6 亜次元硬質体
スレイルは真剣な面持ちで、口を開いた。
「ぼくは以前にバルギラと戦い、32人のバルギラの魔法を魔導障壁で止めようとして……無理だったことがある。あそこでレオンハルトが来てホールを使わなければ、ぼくも――それからその場にいたカサンドラを含めた皆も、多分、死んでたはずだ」
スレイルはそう話すと、口惜しそうにぐっと唇を噛んだ。
「あの時、レオンハルトもその攻撃をホールの亜次元に流しきれず、身体を半壊させた。彼に魔能がなければ死んでたはずだ……。ぼくはあの時、誰も守り切れなかった――その時の反省を踏まえて、僕は魔導障壁よりも強固な防御魔法が必要だと考えたんだ」
スレイルは顔をあげると、うっすらと微笑を浮かべた。
「力場魔法を元にした魔導障壁では、相手のエネルギー量が上回れば障壁は破られてしまう。ホールのような亜次元穴にエネルギーを流し込むのは、相手のエネルギー量が関係ない分、有効だが、亜次元穴を開けることそれ自体に相当量の魔力が必要で、穴を十分に大きくできないとそのエネルギーを吸収しきれない弱点がある」
スレイル一人考えながら喋り、ビヤルはそれを眼を見開いて聴いていた。
「そこでぼくが考えたのが、魔力ではなく物理的に防御する方法で、魔法でその物理的な壁を作る魔法だ。しかし氷壁のような物理的防御法も、物理的な硬度によって防御力が決定し、しかもその硬度はそれほど高くはない。そこで考えたのが、携帯珠などにも使われる亜次元断層の『中』にある、亜次元空間の『空気』ともいうべきものだ」
「亜次元の……空気じゃと?」
「正確には、亜次元空間を満たしているもの、だ。ぼくはこれを亜次元素子と名付けたが、これを集積するとかなりの硬度を持つ材質に転換できることが判った。その上で、衝撃を吸収分散するような粒子構造を生成し、壁を作る――という魔法を生み出した。それが亜次元硬質壁だ」
スレイルはそう話すと、満足げに微笑んだ。
「実戦で使ってみるのは今日が初めてだけど――なかなか上手くできた。これなら、相手のエネルギー量を無視して、攻撃を無化できる」
「き……貴様――」
ビヤルはうつむいて肩を震わせている。
が、急に顔を上げて、スレイルに怒鳴った。
「貴様のような天才がいなければ! わしは宮廷魔導士のなかで第一人者として生きていけたんだ!」
「それは……ぼくのせいじゃないでしょ。君の問題だな」
「黙れぇぇっ!」
ビヤルは紫黒の光線を発射する。が、それを亜次元硬質壁が遮る。
「貴様の魔法なぞ! わしの魔力でぶち破ってくれるわ!」
「……ふむ、強度を見てみるいい機会だ」
ビヤルは全身から黒炎を放出しながら、光線を出し続けた。
その光線の威力はとてつもなく大きいものだったが、亜次元硬質壁はそれを完全に遮断している。
「ク……くそおぉぉっ!」
苛立ちの声をビヤルがあげると、その黒炎が一層に強まった。
一気に、身体を包む黒炎が巨大に膨れ上がる。
「わしは最強なんだ――わしが最強、ワシがサイキョウ――」
黒炎の中で、ビヤルの眼だけが巨大に赤く輝いている。
ビヤルは口を割れたように開くと、そこから黒炎を吐き出した。
「ササササイキョウ……サイサイ、サイキョ――」
「まずい! 暴走してるぞビヤル! すぐに魔力放出をやめるんだ!」
スレイルは様子のおかしくなったビヤルに呼びかけた。しかし、もはやビヤルは正気を保っていない。
「サイサイサイサイサイサイ――キョ――――――ッ!」
頬や腕が破れ、黒炎が洩れ始める。
その黒炎の勢いは、周囲に大きく広がり始めていた。
「やむを得ないか……」
スレイルは眼を細めると掌を前に出した。
「亜次元立法檻!」
亜次元硬質体の壁が、立法体の形でビヤルを取り囲む。
すりガラスのような視界の向う側で、ビヤルは黒炎を身体から放ちながら絶叫をあげた。
「キョキョキョ……キョエ――ケッケッケ――ッ!」
ビヤルの身体が一段と膨れ上がる。
と、次の瞬間、ビヤルは亜次元立法檻のなかで爆発した。
凄まじい業火が巻き起こるが、立法檻はそれを完全に防いでいる。
「ビヤル……いや、なんて言ったっけ? そうだ、バリアッド。ちょっと無残な最期だな」
スレイルはそう呟いて、渋い顔をした。
それを見届けたレガルタスが、ガリーモールドに声をあげる。
「ガリーモールド、赤目のビヤルは自爆したぞ。……お前たちの竜芽のせいだな」
「クク……ニンゲンどもが幾ら犠牲になろうと、俺たちの知ったことではない。しかし――そういう方法もあったな」
ガリーモールドはそう言うと、眼を赤く光らせた。
と、それが合図になり、残っているドラモグラーの身体から黒炎が巻き起こる。
「奴らの自爆はそれなりの威力だ。すべて封じきれるかな? そして……もう遊びは終わりだ!」
ガリーモールドの身体が膨れ上がり、巨大な黒竜へと変化していく。
その姿は体高10m以上はある、黒地に黄色のラインの入った巨大な竜へと変貌した。
「これが……剛魔竜ガリーモールド――」
カサンドラは慄きとともに、その威容を見上げる。
と、その竜は巨大な口から牙をのぞかせて、にやりと笑った。
「我にひれ伏せ、ニンゲンども!」
ガリーモールドが凄まじい黒炎を吐き出す。
カサンドラは背後を振り返った。
カサンドラ本人は、火攻域に覆われているため防げるかもしれない。
しかし背後にいる班員たちには、この業火を防ぐ術がない――
「亜次元硬質壁!」
気づくと――カサンドラの前に、亜次元硬質壁が出現していた。
その硬質の壁は横に広く、黒炎を完全に防いでいる。
いつの間にかスレイルが、片手を出してカサンドラの傍に立っていた。
「班員たちを心配したんだろう? 君らしいな」
スレイルは業火を防ぎながら、カサンドラに向けて微笑む。
カサンドラはその姿に、思わず赤くなった。
「あ…ありがとう」
「防御は大丈夫だ。ドラモグラーの自爆も防いでくる。君は、あの竜と存分に戦ってきたらいい」
スレイルの微笑みに、カサンドラは力強く頷いた。
「ウオオオオオォォォッ!」
カサンドラは咆哮すると、火攻域の威力を高める。
その紅蓮の炎をまとったカサンドラは、巨大なガリーモールドへと駆け出していった。
「よし――次は、こっちだ」
スレイルも移動すると、黒炎を全身から立ちのぼらせるドラモグラーに、掌を向ける。
「ディメンション・ケージ!」
スレイルの魔法で、ドラモグラーが硬質壁の立方体の檻に囲まれる。
そのドラモグラーはなおも黒炎を放っているが、その炎は完全に防がれた。
スレイルは疾走すると、残る6体のドラモグラーすべてを硬質檻に閉じ込める。
やがて息をつきながら、スレイルは両手を膝に着いた。
「はぁはぁ……息が切れる――魔力はともかく、体力不足かも……」
「よぉ、色男、やるじゃねえか!」
傍にロンが来ると、肩で息をするスレイルの背中を叩いた。
汗を垂らしながら、スレイルは苦笑してみせた。
「なんとか自爆は封じたけど――もう魔力がない。ガリーモールド討伐を手伝える余力がないんだ……」
「まあ、あの化物竜が相手じゃあ、オレたちも加勢できない。足手まといになるばかりだ。が……レガルタスと、お前にメロメロの長官様がなんとかしてくれるさ」
ロンはそう軽口をたたいて、笑ってみせた。
と、その背後で、硬質檻の中で全てのドラモグラーが暴走爆発する。
スレイルはそれでも心配そうに、カサンドラを見た。
巨大な黒竜に向かって、レガルタスが先行して走っていく。ガリーモールドは身体を翻すと、レガルタスを巨大な尾で打ち払いにいった。
レガルタスは跳躍して、その尾を躱す。しかしその尾は、その軌道のままカサンドラに襲いかかった。
「――カサンドラ、危ない!」




