5 クオンの焦り
僕はエリナを見て声をあげた。
「エリナさん、僕を治癒してください! そうすれば回復して、帝都に行ける!」
けど、エリナは静かに首を振った。
「ダメだよ、クオンくん。振動体のダメージは、治癒術では回復できない。試したから、もう判ってる。君にはもう少し、休息が必要だ」
「く……」
僕は思わず歯噛みした。キャルが危険にさらされてるかもしれないのに――僕は何もできないのか? 満足に動くことすらできない!
地面に座ったまま拳を握りしめた僕の傍に、ネラが寄って来た。
「クオン……戻ろうよ」
薄緑の髪を揺らして、ネラが心配そうな顔を向けている。
僕は――自分の苛立ちを、ネラにぶつけた。
「お前! 何か知ってるんじゃないのか! キャルを罠にはめるような、手口とか、隠れ家とか!」
「……ごめん。なにも――知らない……」
ネラは泣きそうな顔で、そう小声で言った。
その直後に、エリナが声をあげる。
「クオンくん! ネラにやつあたりしてもしょうがないだろ! ……君らしくないぞ…」
僕は、何も言えずにうつむいた。
その僕に、エリナが言った。
「学校の生徒の目撃談では……キャルちゃんは、自分から裏門に向かっていったそうだ。正門でカサンドラのつけた二人の警護と待ち合わせしてたにも関わらず、だ」
僕は――驚きの中で顔をあげた。
「キャルが……自分から、出て行ったって――ことですか?」
「少なくとも――争った後や、拉致された形跡はない。今のキャルちゃんなら、大概の戦闘力では相手にならないはずだ。だから無理矢理連れていくのは、難しいだろう、と思う」
そんな……。
僕は絶句するしかなかった。
そんな様子の僕に、エリナは言った。
「それに……キャルちゃんは、『考えたいことがある』って書き置きして出ていったんだ。考えたいことを考え抜いたら……戻ってくる、ってこともある」
「戻ってこなかったら?」
僕の問いに、エリナは苦笑した。
「それは……それがキャルちゃんの意志――って事なんじゃないかな?」
「そんなこと――」
そんなの……嫌だ。嫌に決まってる。
もうキャルに会えないなんて……そんなこと、認めたくない。
「なあクオンくん……私たち、三人で暮らしてた時と違って、キャルちゃんのこと――ちゃんと見てなかったのかもしれないな」
エリナはそう言って寂しげに苦笑した。
「大人の事情に……つきあわせてただけなのかもしれないよ。『君のためになる』って言ってね。まあ、それは嘘でもないし、間違いでもないんだけど。――本人の『今』の気持ちを、ちゃんと汲んだ結果じゃなかったのかもなあ」
エリナの言葉に――僕はなんとも言えなかった。
そうなのかもしれない。
けど……キャルの気持ちって、なんだったんだろう…。
キャルの気持ちを判ってるつもりで――僕は、全然判ってなかったんだ。
キャルがいなくなるまで気づかなかったなんて……
僕は人の気持ちを、ちゃんと汲んだりできるような人間じゃないんだ。
そう思うと――ふとさっき、ネラにキツいことを言ったことを想い出した。
「――ネラ、さっきはごめん。キツく言い過ぎた」
ネラが僕の言葉に、驚いたように眼を開く。
と、ネラは首を振る。
「ううん……。結局、ボクの裏切りのせいで龍王の分体は奪われちゃったんだし……。信用されないのは――当たり前だよ…」
そう言うとネラは、涙ぐんだ顔を隠すようにして駆け出した。
「ネラ!」
まずい。やっちゃったか――僕の身勝手なひとりよがりで、ネラを傷つけたか。
僕は、ネラの後を追った。ネラは人通りの少ない路地に入って、壁を向いて泣いていた。
「ネラ……ごめん。信用してないなんてこと、ないんだ。ただ……何か情報を知ってるかもって思っただけなんだ。――悪かった」
「敵だったんだし……信用されなくて当たり前だって言ってるじゃん!」
ネラは僕に背を向けたまま、そう壁に向けて怒鳴った。
そのまま――うつむいて、肩を震わせている。
「自分でも判ってるから……だから、もうあんまり優しくしないで……」
「なに言ってるんだ? 優しくなんかしてないだろ」
僕は申し訳なく思いながら、そう言った。
「……自分のふがいなさに腹を立てて、その苛立ちを女の子にぶつけるような――ちっちゃい人間だよ」
「ボクのこと――女の子って見てくれるの……?」
振り返ったネラが言ったのは、そんな言葉だった。
「当たり前だろ? ネラは女の子だろ」
「……恐がらせる以外に、そんな風に気づかいされたことなんてないんだ。そんな風に優しくされると……ボクは、クオンなしで生きられなくなる――」
ネラはそう言うと――うつむいた。
僕はそれを見て、口を開いた。
「なに言ってるんだ。幸せになって世界を見返してやれって言ったじゃないか。ランスロットたちだって、お前を認めてくれたし、エリナさんもお前を助けてくれたんだろ? ……優しい人だって沢山いるんだ。お前がまた裏切るなんて、僕はもう思ってないし、信用してないわけじゃない。みんなもそうだよ」
ネラが顔を上げて、僕を見つめる。
「……あの時、あのまま死んじゃえばよかったんだ。クオンの腕に抱かれて――」
ネラが泣き顔に微笑を浮かべた。
と、不意にネラが、僕の腕の中に飛び込んでくる。
「それがきっと……一番、幸せだった……」
ネラが、僕の胸に頬を寄せて、そう囁いた。
小さい姿のネラは、僕にしがみつくように僕の身体を抱きしめる。
「死んで言い訳ないだろ……。これから、生きていくんだよ」
「――ね、どうしてそんなに……ボクのこと助けてくれるのさ…」
ネラは僕の胸に頬をつけたまま、そう訊いた。
僕は、正直なところを口にする。
「……多分、似てる、って思ったんだ」
「似てる? ボクと、クオンが?」
ネラが顔を上げて、僕を見た。僕は頷く。
「傷つけられて、痛い目にあって……苦しくて、うずくまって、我慢して――けど遂に耐えきれなくなって。それで、勇気を出して反抗したら、逆ギレされて殺されて……。ネラの話を聞いた時、びっくりしたんだ。僕もそんな風に、カリヤに殺されて、この世界に来たんだ」
そう話してみると、本当に最悪だ。僕の前世はほとんど、いいところがなくて――僕は、そんな自分を知ってる。
「クオンもきっと……苦しかったんだね」
「けど、今はなんとかやってる。お前だって――きっと新しく生きていけるんだ」
僕がそう言うと、ネラは再び僕に抱きついた。
「じゃあ……ずっと傍にいてよ、クオン。ボクは……何処へも行かないよ……」
僕の胸の中で、ネラがそう口にする。
僕は――返答に困った。
「困ってるの? 正直だなあ、クオンは……。やっぱり、こんな汚いボクなんか、嫌いだよね……」
ネラの泣き声がして、僕は思わずはっとなって、その顔を僕に向けさせた。
「汚いなんて、そんなこと言うなよ! お前は汚くなんかないよ。自分を大事にする気持ちがあれば――誰も人の魂を汚すことなんてできないんだ。お前の身体も、魂も……綺麗なままだよ」
僕の真剣な言葉に、ネラは眼を見開いていたが――顔をくしゃっと崩して涙をにじませた。
「だからぁ……優しくしないでって言ってるじゃん…」
そう呟くとネラは、僕の胸に顔をうずめて――小さい声で泣き始めた。
多分……本当はずっと泣きたかったんだろう。
けど、泣くこともできなかったんだ。
小さな肩を震わせて泣いてるネラが、とても頼りなげだった。
僕はその身体を、そっと抱きしめる。
「ごめんな……」




