第2話 憧れの勇者
勇者セーラはその後、率いていた私兵たちと共に、村の掃除へと明け暮れた。
ヒートウルフやサラマンダーの体から、活用できる部位をはぎ取り、残りは丁寧に燃やして埋めた。
魔物の死体の匂いは、別の魔物を呼び寄せる危険性があるからだ。
村人たちの死体を墓地まで運び、丁寧に埋葬して、両手を合わせる。
倒壊した建物の残骸を片付け、倒壊を免れた建物に残骸を当てて補強する。
三日三晩不眠不休で働いて、四日目には少数の私兵を残して村を出た。
「皆様に、神のご加護がありますように」
以降も、村の復旧作業は続いていく。
セーラの労働の恩恵は大きく、七日も経てば、村人たちは屋根と壁のある生活を取り戻した。
セーラの残した私兵たちが、村の復興に詳しかったことも大きい。
速やかな近隣の村との連携、そして国からの支援によって、村人たちは食に困らない生活を取り戻していく。
「うおおおおお!」
セーラが訪れた日から、最も変わったのはアスノだ。
両親を失ったことを丸一日嘆いた後は、セーラの背中を見ながら自分にできることを探し、積極的に村の復興へと貢献した。
また、復興作業の合間には、寝る間も惜しんで自身の鍛錬に励んだ。
人通りの少ない村の隅っこを走り回って、体力をつける。
最初は手ぶらで走っていたが、いつしか石を持ちながら走るようになった。
瓦礫の中から細長い木を見つけ、剣に見立てて素振りする。
時々、セーラの私兵が剣を貸してくれ、私兵の監視のもとに本物の剣でも素振りした。
「あいつは、でかい大人になりますよ」
とは、村の大人たちの言葉だ。
アスノが最初に剣を手に取った感想は、こんなに重い物をセーラは軽々と振り回していたのか、という尊敬だった。
目を閉じれば、すぐにでも思い出すセーラの姿。
躊躇いなく魔物たちに挑み、易々と切り裂いてみせた人間離れした力。
その光景は、アスノにとって一生の宝であり、胸を高鳴らせる最愛の思い出となっていた。
(いつか、セーラさんと同じくらい……いや、セーラさん以上に強くなってみせる!)
あの日から、アスノの感情を支配するのはただ一つ。
セーラに対する愛情だ。
(それで、セーラさん以上に強くなったら、セーラさんの隣で戦いながら、もう一度告白するんだ!)
燃えるような小さな初恋は、アスノの生きる方向を決めた。
一月後、残っていたセーラの私兵たちも村を去った。
村の独り立ちにはまだ時間がかかるものの、後は村人たちだけで十分対応できるだろうとの判断だ。
私兵たちが馬車に乗り込むのを村人たちが見守る中、アスノは一人だけ前へと飛び出した。
「こりゃ! アスノ!」
「あ、あの! セーラさんに! 俺頑張ってますって、伝えてください!」
「勇者様じゃ! 馬鹿者!」
アスノは頭上に村長の拳骨を落とされても、痛がることなく私兵たちをじっと見た。
私兵たちは馬車の中からアスノを見て、その小さくも真っすぐな瞳に、敬意をもって返した。
「必ず。君と一緒に戦えること、勇者様も楽しみにしていると思います」
馬車が出立する。
アスノは、馬車が小さくなって見えなくなるまで、その場から動かずに見送った。
見えなくなっても、ずっとずっと見送った。
一年後、村は順調に復興をしていた。
一年前の収穫量には及ばないが、新たに栽培を始めた農作物も、順調に実りを見せていた。
「アスノ! ちょっとこっち、手伝ってくれ!」
「おう!」
アスノもまた、順調に成長を見せていた。
齢九歳にして、既に腕っぷしは村の大人たちにも並ぶほど。
木刀を持たせれば、ほとんどの大人たちよりも強いという有様だった。
アスノの小さな恋心。
その熱気に当てられた何人かの村人たちが、アスノの鍛錬に付き合うようにもなった。
中でも、かつて王都でほそぼそと商業営んでいた隠居爺と、魔物を狩りながら世界を旅することを夢見た中年男は、アスノにとって新たな師となった。
「世界のどこかにな、この世界と全く同じ世界が広がっておってな」
「爺ちゃん。その話、五回目」
「世界のどこかにな、魔女しか住んでおらぬ村があってな」
「その話は、十回目」
「魔女は、それはもう美しくてな。ボインの方も、こう、ボインで」
「ああ、もう! このスケベ爺!」
隠居爺は、村を出たことのないアスノに、世界の広さを教えてくれた。
もっとも、アスノは半分以上を嘘か妄想だと捉えていたが、それでも世界が広いのだと知ることは楽しかった。
広い世界はきっと、セーラが生きている世界なのだから。
「構えろ、アスノ」
「はい!」
「返事は、押忍だ!」
「押忍!」
「いい返事だ。いいか、アスノ。お前はチビだ。言葉の優しいチビは、戦場では嘗められる。言葉だけでも、デカく見せろ!」
「は……押忍!」
中年男は、戦闘経験のないアスノに、模擬戦という実践を教えてくれた。
アスノはただの素振りを、より実践的な剣の使い方へと昇華していった。
九歳の体では中年男に勝つことはただの一度もなかったが、その技量は着実に向上していった。
(セーラさん! セーラ!)
晴れの日も雨の日も。
アスノは鍛錬に明け暮れた。
「聞け! 勇者様が、魔王の討伐に成功された!」
セーラによる勇者討伐の報が村に届いたのは、さらに二年後。
アスノが十一歳になった年だった。




