第4話 静かな勇者
車輪の回る音と馬車の揺れる音。
荷台は時に上下に揺れ、揺れに合わせてアスノと中年男が上下に動く。
「王都が近いな」
「え?」
「王都の空気が匂ったんだよ」
「……わかんない」
アスノは半信半疑で、馬車の進行方向を眺める。
村の周りとは比べ物にならない程に整備された道と、遠くで動く小さな馬車。
うっすらとした霞が消えていくと、霞の後ろに高い壁ととんがり帽子のような屋根が見えた。
「あ!」
「王城のお出ましだ」
屋根の上にはためく国旗がはためいており、その建物の名をアスノに教えてくれた。
高い壁には巨大な門が備わっており、馬車は門の前に停車した。
門の前には他にも多くの馬車が止まっており、門兵たちが忙しそうに馬車の中を確認している。
「いつもより多いな」
アスノの乗る馬車の御者が、愚痴を零すように言う。
勇者の登場をするパレードを一目見ようと、王都を訪れる馬車の数はいつもの十倍はくだらない。
門兵たちも十倍に増やして荷物検査に当たっているが、とても時間が足りない。
「しばらく待ちだ」
「あいよ」
振り向いた御者の言葉に、中年男が返事をする。
荷物検査の待ち時間程、御者にとって退屈で金にならない時間もない。
だが、アスノにとってはとても楽しい時間だった。
高い壁も、様々な種類の馬車も、門兵の一挙一動に至るまで、アスノが初めて見る興味の対象だ。
「次!」
半刻の待機時間を経て、アスノの乗る馬車が門の目の前に進む。
門兵の一人が御者の元へ、二人が荷台へとやって来る。
荷台へやって来た門兵たちは、荷物を手に持って不審な物がないかを確認する。
作業の傍ら、アスノと中年男に視線を向けて、質問をする。
「訪問目的は?」
「勇者様に会いに来ました!」
「そうか」
門兵は、すでに返事を知っていたかのように、話を切り上げた。
最近の九割の訪問目的が勇者なのだから、当然と言えば当然だ。
「ずいぶん、あっさりしてるね」
「……そうだな」
門兵が、アスノと中年男の持ち物を確認しなかったのは、二人の服装が明らかに田舎の貧乏人のそれだったからだ。
隠せるほど小柄で、かつ王都で混乱を引き起こせるほどの高価な武器を買えるはずがないという蔑み。
門兵の心の内がわかる中年男は気を悪くしたが、知らないアスノは無邪気に目を輝かせていた。
「よし、通れ! 今、王都は勇者様のパレードに向けて、厳戒態勢をとっている。くれぐれも問題を起こしたりするなよ?」
「わかっています」
馬車が門をくぐり、王都の敷地へと入る。
高い壁によって遮られていた王都の街並みが見えた瞬間、アスノは思わず窓から顔を覗かせて、目を輝かせた。
馬車が通りやすいように、石畳によって整備された道。
白い壁と赤褐色の屋根で統一された街並みは、建物というよりも芸術品の様である。
王都を歩く人々は、アスノよりもずっと上等な生地の服を着ており、アスノにはいくら出せば買えるのか見当もつかない。
「すごい! すごいすごい!」
「アスノ、狭いんだからあんまりはしゃぐな」
アスノは思わず跳びはねる。
今にも荷台から飛び出して、王都の地を踏みたい衝動に駆られる。
馬車が停留所に止まると、アスノは真っ先に馬車を飛び出した。
足元に感じる堅い感触は、村では決して味わえないものだ。
王都の空気を全身に浴び、中年男の言っていた言葉の意味をようやく理解し、アスノは全身を震わせた。
感動と、興奮と、緊張。
「ここが……王都! すげえ!」
「アスノ! 突然大声出すな!」
停留所には、他の馬車も止まっている。
アスノの大声に、客や御者が一瞬だけ視線を向けるが、すぐに興味を失くす。
田舎者が王都を前にはしゃぐなど、いつもの光景だ。
「まずは、宿探しだな。王都に来てまで、野宿なんてしたくねえしな」
中年男は、御者へ馬車台に加えて、情報料を追加でを握らせる。
「どこか、空いてそうな宿に心当たりはないか? 勇者様のパレードがあるまで、数日泊まる予定だ」
「勇者様のパレードが行われる大通り近くの宿は、ほとんど埋まっているだろう。大通りをまっすぐ歩いて、大広場の噴水を超えた先に路地がある。ネズミが走ってるかもしれないが、気にせず歩くと、開けた場所に出て宿が並んでいる。そこならば、まだ空きはあるだろう」
「俺の記憶だと、人目を避けられるからと人気で、宿代もそこそこした記憶があるが」
「昔の話だ。今は建物も古くなって、知る人ぞ知る場所になっている」
「そうなのか。助かる」
中年男は、きょろきょろとあたりを見渡すアルノの首根っこを掴んで、御者に教わった場所へと向かう。
「おっちゃん! 美味そうな肉が売ってる!」
「そうだな」
「あれなんだ? 石が光ってる! 初めて見た!」
「そうだな」
王都の至る所に目移りをするアスノを無理やりひこずりながら、大通りを進んでいく。
いつもより賑わう王都を見ながら、中年男は、数日間のアスノのおもりのことを考え、これはくたびれそうだと溜息を零した。




