第19話 参勤交代
実は加藤は、威嚇するだけのつもりだった。
あのあとすぐに大吉連合の若頭補佐・宮本保志と会って話をした。
「おめえにチャカ突きつけたのは、たぶん山縣賢三だな。田母神雄一の番犬、って呼ばれてる」
「その山縣って奴が、俺を小馬鹿にしやがったんだ。『勘弁しろよ。酒飲み野郎が』とか言ってよ」
令和と違い当時の東京都民には、関西弁は理解されていなかった。
その乱暴な語調から、常に怒っているかバカにしているように聞こえるのだ。
「だからと言って、先代の兄弟筋に弓引くわけにゃいくめえ」
「それじゃあ、俺の肚が収まんねえんだよ!」
「わかったわかった。なら、組員総出で見送りに行ったらどうだ?『お仕事、お疲れ様でした!』つってよ」
「ざけんな。なんでそんな…」
「肚ん中でこうスゴめよ。『ビビッてチャカも撃てねえ腰抜けどもが。とっとと帰れ。次来るときゃ戦争するときだ』ってよ」
興奮しきりの加藤は我に返る。
そうか。
奴ら、大吉連合の代紋にビビッてたのか。
なら、恥かいたのは向こうの方だな。
そもそも駐車場の件は、俺と奴らしか知らないことだ。
見方次第だわな。
そのへんにしとくか。
俺もだいぶ酔ってたしな。
そういや、やよいちゃん可愛かったなあ。
誤解が誤解を呼んで、話は大ごとになっていく。
田母神一行は、横浜駅でハイヤーから急行に乗り換えて無事に神戸に戻った。
加藤一家の見送り(威嚇)は、空振りに終わったのだ。
帰るなり、大和田組幹部は緊急総会を開いた。
「大和田の四菱(代紋)に泥塗られたんや。やるしかないやろ!先鋒は俺が務めたる」
山縣は主戦論一辺倒だった。
「山賢よ。あの御仁は、ただのやよいファンやったんちゃうか?わしには、殺気は感じられんかったで」
急行電車の中で、田母神に諫められた。
いろんな感情が渦巻いた。
俺はオヤジを守りたいだけなのにわかってもらえなかった、という哀しみ。
俺、ちゃんと謝ったモン!といういじけた気持ち。
相まって「あいつらが悪い、殺す」となっている。
だが、他の幹部には温度差がある。
現場も見ていないし、そもそも大吉連合の厚意で打った興行なのだ。
(喧嘩を売るとは考えにくい。ここは自重しとかなあかんで)
ただ、いい機会とも言える。
全国制覇を目指す上で、東京は避けて通れない。
(この際、山賢を特攻隊にしてカマすのもアリ、か)
それぞれの思惑が渦まく。
大所帯の会議はえてして、トップダウン待ちになりがちだ。
静けさの中、この場の神が言葉を発する。
「わしはな、やよいを喧嘩の引き金にしたないんや。将来の汚点になるさかいな」
ピリつく者。
ほっとする者。
「けど、山賢もまた、わしのかわいい息子や。その息子が虚仮にされたら、そら黙ってられへん」
山縣がうなだれる。
涙を隠しているのだろう。
「ここはどうやろな。参勤交代でもしてみよか?」
カリスマの言葉は、いつの世も考察を要する。
幹部たちは一斉に、ポカンと口を開けた。
[大和田組が動きました。構成員500名以上が神戸駅に集結しています。行先は品川。窓口で五百枚の切符をまとめ買いしたそうです]
この事件がラジオで全国放送された。
日本中に緊張が走った。
放送される前に警視庁から連絡を受けていた帰蝶は、すぐに明王会の松家に電話をした。
―ああ。聞いてる。大吉連合が蜂の巣をつついたような大騒ぎらしい。そうか。神戸がついに腰を上げたか。
「大和田の狙いは、友好団体の大吉連合か。決裂の原因は?」
―わからねえ。ねずみ花火投げ込まれても、戦争の理由にするのがヤクザだ。友好なんて、お互い利用できるうちだけだしな。
「はあ?全員、鈍行に乗った?なんだ、そりゃ」
加藤はそう叫んだ。
神戸・品川間は普通列車だと12時間はかかる。
車を使わないのはわかる。
検問があるし、この時代にはまだ東名・名阪高速道路はできていない。
舗装状態も怪しい国道ばかりだ。
だが半分の所要時間で済む急行にも乗らず、大の大人500人が半日かけて移動するというのか?
いや、ただの大人ではない。
強面のヤクザだ。
文句を言う奴もいるだろうし、ケンカも起きるだろう。
「加藤さん。あんたの事務所は品川だよね。心当たりはホントにないのかい?」
警視庁第四課、のちの暴力団対策課の刑事が、大吉連合事務所を訪ねてきている。
加藤の冷や汗は止まらない。
宮本が加藤の袖を引っ張って、耳打ちする。
「おめえよ。あんときの冗談真に受けて、お見送りなんかしちゃいねえよな?」
「あ?冗談?」
「たりめえだろ。俺が言いたかったのは『向こうもビビッてたんだから、もうこの話は忘れろ』って意味だぜ」
開いた口がふさがらない。
(この野郎、俺ひとりに責任をなすり付ける気だ)
つづく
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