第25話 情報戦
大吉連合からはもうひとり、爆発物のエキスパートが来た。
大迫正則という男だ。
「秩父の炭鉱で、石炭に塗れながら発破を管理してやした。ダイナマイトの扱いには慣れてやす」
「へえ。秩父の山か。懐かしいな」
「今流行りの目覚まし時計に、マイトと信管をつなげば時限爆弾ができやす。10個ほど作りやした」
「時限爆弾か。いいな。大和田組に2、3個送ってやろう」
本気とも冗談ともつかないことを言いながら、帰蝶は楽しそうだった。
「だが爆弾は、足が付きやすいからなあ。保留だ。あとで連絡する」
その後も多士済々。
元警察官の剣道の達人。
ラジオで活躍したモノマネ芸人。
金庫破りの名人…等々。
帰蝶は面白がって、どんどん採用した。
「最後に面接するのは、松家さんの紹介です。明王会でも持て余しているそうで、要らなきゃ追い返していいそうです」
「よし、入れ」
現れたのは、ひょろっとした小男だ。
「坂上仁です。満州の陸軍にいました。所属部隊は…」
坂上がポケットから軍票を取り出して、見せた。
そこには「関東軍防疫給水部・満州第七三一部隊」とある。
「731部隊だと?細菌兵器を開発していたという、あそこか?」
「はい。自分の担当は、PXというペスト菌に感染したノミの増殖であります」
危険だ。
あらゆる意味で。
731部隊通称石井部隊は、戦時中細菌兵器開発のために外国人捕虜やスパイ容疑者達を人体実験に使った。
軍事裁判では関わった軍人・医者・研究者が有罪とされ、社会的に抹殺された。
(そんなヤバい部隊の一味を入れるわけには…)
惟任が眉をひそめていると、帰蝶が質問する。
「ああ。聞いたことあるね。おまえらノミを空中から満州の村にバラ蒔いたんだってな。効果はあったのか?」
「姐さん。もう、この男は…」
「はい!効果絶大、被害甚大でありました。ただ、ペスト菌増殖には白鼠が必要でして、汎用にまでは至りませんでした。ですが、今の科学をもってすれば、細菌を増殖し気化してからガス兵器として…」
「もういい!黙れ。貴様は不採用だ。出て行け!」
惟任がヒステリックに命じた。
「はい。出て行きます。失礼しました。上官殿」
立ち上がってからの敬礼と薄ら笑い。
惟任はぞっとした。
狂人の目だったからだ。
坂上が退出しかけたとき、帰蝶が止めた。
「待て。採用だ。ガス兵器作るのに必要なもんを書き出せ。カネはいくらかかっても構わない」
惟任が凍りつく。
(正気の沙汰じゃない)
面接が終わり全員帰ったところで、惟任が進言する。
「姐さん。731部隊はダメです。あれを入れたら、天武会は全国の極道から村八分です。仁義にもとる外道扱いされます」
「惟任!てめえ、親に指図する気か?あたしは言ったはずだ。おまえら子分は何も考えるなってよ」
怒鳴りながら、何か書いた紙切れを見せる。
[スパイがいる。喫茶店に行ってろ]
織田組直営の喫茶店は、ふたりだけの貸し切り状態だ。
「スパイって誰ですか?」
帰蝶が履歴書を一枚抜き取る。
大迫正則のものだ。
「あいつの話は大嘘だ。戦後の秩父は金属鉱山で、石炭は採ってない」
上総リタの祖父母は、ほかならぬこの秩父在住だ。
リタ自身も夏休みに帰省して、よく知っていた。
石炭採掘をしていたのは戦前の話だ、と聞いたことがある。
「まだ、この辺にいるかもしれません。捕まえましょう」
「バカ。泳がすんだよ。あの会議室は壁がペラペラで、廊下からは中の声が筒抜けだ。明日にも大和田組の間で噂が広まる。『天武会はガス兵器に手を付けた』ってな。それが兄貴の狙いだ」
「松家さんは知ってたんですか?スパイのこと…あ!嘘なんですね?坂上と言う男は731部隊じゃない?」
「借金抱えた売れない役者だ。大迫も爆弾の専門家とか、いかにも派手なケンカをするあたしが好みそうなことを言ってたろ?どうも神戸は、あたしを買いかぶっている。いや、よく知らないみたいだな」
先日の山縣との会話。
まるで帰蝶が、天下取りの野望でも抱いているかのような口ぶり。
「人間は知らないものを怖がる。よく知らない今のうちに怖がらせておく」
情報戦だ。
(そうか。叔父貴や姐御は、もうとっくに大和田組と戦っていたんだな)
「ところで、おまえ飛行機乗りだよな。セスナって知ってるか?」
「はあ。アメリカ製の小型飛行機ですね」
「関東天武会の自家用飛行機が欲しいんだよ。神戸までひとっ飛びで行けるヤツがな。おまえ操縦できるか?」
「飛ばすくらいはできますが、免許が要ります」
「じゃあ、取れ。カネは出してやる」
催促する時の姐御の癖。
ホステスのように太腿を撫でて…。
「な。いいだろ?光明」
名前で呼ぶ。
つづく




