3 キャルとネラ
キャルに怒鳴られると、ネラは少し驚いた顔をした。
「へぇ……おとなしいだけの子かと思ってたら、意外に言うじゃん」
「わたしは別に……おとなしくなんかないわ」
キャルがそう言うと、ネラは意味ありげに微笑してみせる。
「ふ~ん、それでクオンに会ってどうするの? 『心配させてごめんね、やっぱりわたしはクオンと一緒にいたいの!』 …とか、言うつもりなんじゃないの?」
ネラの言葉に、キャルは鼻白んだ。
「そ……そんなことじゃ…ないわ」
「じゃあ、なに? そもそもさあ、なんで急にいなくなったワケ?」
ネラの胡乱な顔に、キャルはうつむきがちのまま答える。
「お父さんが……死んでると思ったお父さんが帰ってきたんだもん。それでお父さんが――帝国にいるのは危険だから、旅に出ようって言うから――」
「それで?」
ネラはつまらない、と言わんばかりの目つきでキャルを見た。
「それで……クオンに相談しようと思って……」
「――優しいお父さんだね」
ネラは言葉とは裏腹に、冷たい目つきでキャルを見た。
「いいお父さんじゃん。娘が悪い大人に利用されないように、政治のためなら悪事もいとわない帝国から連れ出す……。賢明な判断だよ」
「だけど……」
「行けばいいじゃん!」
ネラが急に怒ったように怒鳴った。
「よってたかってチヤホヤしてくれる仲間に囲まれて、その上、娘を守ろうとする父親まで出てきて……。それでも足らなくて、まだクオンも欲しがるワケ? 贅沢だろ! ……そんなの……」
ネラはそう言った後に、唇を噛みしめている。
キャルはその様子に戸惑いながらも、口を開いた。
「欲しがるとか、そんなんじゃなくて……わたしは、クオンに相談したくて――」
「何が相談だよ! クオンに言えば、キミに『行くな』っていうか、『一緒に行く』とかって言うとか期待してるんだろ? ……ズルい女だよ。気を持たせて、クオンを自分のものにしたいんだろ!」
ネラは涙を浮かべながら、キャルにそう怒鳴る。
「キミにはカサンドラとか、エリナとか……一緒に暮らしてる人や、仲良しのクラスメートとか、いっぱい色んな人に愛されて、守られてるんだろ! その上……クオンまで欲しがるなよ!」
ネラは涙をこぼしながら、そう声をあげた。その両手は、下で拳をつくっている。
「……ボクには…クオンしかいないんだ……。本当に信用できるのも……本当に好きになったのも――。他に……誰もいないんだ…。クオンくらい――クオンだけでいいから……ボクにくれよ………」
ネラは肩をふるわせて、うつむいたまま泣き声でそう言った。
キャルはその様子に――そのあまりにも真剣な様子に、驚きを隠せなかった。
「……クオンのこと…好きなの?」
「そうだ! 悪いか!」
ネラは涙目で、キャルを睨んだ。
キャルは、そんなネラを見て悲し気な――否、どこか寂しそうな顔をみせる。
「ううん……そんなにはっきり言えるなんて――すごいなって…思っただけ」
キャルはそう言って、うつむいた。
「わたしは……クオンに出会ってから、ずっとクオンに頼って、守られてきたから――そんな風に口にして、今までの関係がなくなるのが……恐い」
その様子を見て、ネラは口を開く。
「クオンが転生して最初に会った女の子がボクだったら――クオンは、ボクのことを守ってくれたかもしれないんだ」
「そうかも……しれないね」
キャルは寂しそうに笑った。
その微笑に、ネラは憤りをみせる。
「そこは否定するところだろ! そうじゃなくて、クオンは自分のことが好きなんだって、言えばいいじゃないか!」
「だって……判らないもん。本当にそうだったかもしれないし……この前、あなたのこと、優しく抱きしめてるの見ちゃったし――」
キャルはそう言ってうつむいた。
「あなたの言うように、わたしはズルかったかもしれない……。何も言わなくても、クオンは、わたしのこと好きでいてくれる――守ってくれる……そんな風に思ってた。……と、思う」
「いい気なもんだよ、ほんと」
ネラが憎まれ口を叩く。キャルは苦笑した。
「そうだよね……。けどね、あなたのおかげで、はっきり判ったことがあるの」
「うわ…もう、言わなくていいよ」
ネラが顔をしかめる。が、キャルは微笑んで言った。
「わたし、クオンのことが好き。うん……。多分、最初に逢った時から――ずっと」
「言うなってば! キミがそんなにはっきり意志表示したら……ボクの入る隙間なんかなくなるだろ……」
ネラが目を潤ませて抗議する。キャルは苦笑した。
「そうかな……? クオンの本当の気持ち、判らないし――。さっき、『ボクにくれよ』って言ったけど……それは、クオンが決めることで――わたしが決めることじゃない、と思う」
「そんなの判ってるよ! 正論ばっか言っちゃて――それに、その結果だって判ってるんだ……。ああ、もう、イライラする! もう帰れよ、それで――エリナに君が来たって言っておく」
ネラは腹立たしそうに、腕を組んでキャルを睨んだ。
「……連絡するの?」
「みんなが探してるキミが来たってのに、知らん顔もできないだろ! あ~もう、嫌な役だよ。せめてクオンに直接じゃなくって、エリナに連絡するんだ。それくらい、いいだろ!」
「うん……判った」
キャルは納得したように頷くと、微笑してみせた。
「あなた――前ほど悪い人じゃないみたい」
「どうせ、ボクは悪役だよ」
キャルは首を振ってみせた。
「ううん……。クオンが助けたのなら、きっと本当に悪い人じゃないんだろうって判ってたけど――。わたしは心が狭いから」
「違うよ。ボクの心は真っ黒だけど、クオンがお人好しすぎるだけだよ。クオンに一度助けられたのに、また裏切って死にかけて……また助けられたんだ。普通、一度裏切ったら見限るだろ」
そう言って口を尖らせるネラに、キャルは微笑んだ。
「よかったね」
「…は? なにが?」
「――クオンに助けられて」
眉をひそめていたネラの顔が――赤くなる。
「な、な……」
「生きてるから、人を好きになれるんだよ。それだけでも……きっといいことだよ」
「バ――バカじゃないの! そんな口車に乗らないから! きっとボクが、クオンを虜にしてみせるんだ!」
ネラは赤くなりながら、キャルにそう声を上げた。
「フフ……じゃあ、ライバルなのかなあ」
キャルはどこか楽しそうに笑うと、背中を向けた。
「あ、おい、何処行くんだよ?」
「一度戻って、お父さんと話してくる。それで、クオンが戻ってきたら――わたしは自分の気持ちを伝える。クオンがどう答えるかは判らないけど」
キャルはさっぱりした顔で、そう言った。ネラは渋い顔をしてみせた。
「そ。まあ…好きにすれば。――言っとくけどね! ボクは第二夫人だっていいんだよ! クオンがその気なら、全然、それでもいいんだから!」
そのネラの言葉に、キャルは目を丸くした。
「そうなんだ。ふ~ん、クオンたちの元の世界って、そういうのもアリだったのかぁ……」
「いや、違うけど。いやいや――そうしておく方がいいのか……?」
キャルは微笑むと、考え込むネラに背を向けて屋敷を後にした。
キャルは宿屋に戻ると、待っていた父親ビクトルに告げた。
「お父さん――わたし、お父さんと再会できて嬉しかったけど……お父さんと一緒に帝国を出たいんじゃない」
きっぱりとした顔で、そう告げたキャルを見て、ビクトルは訊いた。
「それじゃあ……どうしたいんだね?」
「わたし――クオンと一緒にいたいの。そして……今まで助けてくれた周りの人の事を信じてる」
その言葉に迷いはなく、それを聞いたビクトルは苦笑した。
「そうか……それが、お前の出した結論か。判った――けど、一つだけ父さんのいうことを聴いてくれないか。――龍王の分体は、返した方がいい」




