第9話 消えた勇者
「セーラ。セーラ。どこにいるの?」
一年も経てば、セーラの情報はぱったりと途絶えた。
国内に安住の地を見つけたのか、国外にまで足を運んだのか。
それとも、どこかで息絶えてしまったのか。
最悪の今を想像し、アスノは左右に首を振る。
聞けど探せど、入ってくるのは不愉快な噂ばかり。
王都の人間は、血まみれで帰還するセーラを気味悪がっていた、だの。
平民生まれでありながら団長になったセーラを、騎士団は煙たがっていた、だの。
セーラを第二婦人として迎えた第一王子は、セーラを愛してなどおらず、父が死に権力が移譲されたのをいいことに嬉々として王家から追放した、だの。
聞けば聞くほど、セーラという存在は人間にとって都合の良いだけの存在だったのだと、突きつけられた。
だからこそ、アスノは足を止めなかった。
「セーラ! 返事をしてよ、セーラ! どこにいるの? 俺は、君を一人ぼっちにしないから! 君がすごい人だって、わかっているから!」
しかし、反応はなし。
アスノの声は長い間、虚しく響くだけだった。
ある日、アスノはセーラの行動の理由がわかった。
セーラは優しい。
今出てこないのは、既に魔物の脅威が去って、セーラが守る必要がないからだと。
セーラは優しい。
自分が人々に恐れられているのは分かっているから、人々が恐れないように姿を隠しているのだと。
王城から逃げたのは、万が一の時、再び表舞台に出られるようにするため。
国のために。
人のために。
「会いたいよ。セーラ」
セーラが出てきてくれない理由がわかれば、アスノは何をすべきだろうか。
簡単だ。
セーラが出てきたくなる、理由を作ることだ。
「なんだお前は? 人間?」
ほとんどの魔物は、人間の言葉を解さない。
しかし、ごく一部だけ、人間の言葉を解す魔物が存在する。
二足歩行をする豚の顔をした魔物は、隠れ家に入ってきたアスノを見て、表情に警戒色を強めた。
壁に立てかけていた三又の剣を手に取り、アスノに向かって突きつけた。
豚の顔をした魔物の後ろでは、さまざまな種類の魔物たちがやはり警戒しながら、アスノを睨みつけていた。
「頼みがある」
アスノは、敵意がないことを示すように、両手を上げながら一歩前に出た。
「俺は、魔王になりたい」
「あ?」
アスノからの提案に、豚の顔の魔物は顔をしかめた。
しかしすぐに武器を持つ手に力を入れて、三又の剣をアスノの喉元に突きつけた。
「何を言ってやがる。人間が?」
「魔物は、強い方が偉いんだろう?」
アスノは三又の剣を掴み、握力だけでへし折った。
ぎょっとした表情を浮かべる豚の顔の魔物に接近し、次は首を掴む。
豚の顔の魔物の首は太く、アスノが両手を広げても、首周りの五分の一程度しか触れることができない。
しかし、アスノにとっては十分な距離であり、喉仏を引っこ抜く勢いで力を入れた。
「痛い! 痛たたたたたた!」
豚の顔の魔物は冷や汗を流しながら、アスノの手を引きはがそうと、手首を掴む。
しかし、アスノの力は豚の顔の魔物を超えており、一向に手を剥がすことができない。
「わかった! 降参! 降参だ! 話を聞いてやるから、手を離してくれ!」
アスノが手を離すと、豚の顔の魔物は大きく咳き込み、その場に膝をついた。
「くそっ。魔王様たちが生きていたら、人間なんかに」
思わず悪態をつくも、アスノが睨みつけると、すぐに口を噤んだ。
アスノが周囲を見渡すと、後方に控えた魔物たちは一歩後ずさりし、アスノに攻撃を加える意図はないといいたげに体を小さくする。
アスノは、最も話が通じるだろう豚の顔の魔物を見て、再び要求を口にした。
「俺は、魔王になりたい」
「さっきも聞いた。魔王になるってのは、どういうことだ? 俺たちに、何をさせてえんだ?」
「この村を襲って、町を襲って、この国の脅威になりたい」
豚の顔の魔物は、アスノの言葉の意味が理解できず、首を傾げた。
同族を襲うなど、人間であろうが魔物であろうが、理解できるはずもない。
豚の顔の魔物は、怪訝そうな表情を浮かべて、アスノを見た。
「確認するが、お前は人間なんだよな?」
「そうだよ」
「人間が、何で人間を襲おうとするんだ?」
「セーラのため」
アスノの瞳が、鈍く光る。
恨みの籠った瞳が、豚の顔の魔物の背筋を凍らせた。
「世界が平和である限り、皆はセーラを恐れる。セーラは、皆の前に出てこられない。だから、俺が魔王になる。魔王になって、世界をもう一度、恐怖のどん底に突き落とす」
「何言ってんだ、おめえ?」
「そうすれば、皆セーラを必要とする。セーラがまた、勇者になれる。俺の前に、現れてくれる」
豚の顔の魔物は、アスノの言っている意味が、やはり理解できなかった。
しかし、アスノが人間社会を破壊したがっていることだけは、理解できた。
「いいだろう。その話、乗ってやる。今の俺たちは、随分戦力を減らしちまってな。お前ごときに負けるくらいには」
「……そうだね。おっちゃんの方が、ずっと強かった」
「……っ! そういう訳で、俺たちも人間のことを知る協力者は欲しいところだった。魔王になると豪語するのは気に食わねえが、ひとまず、手を組んでやるぜ」
「それでいいよ。ところで、魔物たちが国を滅ぼせるくらいになるまでに、どのくらいかかる?」
アスノからの質問に、豚の顔の魔物は思考する。
魔王のいない、アスノにも負ける自分が指導者として立たざるを得ない状況。
「好き勝手やってるやつらを集めて、本気で繁殖に励めば、三年から五年ってところか」
「人間と違って、成長が速いんだね。わかった。暴れている魔物たちを、ひっ捕まえて来るよ」
アスノは、善は急げとばかりに、魔物たちの隠れ家から出て、再び世界中を走り回った。
人間の町に寄れば、人間の町を襲った魔物の情報を得ることなど簡単だ。
魔物が、今いる場所を知るなど簡単だ。
「もう少し待っててね。セーラ」
アスノは明るい希望を胸に抱き、ここへ来る途中で見かけた馬車の通り道を目指して歩き始めた。




