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3 キャルの逡巡

 

 キャルとビクトルが隠れるように歩いてたどり着いたのは、一件の宿屋だった。

 部屋に入ると父親ビクトルは、ようやく安心したかのようにフードを脱いだ。


「うん……これで少し落ち着いた――」


 ビクトルはテーブルの傍にある椅子に腰を下ろす。と、傍らに立ったままのキャルを見て口を開いた。


「……ちょっと見ない間に大きくなったなあ、キャロライン。帽子をとって、ゆっくり見せてくれないか」


 キャルは言われるがままに、帽子を脱ぐ。

 ビクトルは涙に潤んだ眼でキャルを見つめていたが、ふとこぼした。


「知らないうちに、少し大人の顔になったな。……それに綺麗になった」


 ビクトルは眼を細めて、少し寂し気な微笑を浮かべた。


「肝心な時にお前を守れなくて、本当に済まなかった――。お前はミゲルに捕まって、その力を利用されてるのだとばかり思っていた……。あれから何があったのか――お父さんに話してくれないか」

「うん……」


 キャルは父の向かいの席に座ると、それまでの事を父親に話した。


 護送中に逃げ出して、追手に捕まりそうになり――クオンに助けられたこと。首の爆弾つきリストレイナーをクオンとエリナに外してもらったこと。そして三人で『ブランケッツ』という冒険者パーティーになり、色んな冒険をしたこと。


 カサンドラという仲間も増える中、バルギラ公爵がミゲルだと判り、スペシャル・クエストのために氷龍王キグノスフィアに会ったこと。海龍王マルヴラシアンと氷龍王キグノスフィアの分体を、龍王たちから預かったこと。


 そしてバルギラ公爵に捕まり洗脳されて『白夜の青炎』の力を使い、『皇帝の黒剣』ジュール・ノウを倒すために利用されたこと。ジュール・ノウが倒れた後、バルギラが皇帝レオンハルトを倒そうとしたところを、仲間に洗脳を解かれて、皆の力でバルギラを倒したこと――


 ビクトルはキャルの話を驚きの顔で聴いていたが、特にキャルが『白夜の青炎』の力に目覚めたことに注意を向けた。


「それで『白夜の呪宝』と『青炎の呪宝』は、今一つになって、お前の中にある――という事なのかね?」

「うん」

「……その力を、お前は自分の意志で自在に使えるのかい?」

「うん……。あの、操られてた時みたいに、広範囲にその影響が出るような使い方はできないけど、青炎は自分の意志で出せる」

「なんということだ……」


 ビクトルは恐ろし気な顔をして、片手で顔を覆った。


「どうしたの、お父さん? 呪宝が分かれてて人に操られるより――ずっといい状態だよ?」

「キャロライン、お前が持ってる力は大変なものだ……。お前はほとんどの遠距離攻撃を無化できる、氷龍王の真の力を持った人間、ということになる。それほどの力を持つお前が、将来、帝国に利用されないわけはない」


 ビクトルはそう言うと、ため息をついた。

 けどキャルはそこで、父に言い返した。


「わたし……ずっと仲間だったカサンドラが長官の警察なら――信用して一緒に仕事ができると思う。わたしの力も、多くの人を助けるためになら使いたい」

「そんな綺麗ごとばかりの話じゃないんだ!」


 ビクトルは大声をあげた後で、その事を謝った。


「あ、いや、すまない……。しかしキャロライン、ガロリア帝国はお前が考えてるほど綺麗な国ではない。いずれ必ず、お前は侵略戦争に狩り出されるだろう」

「……侵略って、よその国と戦争するための?」

「そうだ――帝国はそうやって版図を広げてきた国だ。お前はその力を使って、人殺しをしたいのかい?」


 ビクトルの言葉に、キャルは首を振った。

 ビクトルは頷く。


「そうだろう。けど、今のまま――お前が獅子王戦騎団として認知されてるこの状況では、お前は帝国の命令に背くことはできまい。……キャロライン、よく聞きなさい。そのクオンという少年をはじめ、お前を助けてくれた仲間はいい人たちかもしれない。けれど、お前が帝国にとどまる限り、お前は平穏な暮らしはできない」


 ビクトルはキャルの眼を見て、強く断言した。

 キャルは、その目力に押される。


「私と一緒に帝国から出て、誰も知らない処で静かに――平和に暮らそう、キャロライン。それが……お前が本来過ごすはずだった、普通の少女の当たり前な幸せの暮らしのはずだ」


 ビクトルはそう言って、キャルを見つめた。

 キャルは動揺と戸惑いに襲われる。


「そ、そんなこと言われても――カサンドラたちも心配するだろうし……」

「警察長官になった仲間かい? その人は立派な人だろうが、権力側に就くことを選んだ人だ。皇帝の愛人になった人もね。仲間だった頃はよかったかもしれないが――皆、大人として自分の人生を歩みだしている。いつまでも仲間ではいられない。別々の、自分の人生にとって一番いい選択をしなければいけない時だよ、キャロライン。……お父さんと一緒に、静かな処で暮らしてくれないか?」


 ビクトルは静かな口調で、キャルに言った。

 キャルはうつむく。


「けど……クオンは――」


 キャルの眼に、涙が溢れてきた。

 それは、自分でも思いがけないことだった。

それを見たビクトルが問う。


「……そのクオンという青年は、私たちと一緒に来てくれるかな?」


 キャルは顔を上げた。


「クオン……が――?」

「そのクオンくんが一緒に来てくれるなら、三人で帝国を出てもいい。クオンくんは、それだけお前のことを、本当に考えてくれる人なのかね?」

「クオンは――」


 ずっと自分を守ってくれた。そう言いたかった。

 けどそれは……クオンが親切だったから。優しかったから。

 誰にでもそうだったのかもしれない。カサンドラにも優しかったし――ネラにも。


「クオンくんがお前のことを本当に考えてくれる人なら――お父さんが説得をしてもいい。そしたら一緒に、帝国を出よう」

「お父さん……」


 キャルはまだ戸惑いを捨てきれない。そのキャルを、ビクトルはじっと見つめた。


「お父さんはね、お前に戦ったり、危険なことをしてほしくないんだ。自分の娘が『白夜様』に選ばれた時――本当はそれに抗するべきだった。その時の勇気のなさで、お前に大変な運命を背負わせてしまった……。お父さんはもう決して、お前を不幸にしない」

「お父さん……」


 キャルは涙目で父親を見つめる。ふと、ビクトルは微笑んだ。


「……アルサマード共和国に行こう。あそこは共和制といって、皇帝のような絶対権力者がいない国だ。政事に市民が参加できるし、奴隷制を一番早くに廃止した先進的な国だ。あそこで、新しい――普通の暮らしをしよう、キャロライン」


 キャルは戸惑いながら――ビクトルを見つめた。



○  ○   ○   ○   ○   ○   ○   ○



 眼が覚めると、僕はベッドに寝ていた。


「……何処だ、ここは――」


 上半身を起こすと、足元にいるものに気付いた。

 ネラだ。僕の脚元で、椅子に座ったままベッドの端に突っ伏して寝ている。


「腕がある……」


 両腕を枕にして寝ているネラには腕がある。細胞増殖の異能で、復元したらしい。

 両腕を失くしたネラに、誰かがたんぱく質を与えたんだろう。


「それにしても、ここは何処だ? ネラ! 起きてくれ、ネラ!」


 僕が声をあげると、ネラが目を覚ました。


「ん……む…。――あ! クオン、起きたの!?」

「起きたの、じゃないよ。自分は寝てるし。寝るんなら、ちゃんと自分のベッドで寝ろよ」

「クオン……」


 僕の言葉を聴いてるのか聴いてないのか――ネラは眼に涙をためて僕を見つめた。


「クオン……ずっと起きないから――心配したんだよ……」

「なに言ってるんだ。僕は振動体を使った反動で寝てただけで、両腕を失くしたお前の方がはるかに重傷だったんだぞ」


 僕がそう言うと、ネラは涙目でまた僕を見つめる。

 

「そんなこと言ったって……丸二日も起きなかったんだぞ。このまま、起きないのかと思うだろ……」


 そう言うとネラは、両手で眼をこすり涙を拭き始めた。

 また、二日も寝てたのか。やっぱり、連続で使ったのは大きかった。


「……泣かなくてもいいだろ」

「だって――ボクみたいな奴を助けるために、クオンが死んだら……」


 ネラは泣きながら、そう言った。僕は少しいじましく思ったけど、一応、思ったことは言うことにした。


「そんな風に、自分を卑下するのはやめろよ。……もういいんだ」


 僕がそう言うと、ネラは真っ赤な眼で僕を見た後、脚元のシーツに突っ伏して泣いた。僕は少し――それを見ていた。


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