第17話 行って戻って、また行って
「上総リタ。第1ステージ、第2ステージ、クリア」
どこからともなく、脳に直接響く声。
目を覚ましたのは、上総リタの部屋の中だった。
こたつに足を入れて、コントローラーを握っている。
ディスプレイには「信長の渇望~ザ・ヒストリー」のゲーム画面。
(……やっぱり、夢、だったか。寝落ちしたのかな?)
スマホを見る。
「2027年 3月6日 05:28」
(ん?あたしが昭和に送られた日は確か3月の終わり頃だ。時が戻ってるな)
そのスマホで、「稲葉組」を検索してみる。
そんな暴力団は存在していない。
戦後のドサクサに消滅した団体、という記事が一件あっただけ。
(まさか本当に、歴史を書き換えたのか?)
あらためてゲームを見てみる。
このゲームは、織田信長の生涯をベースにしたバトルを繰り広げるSLゲームだ。
(第1ステージは「桶狭間の戦い」。これは、海道グループとの戦いとシンクロする。まだ、第2ステージまで進んでいなかったけど……あ!)
第2ステージは、稲葉山城を攻略し宿敵・斎藤龍興を討つことだ。
(稲葉組の稲葉龍造、か?)
翌朝。
登校のため、家を出る。
ふたりの仲間が待っていた。
「おはよ。なんかリタちゃんと学校に行くの、久しぶり。嬉ピ」
権俵六花が、プロレスラーのような巨体をくねらせる。
藤吉秀美が訊く。
「おはざす。姐さん、なんか眠そうっすね?」
デジャヴ。
(あれ?この後、確か稲葉組の車が近づいてきて……)
立ち止まる。
「どしたんすか?」
車は来ない。
(そうか。稲葉組は消滅したんだ。来るはずはないな)
ほっとして、歩き始める。
「ああ、そうだ。今朝五日ぶりに一本グソが出てな。『の』の字を……」
黒塗りの高級外車が、リタの横についた。
「上総リタ」
あの時と違うのは、スモークガラスのウィンドウが下りないこと。
「俺らが世話してやってる独眼竜。やってくれたみたいだな」
「……」
「あんた、誰?」
「足利会、だ」
(俺らが世話してやってる、か。やっぱり細川のじいじは嘘をついたんだな)
あのとき細川組長は、独眼竜は大和田組と繋がってる、だから足利会を味方につけろ、と言った。
ウィンドウが下がる。
拳銃が現れる。
火を噴く。
「上総リタ。次はステージ3.昭和30年だ」
また、あの脳に直接語りかける声。
スーパースローのように銃弾が飛んでくる。
「帰蝶!」
誰かが庇う。
織田三郎が、膝から崩れ落ちる。
「帰蝶。無事か?」
「あ。ああ」
「よかった。あとは……頼む」
これもまた、デジャヴ。
あたりを見回す。
昭和らしき銀座の街中だ。
(前回は海道グループの襲撃だったけど、今回はどこだ?)
「コラ。おイタしちゃダメでしょ。どうも、すみません」
見ると、小さい男の子が玩具のピストルを構えている。
母親らしき女性が平身低頭する。
足元には銀玉が転がっている。
「帰蝶。俺はもうムリだ。松家さんとの飲み会は、おまえひとりで行ってくれ」
どうやら、松家康平との会合に行く途中のようだ。
料亭の玄関先に立っていた。
「あんたは、どうすんのよ?」
「俺は、別の店で終わるのを待ってる。せっかく銀座まで来たんだからな。じゃ、またあとでな」
三郎はスタコラサッサと繁華街に消えて行った。
(えっと、昭和30年って言ってたよな。5年経っても、あいつは相変わらずってことか)
ため息をついて、料亭の中に入った。
(織田帰蝶はこの時点で、22歳か)
手洗いで鏡を見る。
端正な顔立ちは5年前のままだが、少し大人っぽくなっている。
(少女から大人の女になってきたのかな?)
松家から、空白の5年間のことをさりげなく聞き出した。
5年前、帰蝶たちが乗ったハイヤーがダンプカーに衝突したこと。
全員が軽傷で済んだこと。
帰蝶だけがショックで記憶喪失になり、しばらくは組の仕事から離れていたこと。
そして、昭和30年(1955年)4月6日のいま。
この頃の織田組は、戸田競艇場建設の管理を任されていた。
開場した後も、足利会と共同で場外にシマを持つことを許されている。
おかげでシノギは順風満帆となり、その分渡世での評価も徐々に上がっていった。
「帰蝶ちゃん。三郎に藤城明の盃を受けさせてみるのはどうだい?オヤジは満更でもない感じなんだがなあ」
同盟関係にある松家康平からの誘い。
藤城明は、一代で大組織・明王会を興した大親分だ。
だが、帰蝶は丁重に断った。
「5年前の抗争でよくわかったよ。足利会みたいに所帯が大きい組織には、有象無象の連中が集まる。中には稲葉組みたいなゲスい連中だって出てくる。端っこまで自分の目の届く場所の方が、あたしは落ち着くんだ」
「まあ。足利会を引き寄せてシノギの心配はなくなったから、無理することはねえわな」
戸田競艇場に続いて、川口でもオートレース場の計画が進んでいる。
今度は抗争をしなくても、足利会と合同で入札に参加すればいい。
「それはそうと、あの件はこのまま進めていいな?」
兄貴分が声を潜める。
「いいよ。いずれ必要になるだろうからね」
あの件とは、明王会・大吉連合以外に第三の大組織を関東に作る計画のことだ。
5年前にふたりで立てたものだった。
東京はようやく、戦前レベルまで復興したばかりだ。
だが、すぐに首都機能は肥大化し都内だけでは足りなくなる。
人も物も、神奈川・埼玉・千葉など周辺に拡散していくだろう。
(まあ、あたしはそうなることを知ってるからね)
つづく
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