2 クオンの怯え
右に背の高いシュミレ。左に美人のチャミィ――が、同時に僕の身体を抱きしめてる!
「いや、あの……君たち?」
狼狽しながら手のやり場に困る僕をよそに、シュミレが囁いた。
「正直――あの怪物の大軍を見た時は、もうおしまいだと思ったんだ。いくらクオンさんでも、こんな大軍相手にかなうはずがないと……」
「……わたくしは壁を壊して怪物が出てきた瞬間、もう死ぬんだと思いましたわ」
続けてチャミィが、そう呟く。
――そうか。無事だったとはいえ、やっぱり恐い思いをしたんだ。
まだ十代の女の子なんだし。
「ごめんね、恐い思いをさせて……もう、大丈夫だから」」
僕は両手で、二人の頭を撫でてやった。
と、二人が至近距離で僕の方を見上げる。
「けどやっぱり、クオンさんて本当に獅子王戦騎団なんだねぇ。びっくりするほど強かった」
「そうですわ。クオン様は、見た目とのギャップが凄すぎます」
「ま、あんまり強くなさそうだよね、僕」
僕は苦笑して見せた。それにつられてか、二人も微笑を浮かべた。
安心したのか、二人がやっと僕から離れる。
と、シュミレが笑いながら言った。
「クオンさん、『戦う時はいつも怯えてる』とか言ってたけど――あんなに強かったら、怯えることないじゃない! さっきの戦いは、恐がってなかったでしょ?」
シュミレの言葉に、チャミィもうんうんと頷いている。
けど、僕は言った。
「……いや、恐かったよ」
「えぇ?」
二人の少女が、少し眼を丸くする。
「敵はどういう手段を、いつ使って来るか判らないからね――君たちがいつ襲われるか……ずっと不安だった」
僕は正直なところを話した。
「僕を案内してもらって、そのせいで戦いに巻き込まれた――なんて事で怪我でもさせたり、最悪、死なせてしまったら大変なことだ。……ずっと恐かったよ」
「クオン様……」
僕の告白に、チャミィが眼を潤ませる。
と、チャミィはまた僕に抱きついてきた。
「守ってくれて、ありがとうございます!」
「優しすぎでしょ、クオンさん」
なんか知らんが、またシュミレまで抱き着いてくる。
「わ、判ったから、離れて! ……あ、そう言えば、君たちまだ学校の途中だよね? もしかしたら、まだ午後の授業に間に合うんじゃない?」
僕がそう言うと、やっと二人が離れる。で、チャミィは左腕をちょこんと裏返して、腕時計を見た。そうか――この世界、腕時計あるんだ。
「あと五分で昼休憩時間が終わりますわ。ここまで来るのに25分はかかってますから、ちょっと間に合いませんわ」
「まあ、今日はもう午後は休みってことで」
そう言って、頭の後ろで腕を組んだシュミレは笑いを浮かべる。
が、僕は言った。
「あと五分? それなら間に合うぞ。すぐに学校に戻ろう」
「「えぇ?」」
驚く二人に僕は手早く同調のレクチャーをすると、コートのポケットに足を入れてもらった。
「じゃあ軽化するよ、同調して」
「「はい」」
二人が軽くなる。僕は頷くと、二人の腰を抱えた。
「しっかりつかまって。――じゃあ、行くよ!」
僕は走り出した。
屋敷の外へ出ると、一気にジャンプする。
「えっ!?」
「あ、あのぉっ!」
二人の声が耳元で聞こえるが、気にせず僕は屋根に降り立つと、そのままダッシュする。
「ちょ――クオンさん!」
「は、速すぎですわ!」
屋根伝いに街を走りながら、僕は少女たちを安心させるために口を開いた。
「これが屋根から見る帝都の街か――なかなか壮観だね」
「え? ……あ――そう…かも」
「こんな風景、なかなか見れませんわ」
僕らは風をきって屋根を駆け抜けていく。
「なんか、気持ちよくなってきた!」
「クオン様、最高ですわ!」
僕は微笑んで、さらに加速する。風よけのシールドがないから、風圧をまともに受けてるが、少しその風が心地よかった。
学校が近づくと、僕は屋根から飛び降りて校内を一気に駆け抜ける。
二人の教室の傍まで来ると、僕は二人を降ろした。
「ほら、間に合っただろ。――二人とも、色々ありがとうね」
僕は二人の少女に笑ってみせた。
シュミレが笑いながら、僕に返す。
「こっちこそ、ありがとうクオンさん。すっごい楽しかった!」
「わたくしも……いい経験ができましたわ」
チャミィがはにかみながら、そう口にする。と、チャミィはさらに言葉を続けた。
「けど、やっぱりクオン様にはキャルがお似合いだと思いますわ。わたくしはペア推しなんですの」
「そうだね~、やっぱり、あたしもそう思う。――あ、先生来た! それじゃあ、クオンさん、キャルのことお願いします!」
「クオン様、ごきげんよう」
二人の少女はそう微笑むと、走って教室の中へと戻っていった。
そう――キャルのことだ。
今回の事件ではっきりしたことがある。
それは、キャルは自分で出て行ったのかもしれないが、その背景にはジオという少年に化けた竜――暴魔竜グルジオラスが関わっていた、という事だ。
「……カサンドラに伝えないと」
僕はそう呟いて、独りまたダッシュした。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
キャルは月光堂書店の本社となっている屋敷に、再び来ていた。
呼び鈴を鳴らす。
「はあぃ!」
そう言って出てきた顔が、いきなり驚きに変わる。
「あ――あんたか…」
出てきたのはネラである。ネラの目線がキャルと同じ高さにあり、キャルは口を開いた。
「なんか……また大きくなってない?」
「仕事相手だから、少し大人に見えた方がいいと思って。――っていうか、なに?」
ネラは少し敵意のある語感でそう告げた。
ちょっとその態度が癪に障る。
「クオンは?」
「いない」
ネラは横を向いて、そう答える。キャルはカチンときて、ネラを押しのけると屋敷の中に入った。
「ちょっと! なんだよ、いないって言ってるじゃん!」
「わたし……あなたのこと信用してないから。――みんなは違うかもしれないけど」
キャルはそう言うと、屋敷の中を歩きまわる。どうやら本当にクオンはいない。
「だから、いないって言ってるじゃん。そもそもさあ、なんでいないのか判らないの? あんたを探しに、帝都に行くっていって、今朝、出て行ったんだよ」
ネラは後頭部で両手を組んで、キャルにそう告げる。
キャルはそこで振り返って、初めてネラと目を合わせた。
「わたしを……探しに?」
「いい御身分だよね~、学校に行かせてもらってるのに、それを急に抜けて姿消して、みんなに心配してもらって、探させて……。そうやって、クオンの気ぃ引いてるんでしょ?」
「そんなんじゃないわ!」
キャルは怒って声をあげた。
「あなたこそ何よ! 敵だったくせに、優しいクオンにつけこんで同情してもらったんでしょ! それでいきなり仲間の顔するのやめて!」




