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第五十二話 迷いのキャル  1 キャルの母親


 ビクトルは懐かしそうな笑みを見せると、キャルに言った。


「お前のお母さん――キャサリンは、一族で一番の美人で……一番の魔法の使い手だった」


 ビクトルはキャルを見ながら、そう話し始めた。


「族長の娘で、才能と美しさを持つキャサリンは、一族の男みんなの憧れだった。無論、私も憧れていた。……遠くからな」

「なんで、遠くから?」


 キャルは首を傾げた。ビクトルは苦笑いする。


「……私は魔法力はからきしで、狩りの腕もいまいち。一族の男社会の中では、『グズのビクトル』と呼ばれる最下層の人間だった。唯一得意なのは、畑の野菜作りだけ。それと――母つまり、お前のお婆ちゃんに教わった薬草採りが趣味だった」

「そんなお父さんが……どうやってお母さんと知り合ったの?」


 キャルはビクトルに訊いた。


「ある日、森の中で薬草を採ってたんだ。そしたら、他の人の気配がした。そのフードを被ってる人は薬草を摘みに来ていた。……向うから、声をかけてきたんだ。『薬草を摘んでるんですか?』って」


 ビクトルは少し、照れながら微笑んだ。


「私は『そうですけど』と答えると、フードを外した。そしたら――一族で一番美人のキャサリンだったんだ……」


 ビクトルは微笑を浮かべて、話を続けた。


「キャサリンは、魔法も凄い使い手だったが――実は本人は薬草学が好きだったんだ。キャサリンの薬草の知識は大変なものだった。キャサリンは薬草に興味を持つ私に、色々話しながら教えてくれた……。そして私たちは、次第に惹かれあっていったんだ」


 キャルは穏やかな顔で話を聞きながら、ビクトルに訊いた。


「それで……お父さんが、プロポーズしたの?」

「いや――それが……」


 ビクトルは恥ずかしそうに頭をかく。


「実は……キャサリンからだったんだ」

「え~っ! お母さんから?」


 ビクトルは頷く。


「私はキャサリンに惹かれていたけど……キャサリンの親し気な様子は、あくまで薬草を愛する者同士の仲間意識みたいなものだと思っていた。だから、自分の恋愛感情は脇に置いていたんだ。――そんな勇気もなかった……。けど、ある日、キャサリンから言われたんだ。『結婚したいと思ってる』と」


 キャルは顔を赤らめて、両手で口元を抑えた。


「そ、それで?」

「私は自分の勇気のなさを恥じて――改めてキャサリンにプロポーズした。けど、そこからが大変だった。キャサリンの両親――特に族長だった父親は、私との結婚に猛反対で、まったく認めてもらえなかった。一族の大半が、『キャサリンは魔力の高い優秀な血族と結婚すべきだ』という意見だった」


 ビクトルは少し浮かない表情になった。けど、そこで苦笑して、キャルに続きを話す。


「その時、キャサリンは言ったんだ。『ビクトルと結婚できないなら、自分は魔導士要請に従わない』と。――シャレード一族は魔力が強く、帝国政府から魔導士要請をされると魔導士を派遣する、という仕組みができあがっていた。キャサリンは本当は魔導士として働くより薬草学を使いたがっていたが、結婚の条件に魔導士要請の際には、それを引き受ける――という事を逆に条件にしたんだ……」


 ビクトルはそこで、少し息をついた。

 そして遠くを見つめながら、言葉を続ける。


「結婚して、しばらくは本当に幸せな日々だった……お前が生まれて、こんなに幸せなことはない、と思った。キャサリンもそう言っていた。しかしお前が三歳の時――帝国で内戦が起きた。併合したタミナで叛乱が起き、それを鎮圧する戦争が起きたんだ。一族に、帝国からの魔導士派遣の要請が来た。キャサリンはそれに出て行った。『すぐに戻る』と言って。……けど、キャサリンは戻らなかった」


 ビクトルは静かにキャルを見つめた。

 不意に風が吹いて、ビクトルの白い髪を揺らす。


「戦地で、命を落としたと――帝国からはそっけない報告があった。……それきりだ。私はとても信じられなくて、自分で調べてまわった。その時、戦地に行った兵士たちを見つけて、キャサリンが何処で何をしていたか訊いてまわったんだ。判ったのは、キャサリンがその過大な魔法力のために、敵地に対する魔法攻撃をしてた、ということだ……」


 ビクトルはそこで苦しそうに息をつくと、キャルから視線を外し、うつむいた。


「当然、自分が砲台のような役目を果たしたキャサリンは、敵の標的になった。そこで、敵の襲撃に合い――滅多刺しにされた後、魔法で焼き払われた……そうだ」


 ビクトルは苦渋の表情で、唇を噛む。

 しばらく、そこで沈黙した二人の間に、静寂が訪れた。

 ビクトルはキャルを見つめる。


「キャサリンは魔法よりも……人を癒す薬草学の方を好んでいた。けど、一族の命令に逆らえず、結局、戦地で殺されたんだ。私はそれから、私の母に手伝ってもらいながら、お前を育てた。しかしやがて、お前は類まれな魔法の才能を見せるようになり――十歳の時に、お前は『白夜様』に選ばれてしまった」


 キャルは話が自分のことにお呼び、ようやく自分とその背後の事情がつながった事を理解した。


「……拒むことはできなかった。そして『白夜様』を操る『白夜の呪宝』は、お前の祖父に当たる族長が持っていた」

「あ、わたし、村長なんだと思ってた」

「村長でもあったからね。シャレード族には幾つかの里があり、その全てを束ねていたのが族長だ。お義父さんは自分の権力を維持するためにも、孫娘を白夜様にする必要があった……。そしてミゲル――バルギラがやってきて…里に兵士を導き入れて虐殺を始めた」


 キャルは頷いた。そこからは、少し覚えがある。


「お義父さんはお前の力を『白夜の呪宝』を使って発現させ、兵士たちに対抗した。しかし族長の側近の中に、一人――バルギラ公爵に加担した裏切り者がいたんだ。そいつは族長を殺して白夜の呪宝を奪い、バルギラに渡した。バルギラは逆にお前を使って一族の反抗を封じた」


 キャルは恐ろしい記憶が戻るのを封じるように、眼を閉じた。

 ビクトルは苦渋の表情を浮かべる。


「……辛かったろう。その男は、自分が一族の長になれると約束されてたらしいが、結局、バルギラは目的を果たすとその男も殺した。私は――ずっと隠れていたが、隙を見てバルギラから呪宝を奪い、お前を連れて逃げ出した。……後はお前の知ってる通りだ」


 ビクトルは真剣な面持ちで、キャルを見つめた。


「そもそも……キャサリンを失った時に、気付くべきだった。お前の安全を守るためには、里を出るべきだと。その時点で何もないから――そう思って、その状況に留まり、そして気付いた時には、もう身動きがとれなくなっている……。もう、そんなことのために、私は私の愛する者を失いたくないんだ。……キャル、お父さんがお前を連れて逃げたいと思うのは、お前をお母さんのような運命にしたくないからなんだよ」


 ビクトルの言葉に、キャルはその重さの意味をようやく理解した。

 その時、キャルはある事を想い出して口にした。


「そういえば……クオンは最初、獅子王戦騎団になるのを拒んでた」

「クオンくんが?」

「うん。一旦、そういうものになったら、命令を断れなくなるからイヤだって……。わたしも戦うのはイヤだって、その時言ったの。あの時のクオンの言ったことは――そういう事だったんだね」


 キャルは過去のその経緯を意味を理解して、深く頷いた。

 その様子に、ビクトルが言う。


「クオンくんは――力を持ちながらもそれに奢らず、平和を愛する人物のようだね。そういう人間なら、私の言うことも理解して――私とお前の旅に、一緒に来てくれるかもしれない」

「クオンは……とても優しいの」


 その時、ふとネラのことが頭をよぎったが、キャルはかぶりを振ってビクトルに言った。


「わたし……お父さんと一緒に行くのはいいと思う。けど、クオンにはちゃんと言っておきたいの。一緒に来てくれるかどうかは……また別としても」

「そうかね。じゃあ、明日はクオンくんに相談に行ってみよう。――彼も、お前がいなくなって、心配してるかもしれないしね」


 ビクトルがそう微笑んで、キャルは頷いた。

 その日の夕餉の時には父親と談笑するまでうちとけたキャルは、穏やかな気持ちで一晩を過ごした。


 翌日、「少し街の様子を見てくる」と言って出て行ったビクトルが戻って来た時、ビクトルの顔に少し緊張があるのをキャルは見逃さなかった。


「どうかしたの?」

「うん。警察が総出になって、お前のことを探している――まあ、それは予想したことではあるが……」


 そうなんだ、とキャルは思った。カサンドラがそう命じたんだろう、急に出て行った自分を探すのも無理はない、と思った。


「それとは別に、警察の中がばたついていた。どうやら昨日、作戦があったようだ」

「作戦?」

「なんでも、ブラック・ダイヤモンドの拠点を警察が征圧したらしい。しかも帝都とオーレムの二ヶ所を、一気に征圧したそうだ」


 キャルの顔色が変わった。

 あの時、みんなが会議室に集まってたのは、その事を話し合ってたんだ。

 そこに自分が帰って来て、エレンの魔暴走の話をした。


(わたしは――征圧作戦に呼ばれてない)


 キャルはふとそれに気が付き――愕然とした。


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