第9話 打ち上げ花火
と、背後でドーンという爆発音。
頭を抱え、地面に伏せる。
戦時中のトラウマ。
視界の端に閃光。
(爆撃?)
パラパラパラ。
「おい。ただの花火だ。見ろ」
誰かの声に振り返ると、数発の打ち上げ花火が夜空に昇っていくのが見えた。
安堵。
だが、なぜ花火が?
大輪の光が河原を照らす。
対岸の物体が浮き上がる。
惟任の脳裏に、またフラッシュバック。
あのシルエットには見覚えがある。
恐らくは、帝国陸軍の九七式中戦車。
「砲撃だ!総員、退避しろ!」
叫び終わる前に、戦車砲の砲口がオレンジ色に光った。
「帝国陸軍の虎の子、改良に改良を重ね完成した芸術品、九七式パンツァー。搭載砲は47ミリ戦車砲。57ミリより貫通力に秀でていて‥」
陸軍の一等整備士だった男が、ブツブツと念仏のように唱えながら砲身を撫で回している。
帰蝶は山内の提案を思い出す。
「で、おめえの強みってなぁ何なんだ?」
「昭和20年8月15日、玉音放送が流される前。進駐軍から軍事機密を守ろうと、一部の陸軍幹部が戦車や機関銃を市ヶ谷駐屯地から持ち出して、さる場所に隠したって話は聞いたことあるかい?」
佐久間が答える。
「あり得る話だが、すぐに進駐軍があらゆる兵器を押収、接収して鉄屑にしたとも聞いたな。それがどっかにまだ隠されてるってのか?」
「そいつを見せたら、俺を若頭にするか?」
「ただ見せるだけじゃダメだ。そいつをぶっ放して、あたしを喜ばせろ」
そして、今夜。
ぶっ放した。
47ミリ砲弾が、残しておいたトラックに命中した。
荷台に乗っていた者らは、衝撃で吹き飛ばされる。
さらに貫通した弾丸の余熱が、ガソリンに引火する。
爆発音。
(花火は、こいつをごまかすためか?)
元特攻隊員が腑に落ちた。
標的を照らす目的もあっただろう。
だが、何より演出効果だ。
織田組は古臭い博徒集団ではない。
喧嘩の場に戦車も持ち出す、ぶっ飛んだ暴力団だ。
花火を打ち上げるとはこのことだ。
恐らくこの噂は関東、いや全国を駆け巡り、織田組は一目置かれる存在となるはずだ。
「愚連隊のガキども。俺達が織田組だ!」
掘っ建て小屋の裏に潜んでいた集団が、飛び出して来る。
帰蝶が日雇いで募集した素人の軍勢だ。
追い討ち。
愚連隊がほうほうの体で四散する。
手に改造銃を持っている者もいれば、鎌や鍬を振り回す者もいる。
銃で撃たれるより、鎌で襲われる図の方が視界的恐怖が増大する。
(長ドスを振り回してんのは、きのうウチに廻状を持ってきた奴だ)
佐久間に帰蝶と同じことをさせた。
気が変わったのだ。
この際一網打尽にしよう、と。
砲撃の次は白兵戦。
もはや愚連隊に戦意などない。
撃たれてはのけぞり、斬られては身悶えするばかり。
さっきまで一緒に行進していた人間が実は敵だった。もう何も信じられない。
同志討ちまで始まる。
阿鼻叫喚の地獄絵図に、指揮官の川尻は腰を抜かして呆然としている。
勝負あった。
「おい、キム。無事か?」
惟任が仲間を振り返る。
「ああ。これがヤクザの喧嘩ってんなら、俺達のはおままごとだな」
同じことを考えていたようだ。
(織田帰蝶、か。こっちから頭を下げて、将来の大親分の下につかせてもらうか)
(対岸の火事とは、このことだな)
九七式中戦車によりかかり、帰蝶は思う。
まさかこんなものが目と鼻の先、荒川の防空壕の中に眠っていたとは。
整備士の中沢は、暇を見てはこの玩具を手入れしていたそうだ。
ちゃんと動くし、ちゃんと撃てたのはラッキーだった。
それにしても、自分が思いのほか高揚しているのに驚いている。
(ああ。やっぱり、喧嘩は楽しいな。ゲームじゃない。本当の命のやり取りはやっぱ、最高だ)
歩きながら、考える。
(今回のバトルは何かに似てる。圧倒的な多勢に無勢。扇動などの調略。敵の分断……そうか。あれだ)
桶狭間の戦い。
信長が一躍名を上げた奇襲戦だ。
敵は味方の十倍以上の戦力。
それを「裏切者がいる」などと吹聴して分断させ、今川義元を孤立させてから奇襲をかける。
(だが、今川義元にちなんだ名はなかった……ああ。海道一の弓取り、か)
義元の異名だ。
海道とは東海道。
関東から東海にわたる広い領国(駿河・遠江・三河)の支配者。
(やっぱこれ、シミュレーションゲームじゃね?)
織田組といい、桶狭間の戦いといい、史実を擬したバトルゲーム。
信長の野望。
(野望‥違う。あたしの場合は渇望だ。もっと、もっとひりひりするようなバトルがしたい!)
帰蝶の中の上総リタが叫ぶ。
闇が白んできている。
47ミリ砲身が黒く淀んでいる。
白と黒が、希望と渇望が混ざり合う。
砲口の先を見る。
明けの星というのだろうか、じりじりと灼ける赤い星が見えた気がした。
つづく




