第3話 偉大な勇者
「おーい、アスノ。平気か?」
魔王討伐の報を聞いたアスノは、真っ白になって家の中で寝転んでいた。
三年間、セーラの隣で戦うことを夢見てきたのだ。
魔王討伐の報は、アスノを含んだ世界中の人にとっての朗報であったが、アスノにとっての夢の終わりでもあった。
それに加え、セーラ婚約の噂がアスノに止めを刺した。
セーラはどうやら、魔王討伐の功績をたたえられ、第一王子の妾として王城に入る準備が進んでいるらしかった。
アスノの気持ちがわかるが故に、中年男はアスノに何も言うことができなかった。
食事の入った皿をアスノの近くに置いて、静かにアスノの家を出た。
「……セーラ」
アスノは天井を見上げたまま、セーラの姿を思い出す。
魔物を斬りつけるセーラの隣に、共に戦う自分の姿を想像する。
隣に立つにはあまりにも小さな自分の背中を見て、また落ち込む。
腹の虫が鳴ったので、中年男が置いていった食事を、無感情に食らう。
新鮮なはずの野菜も何故だか干からびた味がして、ただの栄養補給へと成り下がった。
「……素振り」
とは言え、体は習慣を覚えているようで。
アスノは真っ白なまま立ち上がり、部屋の壁に立てかけた木刀を手にし、外に出た。
家の外では、魔王討伐の報を受けた村人たちが、目出度い目出度いと宴の準備を始めていた。
村の倉庫に溜め込んでいた米や干し肉を引っ張り出して、村の女衆が料理の準備を進めている。
男衆は狩りへと駆り出され、村の近くの森で獣たちを追っている。
「魔王城の周辺には、今までとは比べ物にならない数の魔物がいたという。しかし、勇者様は勇ましく立ち向かわれたと聞いている」
村の子供たちはというと、魔王討伐の報を受けた司祭の前に集まって、司祭から勇者の話を聞いていた。
如何に勇者は戦ったか、如何に勇者は勇ましかったか。
些か大げさに着色された美談ではあったが、英雄の心躍る武勇伝に、子供たちの心は釘付けだ。
「そして見事、魔王を討ち破った。国王様は、勇者様の功績を称え、国を挙げての祭事を執り行うこととした。祭事の日には、勇者様を王都に招き、盛大なパレードも予定されており」
司祭の言葉を聞いたアスノは、目を見開いて、一心不乱に走った。
子供たちをかき分けて、司祭の服を強く掴んだ。
「勇者様が王都に来るの? いつ?」
「こ、こら! 離さんかアスノ!」
「いつ来るの! 教えて!」
数人の子供たちが、突然の出来事に泣き始める。
泣き声を聞いた中年男は、声のする方向で司祭に掴みかかるアスノを見て、慌てて引きはがした。
司祭は乱れた法衣を整えて、咳ばらいをして気持ちを落ち着かせる。
しかし、アスノの興奮は冷めやらない。
「司祭様! 教えて! セーラは、いつ王都に来るの?」
「こら、アスノ! 司祭様に失礼だぞ」
「……七日後だ。希望すれば、国中の誰もが参加できるようにと、国王様からのお心遣いだ」
司祭は、これ以上絡まれてはたまらないと、アスノの求めることを短く返した。
「七日後。七日後かあ」
司祭の想いは実り、アスノの興味は司祭から中年男へと変わった。
アスノは中年男を見て、両手を合わせて頭を下げる。
「おっちゃん! 一生のお願いだ! 俺を、王都に連れてってくれ!」
「なんだって?」
七日間あれば、国中の人間が王都に来ることができる。
移動時間だけを考えれば、それは正しい。
しかし、移動には金がかかる。
アスノの住む村から王都までの移動にかかる費用は、村人がおいそれと出すには高すぎる額であった。
「お願い! 将来、絶対に返すから! 大人になって、たくさん仕事して、たくさん稼いで、絶対絶体返すから!」
「返すからってお前、いくらになるか分かって言ってんのか?」
「分からない! でも、絶対返す! ここでセーラに会えなきゃ、俺は一生後悔する!」
アスノも、高額であることは承知だ。
だからこそ、ただ我武者羅に頭を下げた。
ただセーラを一目見たいがために、必死に頭を下げた。
中年男は眉を顰め、頭をがりがりと掻きむしった。
中年男の心情としては、アスノを王都へ連れて行き、セーラと会わせてやりたかった。
しかし、その夢を叶えてやるには、余りにも金がかかりすぎた。
金はアスノが必ず返すと言ってはいるが、十一歳の子供の戯言。
信憑性は決して高くない。
であれば、払う金は全て自分の懐からだ。
「お願い!」
中年男は健気なアスノの姿を見続け、はあっと溜息をついた。
「ちょっと待ってろ。カカアと村長に、話付けて来るから」
「おっちゃん! ありがとう!」
「貸すだけだからな! 絶対返してもらうからな!」
「もちろん!」
結局、中年男は折れた。
三年間、我が子同然に可愛がってきた餓鬼の言葉だ、
大人として、その夢を何とか叶えたくなってしまった。
その日の夜。
中年男の家では、罵声と怒声の大喧嘩。
喧嘩を止めるために、村中の人々が駆け付ける大騒動にまで発展した。
結局、アスノの頑張りを知る村人たちが少額ながらカンパをし、隠居爺がどこに隠していたのかというほどの大金を持って来て、アスノの王都行きは正式に決定した。




