聖なる日章旗を足蹴にするとは、やはり劣等民族だな」
威勢よく歩み寄ってきた。
時代錯誤の銃剣に手をかけている。
「これより貴様らに、制裁を加える」
剣を抜いた。
通行人から悲鳴が上がる。
「俺はあのとき、歴史を勉強しろって言ったよな?もう忘れたのか?おめえらは戦争に敗けたんだよ」
「あれは栄光ある撤退なのだ。わが大日本帝国は、最後は必ず勝利する」
都合の悪い歴史は勝手に書き換える。
何を言っても無駄だ。
「そうかよ。じゃあ、勝利してみろよ!」
始まった。
だが、軍隊ごっことプロの喧嘩屋の戦いだった。
太平洋戦争同様、勝負は見えていた。
帰蝶はめずらしく、明王会に呼び出された。
「織田の姐御。あんたの部下2名が総帥の赤子を半殺しにした、というのは聞いているな?」
若頭の稲村は、怒りを堪えながら言った。
赤子は赤ん坊のことで、戦時中は国民全員を天皇の赤子と呼んだ。
どうやら玉木総帥はフィクサーを通り越して、天皇気取りまで始めたようだ。
それこそ不敬罪だろうに。
「ええ。ふたりを褒めてやりました。多勢に無勢、しかも相手は銃剣まで持っていたのによくやった、ってね。それにサツからも事情は聞いてます。確か、正当防衛です。あ、過剰防衛だったかな?」
次期明王会会長が、机をドンと叩く。
「問題はそこじゃない!相手が愛国共和連合の一員だということが大問題なんだ」
「それのどこが問題なんです?明王会の一員を半殺しにしたってわけじゃなし」
「織田組も、愛国共和連合構想に参加しているだろうが!」
「いいえ。してるのは明王会だけですよ。織田組も大吉連合も浦和会も、署名は保留してます」
ぷるぷると震える。
関東天武会は全員署名した、と思い込んでいたのだ。
「なら、もうひとつの件だ。織田の。これは何だ?」
引き出しから取り出した一枚の写真。
キム・イスンの顔写真。
「貴様の子分。貴様は知らないだろうが、朝鮮人なんだぞ」
「それも知ってますよ。何が問題なんです?」
「問題だろう!劣等民族なんだぞ!」
劣等民族?
はあ?
帰蝶の怒りの核心に、赤い火が点いた。
「よう。明王会次期会長。あんた今、あたしの子分を侮辱したか?」
予想外の反応だったようだ。
相手が咳払いをする。
「まあ、言い過ぎたかもしれん。だが俺は執行部として、関東天武会本部長の解任を提案する。そして当面は、私が理事と本部長を兼任する」
「ああ。くれてやるよ。やってみろよ。お坊ちゃまで務まるもんならな」
つづく




