第13話 現在の勇者
「セーラが!?」
嬉しい報告に、アスノは椅子から立ち上った。
受け取った報告書の束が崩れたことも気にせず、報を持ってきた魔物に近づいた。
「それで、セーラは今どこに?」
「王都です。兵士たちを集めて、魔物を討伐する団を作っているようです」
「そうかあ。セーラなら、きっとすぐにここに辿り着くだろうな。懐かしい。何年ぶりだろう!」
魔王にとって、勇者の出現は悲しむべき事柄だ。
しかし、アスノにとって、夢であり喜ぶべき事柄だ。
「では、勇者が来ることを見越して、今から備えを」
「いや、こっちから会いに行く
アスノは手早く準備を始め、豚の顔の魔物は慌ててそれを止めた。
「どうして止めるんだ?」
「魔王様、貴方は他の魔物たちの声を封じてまで、王都から離れた人間の町を襲い、人間の土地を奪うことに徹して来た」
「そうだよ」
「だから、ここで魔王様が王都を襲うと方針を変えれば、魔物たちの溜まっていた不満が爆発しかねない」
アスノは、豚の顔の魔物からの忠告を少し考えた後、あっさりと答えを決めた。
「じゃあ、君にあげるよ。魔王の座」
「……は?」
「代わりに、魔王を止めたぼくの行動に賛同する魔物だけをもらっていく。これでどう?」
「……正気か?」
「正気も何も、そう言う約束だったじゃん」
今度は、豚の顔の魔物が考える。
魔王の椅子が手に入ると言う欲と、連れ添ったアスノへの情。
魔物は人間に友情など感じないが、ペットと飼い主程度の情は沸くものだ。
「わかった」
「ありがと」
「条件として、私もついて行く」
「それじゃあ、結局魔王の独断行動になるじゃないか」
「いや。魔王の座は、別の者に譲る。先日、魔王様に抗議をしてきた若い魔物。アレなど良さそうだ。少々独裁欲が強いが、実力だけは申し分ない」
アスノは豚の顔の魔物をじっと見つめて、首を傾げた。
「君に、なんの得もないじゃないか」
「ありますよ。魔王となった人間の夢がどうなるか、その結末を見てみたい」
「おもしろいものじゃないぞ? 俺は、勇者に殺される予定だし」
「それでもだ」
「そうか」
豚の顔の魔物は晴れ晴れとした表情をしていた。
アスノは、きっと本心からの言葉なのだろうと理解し、その言葉を受け取った。
「じゃあ、一緒に行こうか」
「ありがとうございます、魔王様。……おっと、もう魔王ではないのか」
「魔王と呼んでおいて。セーラと会った時、魔王と名乗ったまま殺されたいからね」
アスノと豚の顔の魔物は、さっそく魔物たちへと呼びかけをした。
新たな魔王の選出と、王都への侵攻。
侵攻についてくることになったのは、およそ一割。
新たに魔王になる魔物も、戦力が九割残されたうえで魔王の座が手に入るのならばと、アスノの提案を飲んだ。
「さようなら、元魔王様」
「さようなら、新しい魔王様」
別れの言葉もそこそこに、アスノたちは王都に向かって侵攻を開始した。
アスノが王都に近づくと、王都は既に厳戒態勢を敷いていた。
かつて通過したことのある門の前には、兵士がずらりと並んでいて、槍をアスノの方向へと突きつけている。
その姿勢からは、王都の地を一歩も踏ませぬという覚悟が滲み出ている。
「勇者の紋章。特別騎士団かな?」
「……勝てますかい? 魔王様」
「まさか。戦力を九割失った俺に、そんな力があるわけないだろ」
「でしょうね」
「でも、勝てそうに見せないとね」
アスノが魔王として村を制圧してこれたのは、人間として人間の情報を吸い上げていたというアドバンテージがあったとはいえ、情報戦で上回っていたからに他ならない。
今回も、アスノは国相手に情報戦を仕掛けた。
「ひいっ!? あんなに魔物が!」
幻影を作る魔物の能力を活用に、実態以上の大群を見せることで。
「なんだ? 遠くで爆発だ!」
ここ以外でも戦闘が始まったと思わせて、同程度の大群が王都の四方八方から攻めてきていると誤解させるために。
「ひ、ひるむな! 俺たちには、勇者様がついている!」
兵士たちのリーダーが、大声を出して味方を鼓舞する。
その言葉は、アスノをも鼓舞するものだった。
「良かった。セーラ、また勇者になれたんだ」
最愛の人が、罪人から英雄に戻ったことに、アスノは感動を覚えていた。
その手柄の一端が自分にあると思うと、誇らしかった。
初めて出会った日、故郷を守ってくれた恩を返すことができた気がして。
「おお、勇者様!」
兵士たちが道を作るように別れ、その道を通って一人の女が歩いて出てくる。
赤い髪に、赤い服。
白い肌は、まだ血に染まっていない。
「セーラ」
勇者セーラは魔物に向け続けていた視線をアスノへと向け、単身でアスノの元へ近づいてくる。
セーラについて行こうとした兵士は、セーラの手で制止させられた。
「一対一をご所望みたいだ。俺は行くよ」
「……ご武運を」
「ははっ。わかっているくせに」
兵士たちと魔物たちに囲まれながら、王都の外にて、アスノとセーラは相対した。
「セーラ!」
アスノは、頬を赤らめて弾んだ声で、セーラに話しかける。
一歩、二歩と近づき、その足を止める。
感じ取ったのは、僅かな違和感。
「……お前、誰だ?」
セーラの姿形をしたそれは、かつてのセーラの雰囲気を完全に失っていた。




