第15話 残存の勇者
魔王とは、世界に存在するシステムである。
生まれながらに戦い続ける本能を刻み込まれ、魔物を守るために人間社会と戦い続けてきた。
魔王が生きている間は人間の有事であり、魔王が死んでいる間は人間の平時。
次の魔王が誕生するまでの、ひとときの平穏。
そうして、世界は回り続けてきた。
「強いな。私ほどではないが」
「黙れ! セーラの体を使っている卑怯者が!」
「肉体の強さと実力は、完全に比例はせぬ」
始まった、アスノとセーラの戦い。
戦いの形勢は、誰の目から見ても明らかだった。
「勇者様が押している!」
「頑張ってください! 勇者様!」
兵士たちからの声援が飛ぶ。
アスノは、そんな声援を睨みつける余裕もなく、セーラから振られる剣を受け続けた。
「強くなった……はずなのに!」
「謙遜するな。お前は強い。人間の中ではな」
剣を重ねる度、アスノはセーラとの力の差を感じていた。
勇者として鍛え上げたセーラの肉体。
戦うことを本能に刻み込まれた魔王の精神。
二つの融合は、セーラと言う人間のポテンシャルを、最大限に引き上げていた。
「む」
とはいえ、元々は別人の肉体と精神。
時折、セーラの体の可動域を見誤り、セーラはアスノに隙を見せた。
「そこっ!」
当然、アスノはその隙をつこうとする。
しかし、アスノの剣は、セーラの致命傷を必ず避けた。
「ちくしょう……。ちくしょう!」
アスノの恋心が、アスノにセーラを殺させることを邪魔し続けた。
元々、セーラに殺される覚悟を持って、アスノはこの場に立った。
セーラを殺す覚悟など、持っていないのだ。
「人間とは、哀しいな」
セーラは、アスノの異変に気付いていた。
よって、あえて隙を見せた。
アスノの一撃は、案の定致命傷を避けて、セーラの体を斬りつけた。
だが、人間の好きは、攻撃の直後に出る。
セーラは、アスノの一撃をあえてくらうことでアスノの隙を作り出し、アスノの頭を叩き割った。
「あ……」
アスノの頭部から血が噴き出し、その場に倒れる。
次から次へと血が溢れ、地面を赤く染めていく。
アスノの呼吸が、アスノの鼓動が、どんどん小さくなっていく。
「セ……ラ……」
アスノは最期、自身を見下ろすセーラの顔を見て、息絶えた。
魔物たちは驚きの声を叫び、兵士たちは勇者を称え、自分を鼓舞する。
「勇者様が、魔王を討ちとったぞ!」
「残るは魔物の群れたちだけだ! かかれ!」
兵士たちが前進を始める。
魔物たちは、指示を求めて豚の顔の魔物を見る。
豚の顔の魔物は、迎撃か撤退か、どちらが魔物のためになるかを考え、表情を歪めた。
しかし、人間たちは待ってくれない。
アスノの死体をひきずりながら、セーラが魔物たちへと近づいてくる。
「くそっ! 迎撃だ!」
豚の顔の魔物は、セーラから逃げられぬと判断し、武器を持って走り出す。
それに続くように、魔物たちも走り出す。
セーラは、向かってくる豚の顔の魔物を制止するように手を出し、魔物たちに命じた。
「戦いは終わりだ。引け」
その声は、魔物たちにとって聞き覚えのあるものだった。
全ての魔物が、思わず足を止める。
声そのものは変わっているが、声に含まれる威圧感はかつての魔王その人のものだった。
「魔王……様?」
「引いて、次に生まれる魔王に忠義を誓え。魔物の血を絶やさせるな」
「は、はは!」
豚の顔の魔物は即座に平伏し、すぐさま撤退の号令をかけた。
魔物たちはいっせいに進行方向を逆転し、王都から逃げ出すように移動を始めた。
「魔物たちが逃げるぞ!」
セーラは、魔物たちを追いかけようとする兵士も手で制止させる。
「戦いは、これで終わりです」
「な、なぜですか、勇者様! 魔物を逃がしてしまえば、再び我が国の脅威に!」
「なりません。魔物は、魔王がいなければ脅威にはなりません。今ここで無益な血を流すよりも、生きて、襲われた町や村の復興をする方が重要です。違いますか?」
「そ、それは……」
セーラの言葉に、兵士たちの足も止まる。
兵士たちが全員で立ち向かったとして、半数近くは負傷をすることは、経験上明らかだ。
兵士たちの士気が下がり、武器を下ろしたことを確認し、セーラはアスノをひきずったまま王都とは逆の方向へと歩き出した。
「どちらへ?」
「どこか、遠くへ」
「な、何故ですか? 貴女は、二度も世界を救った英雄で」
「国王様による私の指名手配は、未だ有効のはず。今は有事故に、見逃されているに過ぎない。戻れば、数年の内に私は極刑に処されるでしょう。私に少しでも感謝をしているのなら、このまま見逃して欲しい」
セーラは、どこへともなく歩いていった。
兵士たちは誰もセーラを追うことなく、その背中を見送った。
世界に、再びの平和が訪れた。
「さて、ここでよいか」
セーラは、とある廃村へとやって来た。
そこは、生前のセーラの故郷。
セーラは、かつて実家があった場所にアスノの死体を置き、自身もアスノの隣に寝っ転がった。
まるで、二人仲良く眠っているように。
「私が生きていては、次の魔王が生まれない。戦いの輪廻が壊れてしまう」
戦い続けることが、魔王の本能。
魔王は、次の魔王が生まれ、再び世界が戦いに巻き込まれることを求めて、自らの心臓に穴をあけた。
どくどくと溢れ出る血液に身を沈め、温かい太陽の光を浴びながら、その生涯を閉じた。
もう、死者蘇生の法を用いて、魔王を蘇らせようとする者もいない。
一人の少年の恋心から始まった戦乱は、今ようやく、終わりを迎えた。




