第5話 現実の勇者
「おっちゃん! 早く起きて! パレードが始まる!」
「……パレードは昼からだろ」
アスノは、同じベッドで横になる中年男を、力いっぱい揺さぶった。
中年男は、薄く目を開けてアスノを見た後、「うんざり」と顔に書いてすぐ目を閉じてしまった、
「もう皆、大通りに並んでる!」
「目覚めのいいこって」
アスノは中年男の目を覚まさせようと、指で瞼を無理やり開けようとする。
白目をむいた中年男は、アスノの手を払いのけて、しぶしぶといった様子で上体を起こした。
たくさんのベッドが並ぶ部屋の中、未だに眠っている宿泊客も多いが、二割の姿が既に部屋にない。
「おっちゃん!」
「はいはいはい。行きますよ」
中年男は目をこすりながら立ち上がり、服を着替え、出発の準備をした。
アスノは、着替える中年男の周りを落ち着きなく歩き回る。
宿を出ると、輝かしい快晴空が二人を迎えた。
宿を後にしたアスノと中年男は、パレードの行われる大通りへと向かう。
大通りは、アスノがくぐった門とは異なる門から、貴族街の入り口にまで伸びる、巨大な通り道だ。
大通りの左右は店や宿に囲まれ、いつも賑わいを見せている。
門の前には兵士たちが立って、勇者たちの進行を妨げないように道を作っている。
その後ろには、勇者の姿を一目見ようとしているだろう人々が群がっている。
「ここにするか」
中年男は、門から少し離れた、人の少ない場所で立ち止まった。
「ええー。もうちょっと、近くがいい」
「勇者様は、この道をまっすぐ進むんだ、門の近くだろうが遠くだろうが、変わんねえよ」
「でも」
「それに、門の近くに行ったら人混みが邪魔して、勇者様が見えねえぞ? だが、ここなら最前列だ」
「そうか! 確かにそうだ!」
アスノは中年男の説明に納得し、ご機嫌な表情で兵士の作る道と門を交互に見た。
久々にセーラに会えるのだと思えば、早くも胸が高鳴った。
時間が経つほど、大通りに人が増えて来る。
道を作る兵士の数が増えていき、人々の数も増えていった。
人々の目的は、きっとアスノと同じだろう。
正午。
王都の鐘が鳴る。
同時に、巨大な門が開く。
門の周囲に立つ音楽隊がラッパを鳴らし、太鼓を叩く。
お祭りムードとなった王都に、セーラが足を踏み入れた。
「勇者様ー!」
四方八方から、歓声が飛ぶ。
セーラは笑顔で手を振り、人々の歓声に応えた。
セーラの後には、多くの兵士たちが続く。
多くはセーラの私兵だが、王族の紋章を掲げる兵士たちも混じっていた。
セーラが一歩進む度、完成は大きくなる。
声援を送る者、旗を振る者、勇者へのアピール方法は様々だ。
アスノは、大通りを堂々と進んで近づいてくるセーラを、ただじっと見つめていた。
三年前から変わらぬ凛々しい表情は、アスノの記憶にある彼女そのものだ。
唯一違うところがあるとすれば、セーラがおめかしをしているということだ。
アスノの記憶の中のセーラは、動きやすそうな赤いシャツとズボンを着ており、その肌も血で赤く濡れていた。
一方、大通りを歩くセーラは、赤いドレスに身を包んでおり、白く透き通った肌が太陽の日に当たってキラキラと輝いている。
アスノが初めて見る、セーラの戦士ではない姿。
アスノの頬が赤く染まり、緊張で全身が固まり、鼓動だけが速く大きくなっていった。
近づいてくるセーラに聞こえるのではないか、そんな不安さえしてしまう。
セーラが近づいてくる。
アスノの立っている場所に。
「そろそろ来るぞ」
中年男がアスノの背中を小突く。
アスノは、震える手を握って抑え、セーラの顔をじっと見ていた。
人々を鼓舞するように強く、しかし安心させるように穏やかな、セーラの顔を。
セーラがアスノの方へ振り向き、アスノと目が合った、
アスノは震える手を無理やり動かして、セーラに手を振った。
セーラはアスノに微笑みかけ、手を振り返した。
アスノの心臓が、胸を破りそうなほどに暴れ回った。
セーラが通過し、その背中しか見えなくなってもずっと、アスノはセーラを見続けた。
小さくなっても。
大通りを歩き終え、貴族街に繋がる門をくぐり、門が閉められるまで、ずっと。
「よかったなあ。勇者様を見れて。案外、向こうも覚えてたんじゃねえのか?」
中年男が、再びアスノを小突く。
アスノには、セーラがアスノのことを覚えているかどうか、わからなかった。
セーラがアスノに向けた表情は、他の人々に向けていた笑顔と似ていたからだ。
ただ、そんなことはどうでもよかった。
セーラの記憶にアスノが残るのは、アスノ自身がセーラの隣で戦えるようになるほど強くなってからでいいと考えていたから。
今は、ただ。
(セーラ! 会えた会えた会えた会えた! 可愛い可愛い可愛い可愛い! 大好きだ!)
心の中で、ひたすらセーラへの愛を叫んだ。
その後、人々は貴族街への入場を許され、王族貴族の演説を聞くための広間へと通された。
演説台にはセーラと第一王子が現れ、セーラが団長となる新たな騎士団の設立、そしてセーラが第一王子の第二婦人として王族の仲間入りをすることが公式に発表された。
「おい、大丈夫か!?」
噂が確定した瞬間、アスノの初恋の終わりも確定した。
アスノはその場で、力なく項垂れた。




