第22話 関東天武会
拳銃の乱射が始まった。
乾いた音が鳴り響き、弾煙が立ちこめる。
そのうちの一発が、会津側トラックのフロントガラスを割る。
慌ててバックし、後ろのトラックと衝突する。
右往左往のパニック状態だ。
これはもう、明確な敵だ。
そこまでわからせたところで、十台の大型トラックが行く道を塞ぐ。
「兄貴の出番だ。頼むよ」
帰蝶が、トラメガホンを松家に手渡す。
「あ~。あ~。福島の極道諸君に告ぐ。速やかに引き返せ!こちらは、東京明王会と足利会、そして織田組の連合軍・関東天武会である。繰り返す。こちらは、関東天武会である!」
(そんな団体、まだないけどね)
帰蝶が苦笑する。
「俺の名は、松家康平。明王会の若頭補佐だ。お前らがこの利根川橋を渡るんなら、明王会が相手してやるぞ!」
会津大和田組は、足利会という田舎ヤクザとだけ喧嘩をするはずだった。
明王会というビッグネームは寝耳に水だ。
話が違う。
動揺が広がる。
「それと、もうひとつ。おまえらの本家・大和田組はもう神戸に帰った。おまえらは見捨てられたんだ。俺たちがここにいることが、その証拠だ。繰り返す。大和田組は関東上陸を諦めた。埼玉に援軍は現れない。さあ、どうする?」
半分は嘘だ。
だが疑心暗鬼になっている会津の面々は、さらに萎える。
「こんなもんだろう」
松家がトラメガを帰蝶に返す。
今度は帰蝶が、再び兵隊に命じる。
「おい。引き際を教えてやれ。チャカ隊は一斉射撃。ダンビラ(日本刀)隊は斬りかかれ!」
「おお!」
相手の弱気をへし折るような、大音声のトキが上がる。
ダンビラ隊が荷台を降りると同時に、会津のトラックは3台ともUターンを始めた。
田母神雄一は神戸の自宅で、楽しそうにラジオ中継を聴いていた。
[決戦の場と目されていた品川駅でしたが、あっけない幕切れです。なんと。大和田組の目的はディナーショーを開かせてくれた大吉連合を、美雲やよいのコンサートに招待することでした。これでは警視庁も手を出せません。ちなみにそのコンサートは、わが国営放送が共催するワンマンショーです。開演場所は渋谷大ホール。日時は…]
国営放送にこの企画を持ち込んだのは、ほかならぬ田母神だった。
見返りに、やよいのコンサートを独占放送させてやる。
「オヤジさん。会津からです」
書生が持ってきた黒電話をとる。
埼玉侵攻は阻まれた、という報せだ。
「……ほうか」
第一義は大和田組の存在感を全国、特に東京に示すことだった。
それは大成功だ。
一方会津に命じたのは、関東ヤクザの品定めだ。
どの程度の抵抗をしてくるのか?
一枚岩なのか?
つけ入る余地はあるのか?
「…明王会?大吉とちゃうんかい……女やと?……オダ組?」
意外だったのは、日光街道に現れたのが大吉連合ではなく敵対する明王会中心の組織だということ。
そして、オダを名乗る女の存在。
「……おん。ご苦労はん」
電話を切る。
想定外のことがいくつも起きていた。
(まあ、あっこにも鼻の利くやつがおるっちゅうこっちゃな。しかも、女やと?ほんでもって、織田信長のオダ、かいな)
田母神は、大好きな葉巻を手に取った。
「どうやら、あいつと対決する日は近そうやな」
そう独り言ちて、葉巻を指でへし折った。
昭和30年(1955年)5月。
某老舗ホテルのパーティー会場で、関東天武会の結成式が開かれた。
総裁は、足利会会長から吉野彬が繰り上げ就任。
舎弟頭に、吉野の弟分・明王会の松家康平。
若頭に、大吉連合・宮本保志。
執行部は足利会・明王会・大吉連合のトロイカ体制で、関東の結束ぶりをアピールした。
この会は、仮想敵・大和田組を念頭に置いた連立政権だからだ。
織田組は自ら希望して、本部長の役をもらった。
本部長はいわゆる金庫番で、会の財政を司る役職。
「戦時中は内務省でしたが、平時のいまは大蔵省(現財務省)が筆頭官庁です。カネを動かす者の言うことは、誰しも聞かざるを得ないんです。織田さんも、そういう位置に立たれてはいかがでしょう?」
惟任を通じて聞いた、尾藤商事常務・瀬川隆介の勧めだった。
(これで歴史通り、足利を奉じてトップレベルの組織を完成させたぞ)
パーティー形式ということで、今日の帰蝶はめずらしくドレス姿だ。
「こりゃたまげたな。帰蝶はやっぱ、むしゃぶりつきたくなるいいオンナなんだな。わしが二十若けりゃほっとかねえぜ」
新総裁の吉野が、グラス片手に声をかけてくる。
(むしゃぶりつく?褒めてるつもりか?令和なら間違いなく、コンプラ・アウトだぞ)
中身のリタはセクハラに敏感だ。
「なあ。帰蝶。ここまでいろいろありがとな。田舎ヤクザのわしがこんな大組織の大親分になれたのは、松家とおめえのおかげだよ」
「いや。じいじの人徳なんじゃない?あらためて、おめでと」
「あんがとよ。でな。かねてから考えてたんだが、わしは足利会会長を引退する。この齢じゃ兼任なんてムリだからよ」
「じゃあ、足利会は?」
「うん。わしには息子もいねえし、跡目を継げる若衆もいねえ。だから、解散することにした。規模を縮小して浦和会を名乗るよ」
(稲葉組につづいて、足利会も消滅か。これで令和に戻っても、撃たれる心配はなくなったぞ)
「そうなんだ。じいじ。お疲れさまでした」
「うん。ありがと。ホントありがとな」
酒も入って感無量のようだ。
「あ、ごめん。ちょっと化粧直してくるね」
化粧室の中で自分の顔を見る。
(ふう。なあ、これでステージ3もクリアだろ?)
心の中で問う。
(でもって、また交通事故かなんかで令和に戻って、また別の誰かに撃たれて、何年後かのステージに立たせる。そうなんだろ?)
「上総リタ。察しがいいな」
脳に直接、答えが返ってくる。
(もう面倒だから、その件スキップしてくんない?)
「スキップ?」
(できんでしょ?あんた、神様なんだから)
「いや。神ではない。どちらかというと、悪魔の側…」
(なんでもいいよ。ほら。さっさと進めよう)
「まあ。確かに、あの件ちょっとかったるいなとは思い始めてたし。では、このまま」
(うん。やって)
「次は昭和35年。ステージ4,開始!」
視界が黒くなった。
つづく
☆やブクマよろしくお願いします!




