2 キャルの涙
自分は白夜の青炎を使って、黒炎の魔暴走を止めた。役に立つつもりだ。
けど、カサンドラは征圧作戦のことを何も言わなかったし、自分に手伝ってくれ、とも言わなかった。
(わたしが力不足だから? 子供だから? ……頼りないから?)
獅子王戦騎団に任命されても、自分はその力を本当に認められてるわけじゃない。
――キャルは唇を噛んだ。
(わたしは――必要ないんだ……)
胸を締め付けられる想いに、キャルは息を吐いた。
「帝都の方は問題なく拠点を制圧し、どうやら竜退治まで行ったらしい」
「竜を? ……凄い」
「うん。しかしオーレムの方は、警察の方にも負傷者が出たようだ。そちらは竜にも逃げられた――と、街では噂になっていた」
オーレムの征圧は、多分、ボルト・スパイクの管轄だとキャルは思った。が――
「もしかしたら……クオンも、その作戦に協力したかも――」
そして、負傷したのがクオンだったら。
そう考えると、キャルはいてもたってもいられなくなった。
「――お父さん! オーレムに行きたい。なににしたってクオンはオーレムにいるはずだし、クオンの様子を確かめたいの」
「判った。お前がそう望むのなら――そうしよう」
ビクトルは真面目な顔で、そう頷いた。
それから帝都を出発した父娘は、馬車でオーレムへと向かう。
しかしオーレムに着く前に夜が更け、その手前の街で二人は宿をとった。
そして翌朝、二人はオーレムに向かった。
「市場に行って、朝食になるものを買ってくる。街の噂も聴いてこよう。少し待ってなさい」
ビクトルはそう言うと、フードを深く被って出て行った。
やがでパンを抱えて戻って来たビクトルは、キャルに言った。
「獅子王戦騎団のクオンくんも――どうやら作戦に参加したようだ」
「え! それで、大丈夫なの?」
「どうも……意識不明で還ってきたらしい――」
キャルはそれを聞くと、立ち上がって馬車から飛び出そうとした。
が、その手をビクトルが掴む。
「待ちなさい、キャル!」
「放して、お父さん!」
「行ってもいいが、私と一緒に行こう。それに――その耳と髪を隠しなさい」
ビクトルはそう強く言った。
キャルは帽子を被って耳と純白の髪を隠すと、馬車を出た。
が、キャルはふと立ち止まって、ビクトルに訊ねた。
「――クオン、何処にいるの?」
「なんでも、屋敷に運ばれた……と言っていたが」
元カサンドラの屋敷で、エリナが買った処だ。キャルは場所が判った。
走り出したかったが、ビクトルが「目立っては駄目だ」と言うので、逸る気持ちを抑えて歩いて行く。
もう屋敷に着く。そう思った時、その屋敷から人が飛び出してきた。
ネラだった。泣きながら、屋敷を飛び出してきたようだった。
その後に――それを追うように、クオンが出てくる。
(クオン!)
思わず声が出そうになるのを、抑える。
その後ろを追いかけると、クオンは人気のない路地に入っていった。
そこには――ネラが壁の方を向いて立っている。
クオンが、その後ろ姿に近づいていく。
(やめて、クオン。それ以上、その子に近づかないで!)
キャルは声にならない叫びを、胸の中であげた。
「――敵だったんだし……信用されなくて当たり前だって言ってるじゃん!」
ふと、ネラの怒鳴り声がした。
それに対して、クオンが何か言っている。その声までは聞こえない。
ネラが振り返ると、クオンを見上げていた。
その時に気付いたが、ネラは前に見た時より小さくなっている。
と――ネラがクオンに抱きついた。
キャルは息を呑む。
(やめて)
ネラはクオンに抱きついたまま離れない。
(やめて――抱きつかないで)
クオンはまだ、自分からネラを抱いてはいない。
しかしネラがその胸の中ですすり泣きを始めると――クオンはネラの背中と頭に触れて、そっと抱きしめた。
(クオン!! その子を――抱きしめないで!)
キャルはもう見てられなくなって、後ろを向く。
そこにあったのは、父親ビクトルの姿であった。
「お父さん……」
「キャロライン――」
ビクトルは困ったような顔をした。
キャルは下を向くと、そのままビクトルの脇を抜けて駆け出した。
(やっぱり! やっぱり――)
キャルは泣きながら走った。
馬車に飛び込むと、膝を抱える。
少し経つと、ビクトルが戻ってきた。
「――とりあえず、宿をとろう。そこで少し落ち着こう」
ビクトルはそう言うと、馬車の中にキャルを残して、自分は馭者席に座り馬車を動かし始めた。
がたん、と音がして馬車が動き出す。キャルの眼から涙がこぼれてきた。
ビクトルに連れられて宿に入ると、ビクトルは言った。
「私は少し、様子を探ってくる。……お前は、少し休んでなさい」
キャルは声も出せずに、ただ頷いた。
ビクトルが出て行くと、キャルはベッドに倒れるように突っ伏した。
もう涙は出なかったが、何もする気が起きない。
(クオンはやっぱり……誰にでも優しいんだ。あの子――ネラにも優しくしてた……。わたしだけが特別なんかじゃないんだ――)
深くため息をつく。
と、テーブルに置いたポシェットが、がさこそ動き出す。
「あ……」
キャルがそれに気づいて眼を向けると、ポシェットから光が飛び出す。
「キュー」
白い鳥のような姿の氷龍王の分体――キグだった。
キグはふわっとキャルの元まで飛んでくると、心配するように一声鳴いた。
「心配してくれてるの? ありがとう……」
「キュー」
キャルはベッドの上で身体を起こすと、傍に来たキグを抱きしめる。
「――あれ? ちょっとおっきくなった?」
「キュー」
前は両手に収まるくらいのサイズだったのに、明らかに一回りほど大きくなっている。
「不思議ね。あなた、あんまり食べないのに」
「キュー」
キグは三日に一度くらいしかご飯を食べず、後はずっと寝ていることが多かった。
そのままずっと携帯珠に入れていて、ほとんど起きないので、ビクトルと会ってからも外に出してなかったのだった。
「そろそろお腹空いた? 何かあげようか」
「キュー」
キグが嬉しそうに鳴く。
キャルは荷物をあさると、残っていたクッキーを取り出す。
「ベッドの上じゃなんだから――こっちにおいで」
キャルはキグを抱いたまま床に降りると、テーブル傍の椅子に座らせる。
皿にクッキーを出すと、キグが美味しそうに食べ始めた。
と、そこにビクトルが戻ってくる。
「――あ、おかえりなさい、お父さん」
「それは!」
挨拶をよそに、ビクトルはテーブルについているキグに驚愕の声をあげた。
「あ……話した氷龍王の分体。キグって呼んでるの」
「まさか――連れているとは……。屋敷で飼っているのだとばかり思っていたが」
ビクトルは恐れをあらわにして、氷龍王の分体を凝視した。




