第26話 60年安保闘争
昭和三五年(1960年)4月。
60年安保に反対する学生たち(主に全学連)と警官隊が国会議事堂前で衝突し、多数の重傷者を出した。
翌5月には自民党が新条約案を強行採決し、デモ隊と政府の対立は激化した。
6月10日。米大統領報道官がデモ隊に包囲される事件が起きて、風雲急を告げる。
15日。
30万人以上に膨れ上がったデモ隊が、警察・右翼団体・暴力団と激突した。
その様子を帰蝶は、国会議員会館の一室で眺める。
(これが古い映画フィルムで見る「アンポトーソー」か。すげえ迫力だな)
四日後の19日には、アイゼンハワー大統領の来日が予定されている。
大統領の目の前で、30万人の反対運動をさらすわけにはいかないのだ。
フィクサー・玉木冨士夫は3万人のヤクザと1万人の右翼を用意し、この国会議事堂前に解き放った。
右翼の街宣車が、デモ隊に向けて速度60キロで突っ込んだ。
「ごらあ!アカども~。ここは神聖な国会じゃあ。解散せえ!轢き殺すぞ!」
実際数人を轢いた。
警察機動隊は、見て見ぬふりを決め込んだ。
あちこちで衝突が起きている。
デモ隊も武装している。
角材と警棒の叩き合い。
投石のぶつけ合い。
殴り合い。
蹴り合い。
取っ組み合い。
だが、さすがに双方とも銃器は使わない。
しかしヤクザの中には、ドスや日本刀を振り回す者もいた。
これは幹部らもたしなめた。
「おい。トウシロ相手にみっともねえ真似すんな!」
相手を慮ったわけではない。
玄人のメンツのためだ。
(さて、ウチの連中はどこかな?)
双眼鏡で探す。
織田組は前田利夫を責任者にして、補充した者も含め100名を送り込んでいる。
出動前にはクンロクを入れてある。
「いいか。適当にやれ。別に組の鉢巻き巻いてるわけでもねえ。トウシロ相手の喧嘩にマジになるな。いいな」
だが若頭の山内はじめ別動隊の組員たちは、やる気満々だった。
久しぶりの喧嘩だからだ。
殴る蹴る。
投げ飛ばす。
それでも言われた通り、道具は使っていない。
(ああ。かかってやがるな。ま、いっか)
気持ちはわかる。
好きにさせよう。
いいガス抜きだ。
キム・イスンは遊軍として、愛国共和連合のグループに配属された。
「もっと背筋を伸ばせ。肘は45度だ」
まず、敬礼の姿勢から矯正される。
すぐに切れた。
「こっちは政治結社じゃねえ。ヤクザだ。敬礼なんかできるか」
「貴様は、どこの組の者だ?」
「関東天武会織田組の金森だ」
「金森?貴様、朝鮮人か?そう言えば、目つきが朝鮮だな。関東天武会では、劣等民族を組員にしてるのか?ああん。けしからん!」
言われ慣れているが、軍服野郎に言われると腹が立つ。
「バカヤロー。日本人の祖先も元をただしゃ大陸から来てんだよ。ちょっとは歴史を勉強しろ。おめえの親父もお袋も朝鮮かもしれねえぜ」
その右翼は顔を真っ赤にした。
耐え難い屈辱、とでも言いたげだ。
「やってられっか。タコ」
金森ことキム・イスンと遊軍は、開始早々離脱した。
この日、デモに参加していたひとりの女子学生が死亡した。
圧死である。
責任のなすり合いが始まった。
全学連側は警察側の暴行だと断じた。
警察側はデモ隊に踏みつぶされた、と主張した。
午後9時。全学連がその訃報を報じると、一部学生が暴徒化した。
警察車両に対する放火が始まった。
上がる火の手を見ながら、帰蝶は醒めた気分になる。
(この喧嘩は、どっちも負けだな。骨折り損の、だ)
女子学生が亡くなったことで、政府と警察は非難轟々だろう。
全学連もまた逆上したことで、凶悪な犯罪者扱いされる。
ヤクザなら勲章だが、一般人には一生背負う十字架だ。
誰も得しない。
いや。
ヤクザへの風当たりも強くなるだろう。
やはり参加するべきではなかった、と後悔した。
デモ隊の負傷者 約400人。
警察側 約300人。
逮捕者 約200人。
不毛の一日が終わった。
さらに岸信介は暴挙に出た。
デモ隊鎮圧のために、陸上自衛隊の治安出動を要請したのだ。
だが防衛庁長官も国家公安委員長も、これを拒否した。
ただひとり一国のトップだけが、空気を読めていなかった。
裸の王様だった。
19日。
結局、アイゼンハワーは来なかった。
極東の野蛮な島には行かない。
アメリカの新聞は、そう報じた。
23日。
岸は内閣総辞職を表明した。
我々は勝った。
これで日本も社会主義化される。
左翼たちが束の間の歓声を上げた。
ところが翌7月。
池田勇人新内閣が所得倍増計画を発表すると、国民は掌を返したように自民党支持に回る。
安保闘争は一気に下火になった。
学生たちの家族や周囲が、危険なデモ活動に猛反対するようになったからだ。
国民の大半は、岸首相さえ降ろせばそれでよかったのだ。
イデオロギーなんてどうでもいい。
その団体や率いるリーダーのことが「好きか嫌いか」だ。
11月の総選挙では、自民党が300議席を獲得して大勝することになる。
つづく




