第20話 お礼参り
[こちら、大阪駅です。たった今、神戸発東京駅行き〇号が到着しました。ホームから覗いてみると、明らかにヤク…暴力団風の男たちが車内に陣取っています。一般の乗客はひとりもいません。当然でしょう。こんな軍用列車のような車両に乗り込む勇気のある人などいるはずがありません…]
この日一日、東海道沿線の国営ラジオ局は困惑した。
大晦日の紅白歌合戦以外では経験のないリレー生中継を、大和田組大移動の実況ですることになったからだ。
歴史ある国営放送も、そんなマニュアルは用意していない。
関係各所はラジオに釘づけだ。
神戸で唯一大和田組と敵対している正統神戸会。
「500人いうたら主力の大半やな。この機に大和田の総本部に攻めたらどうや?わしらには地の利があるで」
そんな声も上がったが、急すぎた。
今から兵隊を集めても間に合わない。
「浮足立つな。ここは見だ。なんだか、罠の臭いもするしな」
会長の池端亮は冷静に判断を下した。
名古屋のラジオ局は勇敢だった。
停車時間が長かったため、車両の中まで無線機を持ち込んだ。
[思い切って車両の中に入ってみます。いやこれは、お化け屋敷に入るよりも鳥肌が立ちます。ああ。あちらの席では、花札に興じている姿が見えます。すみません。ちょっと、お話を伺ってもよろしいでしょうか?]
[おう。ええで。何でも聞いてや]
すでに3時間が経過している。
大和田組の若衆も退屈していたのだろう。
[失礼ですが、大和田組の構成員の方ですか?]
[おう。そや。ええもん見したる。ほれ、倶利伽羅紋々や。ごっつきれいやろ。これは神戸の彫り師が二年がかりで…]
[これラジオなので、お見せできないんですよね]
物怖じしない女性アナウンサーのツッコミであった。
[あ、そうか。素人やし、堪忍やで]
[あの。この大移動の目的は、何なんでしょうか?]
[おう。先日世話んなった東京の大吉連合いうところにな、お礼参りや]
(やはり、そうか。くそ。万事休すだ)
加藤は震えあがった。
[アホ。お礼参りちゃうわ]
ほっとする。
[え?兄貴。お礼参りちゃいまんの?]
[ご挨拶や。大吉の品川加藤一家にな]
ほら、やっぱりいい。
[コラ!どアホども。何をペラペラ歌うとんねん。殺すぞ、カスが]
[や、山縣の兄貴]
[こっちゃ来い。ワレら、尻から手え突っ込んで奥歯ガタガタゆわせたるわ!]
(神戸じゃ余計な事喋っただけで、尻から手を?ひいい。リンチじゃねえか!)
プツンと中継が途切れた。
(もしかして、放送できないような大惨事になったのか?)
加藤は青ざめた。
ジリリリーン。
「発車時間です。名古屋からは以上です」
物怖じしない女性アナウンサーが、そう締めた。
ディレクターが言う。
「あ、ごめん。電波が切れた。最後のコメント、オンエアに乗ってないわ」
向こうでは、山縣とかいう兄貴分と舎弟がじゃれあっている。
「兄貴。わしラジオに出ましたで。でぶー、いうやつですわ」
「アホ。デビューや。太ってどないすんねん。やめさせてもらうわ」
東京・明王会本部でも意見は割れた。
「本当にやる気ですかねえ。友好団体ですよ」
「兵隊を世間にさらした以上、やるだろう。ここでイモ引いたらカッコがつかねえ」
対岸の火事だ。
それぞれが好き勝手に言っているが、松家康平は違和感を覚えていた。
(マジでやる気なら、こんな目立つマネするか?桜田門に止められるの、目に見えてんだろ)
実際、都内の警察の動きは慌しい。
警視庁機動隊が、最高の見せ場とばかりに品川で肩を回している。
(それにしても、500人の団体がお江戸参りか。まるで、参勤交代の大名行列だな)
帰蝶は今や他人の我が家、足利会本部で吉野彬とラジオを聞いていた。
「よう。帰蝶はどう思う?神戸の肚ん中」
どうやら吉野は、帰蝶を孫娘のように思っているようだ。
「じいじ。今頃周辺の組は、この隙に大和田組に攻め込む算段をしてると思うよ。そんな危険を冒してまで、こんな茶番…」
はた、と思い当たる。
「逆、もあるかもしれないな。じいじ。本部にトラックって何台あるの?」
「トラック?本業は土建屋なんだ。売るほどあるぜ」
[熱海駅です。大きな動きがありました。大移動を強行していた暴力団のうち、約半数がここ熱海駅で下車しました!いったい何が起きたのでしょう?突撃取材を敢行します]
名古屋の女子アナウンサーに刺激されたのか、静岡局の男性アナウンサーが勇気を奮って出札する組員にインタビューする。
[すみません。いったい何があったんですか?品川に行くんじゃないんですか?]
[途中下車や。せっかくの温泉街やさかいの。素通りのすんのも野暮やないけ。のう]
松家の胸にまた違和感。
(半数が離脱?何の真似だ?)
いや。
品川に行くと見せかけて、本当は静岡に用があったとは考えられないか?
静岡には大和田組の抵抗勢力がある。
昭和清水会。
次郎長の血統を受け継ぐとして、関西にも東京にもなびかない独立組織だ。
松家が考え込んでいると、若衆が声をかけてきた。
「親分。織田組の姐さんが、玄関にお見えです」
つづく
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