4 罠の真相
父、ビクトルの言葉に、キャルは神妙な顔を見せた。
「キグを……返した方がいいの?」
「ああ。お前はその龍王の分体を、肌身離さず学校まで連れていってるだろう? それでは、その龍王を狙う者が、お前を襲うかもしれない。キグノスフィアに返さないというのなら、せめて学校へ行く間は私に預けてくれ」
「いいけど……キグがなつくかなあ」
キャルは小首をかしげると、携帯珠からキグを出した。
「キグ、わたしのお父さんだよ」
キャルはそう言って、両手に乗せたキグをビクトルの方へ差し出した。
ビクトルも両手を出し、キグを受けとる姿勢を見せる。
特にキグは拒否や怯える態度は見せず、ビクトルの手に移された。
「よかった…大丈夫みたい」
キャルがそう安堵の息を洩らした瞬間だった。
「キュ!」
キグが短く鳴いたその瞬間、その身体が黒炎に包まれた。
「キューッ――!」
キグが悲鳴をあげる。
すると一瞬で、ビクトルの身体も黒炎に包まれた。
「お父さん!」
驚愕に眼を見開いて、キャルは声をあげる。
ビクトルの眼は完全に白目になっており、まったく意識はない様子だった。
「――やれやれ、やっと手に入れたようだね」
突如、声がしたと思った瞬間、室内に影が現れた。
その姿を見て、キャルは声をあげる。
「ジオ! それに――カリヤ!」
そこに現れたのは、カリヤのテレポートで一緒に移動して来た、クラスメートのジオの姿だった。
「ジオ! どうして、あなたがここに?」
「まだ判らないのかい、子猫ちゃん。このジオという少年は、とうに死んでるんだ。そして僕の正体は――」
少年だったジオの身体が光り、その身長が高くなる。
その光が収まった時に現れたのは、黒髪を長く伸ばした美形の男の姿だった。
「私の新しい姿で挨拶しよう。こんな姿だが、私は暴魔竜グルジオラス。そして、君のお父さんを操っている者だ」
「暴魔竜グルジオラス……あなたがエレンを魔暴走させたのね!?」
キャルの声に、グルジオラスは冷たい微笑を浮かべた。
「そうだ、君の白夜の青炎の力を見るためにね。そして君は、極めて危険だと判断した。だから――君の父上は殺さなかったんだよ。さあ、ビクトル、私に氷龍王の分体を渡しなさい」
グルジオラスの命令に、ビクトルは意識のないまま歩き、手に持った丸い黒炎の中にいるキグを差し出した。
「お父さん、渡しちゃダメ!」
「フフ……時間はかかったが、やはり本物の愛情が警戒心を解かせたようだ。私は喰らった者の記憶を奪えるから、最初は君の父親も喰らってしまうつもりだった。しかし君の白夜の青炎が竜芽を燃やしてしまうのを見た時、君に一瞬でも警戒心を抱かれたら、チャンスを失うだろうと判断したんだよ」
グルジオラスはその左手に、黒炎の球体を浮かべて眺める。
「美しい…。これが氷龍王の分体か。君の父親に竜芽を植え付け、氷龍王の分体を手にした瞬間に、黒炎で分体を捕らえるように仕掛けておいたのさ。竜芽が発動すれば、私には判る。あとはカリヤの瞬間移動で移動すればいい――そういう手筈だったのさ」
笑みを浮かべるグルジオラスに対し、キャルは怒鳴った。
「お父さんと、キグを返して!」
「おっと! 白夜の青炎を使わないでくれよ。もし使ったら――君のお父さんの命はない」
グルジオラスは右手を黒く変形させ、その剣のように長く細い爪をビクトルの首に触れさせた。
「お前は……クオンをおびき出すためのエサだ。おとなしくしな」
傍にいたカリヤが、黒マスクの中から声を出した。
そのカリヤが赤い炎の形状の剣を抜くと、キャルに迫ってくる。
(クオンが……わたしのために危険にあう――)
キャルの鼓動が高まった。
恐れと焦りが、激しくキャルの胸の中を駆けまわる。
(お父さんもキグも……連れていかれる。ダメ――このままじゃ、あいつらの思うつぼ。わたしの弱さにつけこんで……こいつらは、全てを奪うつもりだ)
苦しくて、悔しくて涙が出そうになる。
(クオン! 助けて!)
キャルは思わず、心の中で叫んだ。――が、その後でぐっと歯を食いしばる。
(ダメ。クオンは今、帝都にいてここには来れない。わたしが、なんとかしないと)
キャルは近づいてくるカリヤと、父親の首に爪をあてるグルジオラスを睨んだ。
「そんな顔するもんじゃないよ。いいかい? 白夜の青炎を使ったら、君の父さんの首は胴体から離れるよ」
涼しい顔をして、グルジオラスが笑う。カリヤは赤い剣を肩に担ぐと、黒炎のガントレットの掌をキャルに向けた。
「お前は危険だ……少し痛い目をみてもらうぜ」
(わたしが、お父さんを助けないと!)
キャルは決意した。
その瞬間、キャルの眼が青く光る。
「――グワアアアァァッ!」
グルジオラスが雄叫びを上げた。
突然、床から現れた尖った氷の壁が、グルジオラスの右腕を切断したのだった。
「なにぃっ!?」
驚いたカリヤが振り返る。が、キャルは続けて魔法を使った。
「氷尖壁!」
立て続けに現れた尖った氷壁が、グルジオラスの身体を幾条にも突き刺す。
カリヤはその氷壁が自分を襲う直前に、瞬間移動で逃げた。
「白夜の青炎!」
キャルが手を向けて青い炎を父親に向けて放つ。
その爪を伸ばしていたグルジオラスの右腕が燃え、ビクトルの身体も青い炎に包まれる。――と、その額から黒い塊が浮かびあがり、そして焼失した。
「う……む――」
眼に生気が戻ったビクトルが、呻き声をあげる。
そのよろけた身体を、キャルが駆け寄って受け止めた。
「お父さん!」
「む……キャル――私は一体?」
キャルに身体を支えられながら、ビクトルが意識を取り戻す。
しかし、束の間の邂逅に、グルジオラスは怒りの声をあげた。
「よくも私の右腕を! ……許さんぞ、小娘がぁっ!」
グルジオラスが声を上げると、その身体は黒い炎を身にまとい膨れ上がっていく。
黒い炎は宿の天井を突き破り、天井の破片が上から振ってきた。
「お父さん、逃げよう!」
「あ、ああ!」
父親をかばいながら、キャルは宿の外へと逃げ出す。
振り返ると、宿を破壊しながら、巨大な黒竜がその姿を現した。
「これが……暴魔龍グルジオラス――」
キャルは絶句した。
その体高は20mはある巨体で、オーレムの街中にその威容が聳え立つ。
「な、なんだ!?」
「竜だ! 竜が現れた!」
「に――逃げろっ!」
突然、現れた巨大な黒竜の姿に、街にいた人々が恐怖に襲われてパニックになる。
駆け出す人々が、悲鳴を上げて散っていった。
キャルはその中にいて、グルジオラスを見上げている。
黒地に青い線の入った身体。そして切り落とした黒竜の右腕は、再び生えていた。
グルジオラスは街中に響きほどの咆哮をあげると、逃げ惑う人々を見回して口を開いた。
「我のもとにひれ伏せ……ニンゲンどもっ!」
グルジオラスが巨大な口を開け、黒炎を吐く。
そのままでは人々の背中を黒炎が襲う。
その時――キャルの瞳が青く輝いた。




