第14話 専守防衛
数日後。
赤羽のキャバレーで事件が起きた。
「ごら!俺の指名したホステスだぞ。横入りしてんじゃねえ!」
足利会に属する稲葉組のチンピラが、織田組の組員にインネンを吹っ掛けて来たのだ。
「ああん?ここは織田組のシマだぞ。てめえこそ、すっこんでろ!」
その組員はドスを取り出して、稲葉組のチンピラに斬りつけた。
殴る蹴るは日常茶飯事だが、刃物となると組の問題になる。
帰蝶は三郎を連れて、松家とともに稲葉組に出向いた。
応対したのは足利会新井組の初代組長・稲葉龍興だ。
「こりゃ驚いた。こんな田舎に、明王会のお偉いさんが足をお運びになるとはな」
「いやあ。俺はこの織田三郎とは妙に馬が合っちまっててな。たまたま遊びに来てたらひと悶着が起きたってわけで、明王会とは全く関係ないんだよ」
(そんなわきゃないだろ)
稲葉は、ふんと鼻を鳴らす。
「この度はウチの若い者が無作法な真似をして、まことに申し訳ない」
三郎が深々と頭を下げた。
これが、彼の今日の唯一の仕事だ。
だが素直に謝られたことが、逆に稲葉の心を逆撫でした。
(ふん。後ろ盾がいるもんだから、謝んのも余裕だな)
「で、どう落とすね?」
関係ないと言った松家が、さっそく横から口を出す。
「示談金だ。百万ほど包め。それとドスを抜いたチンピラは破門にしろ」
ことさら大きく出た。
帰蝶が口を出す。
「あたしの夫は今、頭を下げた」
帰蝶が昂然と言い放つ。
噛みつく寸前の獣だ。
「そ、それがどうした?」
「足りねえってんだな?三代目織田組の頭は百万より安い、つってんだな?」
「てめえ。何開き直ってやがる。女ごときが、口を挟みやがって!」
睨み合い。
頃合いを見て、松家が間に入る。
「まあまあ。たかがホステスの取り合いで戦争なんて、渡世の恥になるぜ。ここは、どうだ。三代目が謝ったってことで、チャラにしてくれねえか?」
「はあ?ふざけんな!」
「じゃなきゃ、はなから鉄砲玉のつもりで因縁ふっかけてきた、って判断されるぜ。だいたい浦和の者が、なんで赤羽で遊んでたんだ?荒川越えるにはよ、通行手形が要るんだぜ」
松家が、稲葉の顔を覗き込む。
「明王会の手形がよ」
五分前に言ったこととは真逆。
これがヤクザのゴリ押し。
だが、稲葉もヤクザだ。ここで引けなかった。
「上等だ。この喧嘩、受けてやるぜ!」
帰りの車の中。
三郎だけがブツブツ拗ねていた。
「ちぇ。頭下げるだけなら帰蝶ひとりでもよかったじゃん。俺、組長なのに」
「組長の頭だから、価値があるんだよ」
「ふたりとも、上出来だったぜ。ただ今回は、明王会は動かせねえ。大吉一家と揉めてる最中だからな。だが、足利会も腰は上げねえだろ」
足利会としても織田組だけならいざ知らず、明王会とまでやり合いたくはない。
きょう松家が同席したことは、強烈な牽制になったということだ。
「つまり、ウチと稲葉組とのサシの喧嘩になるわけね?」
「ああ。見事打ち勝ったら、俺が織田組を親父に紹介する」
「いや。それより、あたしは松家の兄貴とだけ杯を交わしたい」
明王会直参は、確かに大きな箔が付く。
シノギもやりやすくなる。
だが、組織の一部にされる。
その点松家との兄弟縁組なら、親子ではなく親戚筋で済む。
同盟という関係がベストだ、と帰蝶は判断した。
「一本(単独)でやりたい。首に紐は付けられたくねえ、ってことか?」
「どうとでもとってくれていいよ」
今の東京は明王会につくか大吉連合につくかの二択だが、帰蝶は第三極にいたいと考えていた。
「まあ。あの戦車花火がまぐれかどうか、世間に見せるこったな」
松家は楽しそうに笑った。
翌日、帰蝶は組の者を集めた。
「これから、埼玉の稲葉組と喧嘩を始める」
元愚連隊の連中が、ごくりと唾を飲む。
今まで小競り合いこそあったが、本格的な抗争は初めてだ。
「組同士の喧嘩ってのは、互いの命と金を奪い合うことだ。やつらはあたしらのシマを襲ってくる。そのときおまえらは…」
当然応戦だろう、と誰もが思う。
「守れ。相手が何をしてきてもよけろ。戦うな。できるだけ早くサツを呼べ。これは親の命令だ。守れないやつは破門だ」
失望が拡がる。
警察当局が中に入ってきて聴取しても、
「一方的にやられた。全く心当たりがない」
と言うよう重ねて命じた。
(サツなんかに助けを求めたら、渡世中にナメられるだろうが)
組員達は納得がいかない。
「ここ半年見てきたが、おまえらに足りないのは忍耐と根気だ。親分とあたしはこれを機に試験をしようと思ってる。今後も織田組の一員としてやっていきたいなら、忍耐と根気をあたしたちに見せろ」
姐さんはそれだけ言って、あとを若頭の佐久間に任せた。
これでいい。
以前相談した時、松家に言われた。
「正式な組員は10人までだな。あとは準構成員、三下だ。使えなきゃすぐ捨てろ」
そう助言された。
不条理と思える命令でも、親の言うことが聞けないやつは捨てる。
いい機会だともいえる。
さっそくシマ内の飲食店が荒らされた。
織田組直営のスナックだ。
数人の稲葉組構成員が、従業員を殴った。
「婆あばっかりじゃねえか。もっと若いオンナを出せ。なんだ、このくそスナックは」
店内を壊して回った。
「ゴラ。ナメてんのか!」
その店を仕切る元愚連隊の川尻は、頭に血が上りビール瓶で相手を殴りつけた。
マネージャーは言われた通り通報し、全員が警察に連行された。
手を出した川尻隆は、帰蝶の宣言通り即日破門された。
つづく




