第11話 失速
ため息が出る。
(まあ。今のところ、令和に戻れるアテもないしね。そもそも、何がどうなって昭和時代にいるのかも知らんし)
そういえば、タイムリープだか憑依だかしてからずっと考えてなかった。
それどころではなかった。
銃で襲撃されたのだ。
追撃があるかもしれない。
すぐに対応しなければ、命の危機だった。
(落ち着いたらゆっくり考えてみようと思ってたけど、考える材料もないしな。まぁしばらくは、運命に身を任せるか)
乗りかかった舟でもある。
帰蝶は三代目姐として、このゲームを続ける覚悟を決めた。
昭和二五年(1950年)6月。
上総リタが織田帰蝶に憑依して、すでに半年以上が経っていた。
米ソに分割統治されていた朝鮮半島で戦争が始まった。
朝鮮戦争は日本の独立発展を促した。
戦争によって焦土と化した国土が戦争によって復興する、という皮肉。
朝鮮特需という好景気が始まったのだ。
だが、三代目織田組はその流れに乗り遅れかけていた。
所詮は愚連隊だった。
枯れ木も山の賑わいと仲間に引き入れた海道グループだが、規律がない暴力装置はゼロどころかマイナス要因だった。
相手構わず喧嘩を吹っ掛けては、組長である三郎が相手方に謝罪する。
佐久間や前田が何を言っても、言うことを聞かないようだ。
劇的な初戦を勝利して一目置かれたはずの織田組も、渡世の信用をなくしかけている。
いわく、辺り構わず噛みつきまくる狂犬集団。
組長は愚連隊もまとめきれない若造。
さっそくメッキが剥がれた。
(桶狭間後の信長もそうだ。帰蝶の父・斎藤道三が亡くなり、息子の龍興との戦いで低迷した。この辺も史実通りか)
帰蝶がため息をつく。
渡世の先輩たちは三郎に助言する。
「あんたはまだ若いんだし、明王会に後見人になってもらったらどうだい?」
博徒集団の明王会は、東京の大組織だ。
明王会が後見人になれば、組の運営は安定するだろう。
その助言をそばで聞いていた帰蝶は思う。
(それじゃあ、大組織に吸収されんのは目に見えている)
令和にいた頃も同じような話があった。
上総リタが立ち上げた安土会。
悪いことは言わないから大吉連合の傘下に入れ、と勧誘された。
(令和も昭和も変わらない。やつらはすぐに親分面をし始め、いずれは組を乗っ取る気だろう)
とはいえ、組の運営は順調とは言えない。
(シノギをもっと大胆に変えないと、ジリ貧だな)
また、ため息が漏れた。
居間で考え事をしていると、背後に悪寒を感じた。
「き~ちょ、お」
誰かが抱きついてくる。
反射的に肘打ちを入れる。
「うげ。ぐおお」
案の定、三郎だった。
おそらくバックハグをしようとしたのだろうが、みぞおちを押さえてのけぞっている。
「な、何すんだよお」
「おまえが怪しいマネするからだ」
「俺ら夫婦なんだぞ。おっぱいぐらい揉ませろよ」
(こいつ、そこまでする気だったのか)
退院してしばらくすると、三郎は帰蝶にまとわりついてきた。
最近入籍したばかりの新婚夫婦なのだから、ある意味自然ではある。
だが帰蝶の中身、上総リタは性に対して潔癖だった。
「三郎さん。あたしの記憶が戻るまでは、そういうことはしないでください」
そう釘を刺したつもりだったが、そもそもこの男はクズ男だった。
組のことはもとより、外で働くこともしない。
昼過ぎまで寝てパチンコして帰って、帰蝶にちょっかい出して殴られる毎日だ。
(帰蝶という女は、この男のいったいどこに惚れたんだ?)
上総リタにとって、もっとも嫌いなタイプの男だ。
(クソ親父を思い出す。せっかく生まれ変わったのに、またか?そういう宿命なのか?)
「失礼しやす」
佐久間が居間に入ってきた。
「姐さん。いい伝手が見つかリました。捕虜収容所で知り合った、もと参謀本部の捕虜で瀬川という男です。この男はいま尾藤商事という商社に勤めていますが、政治家、官僚、企業など軍隊時代からの人脈が豊富です。ここでつながっておきましょう」
「商社マンってやつか。ヤクザとは無縁の人種のように思えるけど?」
「今、荒っぽい仕事を下請けしてくれる団体を探しているようです。金と人脈が必要です。すぐに挨拶に行きましょう」
珍しく興奮気味だ。
「尾藤商事って、一流の商社じゃなかったっけ?」
「あ。親分もいらしたんですか?」
「俺んちだもん。そりゃあ、いるよ」
組員達はもうすっかり、帰蝶をトップだと思っている。
鈍い三郎でも、それは薄々気づき始めていた。
「なので、できるだけ早く姐さんに……」
「俺も行く!」
帰蝶と佐久間が顔を見合わせる。
「名前だけだとしても、俺が組長なんだ。俺が会って話をつける!」
つづく




