表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

305/318

6 父親との時間


 僕はネラの背中を左手でそっと支え、右手を後頭部に触れて撫でてやった。

 妹はいないけど――もしいたら、こんな気持ちになるのかもしれない。


「……どうしてクオンが謝るんだよ」

「お前が迷って、裏切られて――傷ついたって判ってるのに、ひどい言い方しかできなかったから」


 ネラはなんか神妙な顔で僕に頭を撫でられるがままにしていたが、やがて顔を上げて僕を見つめる。


「慰めるのが……上手だね、クオン」

「慰めてるつもりはない。本当に思ったことを言ってるだけだよ」


 僕が手をとめてそう言うと、ネラはうつむいた。


「けど……ボクの身体は普通じゃないんだ」

「普通じゃないって――どんな風に?」

「ボクは年をとらない」


 ネラは少し僕から離れて、さらに言葉を続ける。


「細胞増殖の異能のせいなのかな……。幼女の姿で何年もいたけど、自分が変化させた姿から歳をとらないんだ。つまりボクはさ――成長しないんだ」


 ネラはそう言うと、苦笑して見せた。


「普通の人はさ、新陳代謝して細胞が入れ替わる時、少しずつ劣化したり、変化してるんだ。それが老いとか成長っていうものだ。けど多分、ボクの細胞は入れ替わるだけで、まったく変化しないんだ。ボクが意図して変化しようとした形にしか、変化しない。……で、試してみたけど――ボクは、前世で死んだ21歳以上の姿にはなれない」


 ネラは自嘲気味に苦笑すると、下を向いて片足を軽くあげてみせた。


「……前世で、女として成長したくないとか――降ろした子供を復元したいとか…そんなこと思ってたせいで、こんな異能になっちゃたんだろうね。こんなのさあ……化物じゃんって、自分でも思うよ」

「お前は化物なんかじゃないよ」


 僕はすぐにそう言い返した。


「そりゃ……最初はそんな風にも思ってたよ、少し。けど、今はそんな風に思わないよ。お前がその異能が嫌なら――その異能を捨てるとか、封印するとか、そんな方法を探してもいい」


 僕の言葉に、ネラが眼を見開いて僕を見る。


「けど、そのままのお前で――幸せに生きていく道だってあると思うよ。無理に人に合わせた、『普通』の幸せなんて考えなくてもいいんじゃないかな」

「クオン……」


 僕はそう言った後に、ふと思いついて言った。


「21歳になった状態で、何年か過ごすってのはやってみた?」

「あ……いや――それはやってない」


 ネラが驚いた顔で僕を見た。

 僕はネラに言葉を続ける。


「試してみたら? もしかしたら、成長するかもしれないぞ。それが無理そうなら――一緒に成長する方法を探してもいい。きっと何か、方法はあるよ」

「うん……」


 ネラは神妙な顔で頷いた。僕は少し安心したので、微笑してみせた。

 と、ネラが唇を尖らせて言う。


「だからさぁ……優しすぎるってば…」

「別に。そうでもないよ」


 僕は軽く笑ってみせた。



▽  ▽   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽



 迷いの表情を崩さないキャルに、父親であるビクトルは言った。


「迷うのも無理はないな、キャロライン。そうだな、今までの生活を捨てて、私と暮らせと言ってるんだからな……。それなら少し、私との生活を試してみないか?」

「試す?」


 キャルはビクトルの顔を見つめた。


「そうだ。郊外に、私が買った小屋がある。とりあえず、そこに一緒に行ってみようじゃないか」


 ビクトルがそう言って笑う。キャルは――迷ったが、頷いた。

 その後で、キャルは父に告げる。


「だけど――一言だけ、ちゃんと告げたいの。手紙を書きたい」

「いいよ。書いたら、私がお前の暮らしてる屋敷に届けてこよう」

 

 ビクトルはそう言うと、頷いてみせた。


*  *   *


 馬車に揺られて二時間くらいで、キャルを乗せた馬車は街から離れた山奥の地域へと入っていた。到着したのは、小さな丸木小屋だった。


「入ってくれ。田舎を思わせる、なかなかいい小屋だろう?」

「うん」


 確かに――それはキャルの育った田舎の風景にある小屋に似ていた。

 小さな小屋のなかは物が少なく、まだあまり生活感がなかった。


「――お前を探すのに、きっと時間がかかるだろうと思って、安い小屋を探したんだ。実は監禁されてた場所の隠し金庫を知っていて、近隣の村人に牢から助け出された後、単独でその隠し財産を貰ってきた。だから結構、お金は持ってるんだ」


 ビクトルはそう言うと、緩んだ微笑みをみせた。

 その屈託のない笑みに、キャルは安堵する気持ちを覚えた。


「さあて、じゃあ夕飯の準備をするか。久しぶりに、父さんの夕飯を食べておくれ」


 ビクトルはそう言うと、料理にとりかかった。

 やがて、肉と野菜を煮込んだ料理が出てくる。


「二人で逃亡生活をしてた時、よく料理したな」

「うん……いつも、緊張してた――」


 夕食を前に、キャルは手を合わせた。


「いただきます」

「――? なんだ、そのいただきます、というのは?」


 キャルはふと、自分がすっかりその習慣が身についてるのに気づいた。


「クオンやエリナのいた……前の世界の――おまじない? みたいな言葉」

「そうか……キャロラインは、ずっとその二人と生活してたんだなあ」


 ビクトルが淋しげに笑う。

 キャルはスプーンを使って、料理を口にした。

 

 不意に――思わぬ気持が自分の中に呼び覚まされる。


「……お父さんの…料理だ――」


 自分でも判らなかったが、涙がボロボロ出てきた。


「お、おい、どうしたんだい?」

「だって……もう、お父さんは殺されてると思ってたから……。もう、わたしはひとりぼっちなんだって――ずっと思ってたから……」


 抑えていた気持ちがあふれ出すように、涙が次々とあふれ出てきて止まらない。

 キャルは顔を覆って、しゃくりあげて泣いた。


 ビクトルは席を立って、キャルの傍に立つ。

 そっと、キャルの頭と肩を抱きしめた。


「もう大丈夫だ、私はここにいるよ。もう、お前をひとりぼっちにしたりしない」

「お父さんっ――」


 キャルはビクトルの身体に抱きついて、そのまま泣き続けた。


 夕飯を食べた後は並んで寝具を敷いて、キャルは眠りについた。

 翌朝、起きるとビクトルは既に起きていて、朝食をつくっていた。


 朝食を採りながら、ビクトルは微笑む。


「今日は、近くの森に薬草採りに行ってみないか? 路銀が乏しかった時、よくやったろう」

「うん」


 キャルは笑って頷いた。

 それから二人は、近くの高原へ出かけ薬草摘みをした。


 ビクトルは薬草に詳しく、あれこれキャルに教えながら薬草を摘んでいく。

 今までに習ったものも多かったが、改めて教わる薬草も多かった。


「お父さん、本当に薬草に詳しいね」


 草原に座り、お茶を飲みながらキャルはビクトルに言った。

 ビクトルが、お茶をごくり、と飲み干した後、にっこりと笑う。


「実は……大半は、お母さん――キャサリンに習った知識なんだ」

「え……そうなの?」


 キャルは驚きながら訊き返す。

 ビクトルは静かな微笑みを浮かべながら、草原に吹く風を見つめた。


「うん。そうなんだ」

「だって……今まではお婆ちゃんに教わったことだって」

「それもあるが……お母さんがいないことを、あまりお前に思い出させたくなくてな。すまなかったな」


 ビクトルは申し訳なさそうに謝る。キャルは父親に言った。


「お母さんて……どんな人だったの?」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ