第10話 不在の勇者
アスノ、十八歳。
魔王として、最初の指示を下した。
襲う村は、どこでも良かった。
ただ、魔物たちの隠れ家に近く、救援の援軍が来るのが遅い立地という理由で決めた。
「まるで、昔の俺の村みたいな場所だ」
「魔王様?」
「何でもない。行くよ」
豚の顔の魔物が睨みつけるように見てきたので、アスノは片手をひらひらと振っておいた。
人間への同情は、ない。
小さな魔物を先行させる。
屋根の上や草の中に隠れ潜ませる。
足音の大きな魔物を前進させる。
ズシンズシンという足音は、夜の乾いた空気に良く響いた。
「ま、魔物だー!」
村から悲鳴が上がる。
アスノが魔物の動きを止めて数年。
国が自分たちの功績であるかのように、魔物の完全撲滅を宣言したことも、アスノは知っていた。
であれば、村人たちの驚きは相当な物だろう。
「どう?」
アスノは遠くから村を眺めた後、近くに置いておいた一つ目の魔物に尋ねた。
一つ目の魔物は、視力が良い。
人間のアスノでは見えない距離でも、細かいところまで見ることができる。
「予定通りだ、魔王様。武器を求めて倉庫に入った人間の指を、シャドーマウスたちが食いちぎっている」
「なら、いいか」
アスノが片手を上げると、控えていた魔物たちが一斉に走り出す。
足音の大きな魔物を追い抜かし、燃える魔物に光る魔物、見るだけで不快になる魔物など、多種多様な魔物たちが一斉に村を目指した。
東西南北、どこに逃げても見つけられるように、村を円で取り囲んで。
村に悲鳴が広がっていく。
アスノは、かつて自分の村が襲われた記憶を思い出していた。
全身を震わせ、息が荒くなり、それでもセーラのことを思い出して無理やり恐怖を止める。
「そろそろ、俺も行くか」
悪い記憶を思い出す場所から離れるのではなく、逆に近づく。
それが、アスノの答えだった。
「本当に行くんで?」
豚の顔の魔物が、不安そうにアスノを見る。
「うん。直視できなきゃ、魔王じゃないから」
アスノは村を真っすぐ見据えて、答えた。
アスノが乗っている魔物を蹴ると、丸くて巨大な魔物が速度を上げた。
ズシンズシンという音をかき消す、ドシンドシン。
村についたアスノは、丸くて巨大な魔物から飛び降りて、村の地を踏む。
既に大勢は決していたようで、戦える村の大人たちは死体となって転がり、家や倉庫の中で怯えている女子供を追い詰め、なぶるのみとなっていた。
アスノは、そのうちの一つの家に近づく。
アスノに気づいた魔物たちが、入り口までの道を開ける。
アスノはボロボロの扉を剣で破壊し、家の中へと侵入した。
家の中には、大人の女が一人と、子供の男女が一人ずつ。
大人の女は、アスノを見た瞬間、縋るような視線を向け、すぐに訝しむような表情へと変わった。
自分たちを襲う魔物が、一切襲おうとしない人間。
信用しろという方が無理だろう。
「貴方、人間なの?」
「そうだ」
「私たちを、助けてくれるの?」
「いいや」
アスノは剣を振り上げ、深呼吸をした。
「俺は人間だが、魔王だ」
アスノの剣が、女の首を跳ね飛ばす。
続いて、さらに激しく泣きわめく子供の首を跳ね飛ばす。
返り血を浴びてセーラのように真っ赤になった姿で、アスノはその場に膝をつき、胃の中身を全部放出するように嘔吐した。
「くそ! 情けない!」
非情になり切れていない自分に腹を立てながら、アスノは吐いて泣いた。
魔物たちは、人間がいないならばここに用わないと言わんばかりに、次の家へと向かっていった。
「よう。無事かい? 魔王様」
唯一残ったのは、豚の顔の魔物だ。
「無事だ」
「無事なもんか。ひでえ顔してるぞ」
「……初めての人殺しなんだ。大目に見てくれ」
「まあ、ほとんどの魔物たちは気にしてねえっつうか、興味がねえっつうか」
「なら、いいだろ」
全てを吐きつくしたアスノは、袖で口の周りを拭き、立ち上がる。
そして、魔物たちが襲っている家や倉庫の内、一つに目星をつけて歩いて向かう。
「繰り返せば、慣れる」
強がるアスノの背中を見て、豚の顔の魔物はため息をついた。
「急げ!」
救援の兵士たちが村に到着した頃には、アスノたちは引き上げた後だった。
村の惨状は、凄惨なものだ。
大人も子供も、家畜に至るまで、全員が好き勝手な方法で殺されていた。
一つの村に攻め込んできた魔物の数も、ことを終えてから撤収するまでの速さも、今までとは段違い。
破壊されつくされた村の中で、一人の兵士が、倒れた壁に刻まれたメッセージを見つけた。
『魔王、再び』




