交渉
「ふざけているのか! この状況が見えていないのか!」
とスミス少佐は叫んだ。
「そんな大きな声を出さなくても聞こえますし見えていますって。で。要求は何なんですか? 賃上げですか? それならお門違いですよ」
「誰がそんな事を要求するか! まずはお前たちが落としたあの艦隊の元へ行け! そこでこの裏切り者を引き渡す」
「あの艦隊の落ちたところって、北の海の上ですよ。荒れていますよ」
とシバは答えたが、実際のところ最後に出て来た三隻の戦艦以外はぎりぎりのところで海面すれすれで飛行は出来ていた。アキトも頭に血が上っていてもそこは冷静だった。
「つべこべ言うな。黙って向かえ!」
とスミス少佐は怒鳴った。
「はぁ、それじゃあ向かいましょう。それで私共は解放されると?」
「ああ、ついでにこの戦艦も置いて行ってもらう」
「これは単なる飛空艇です。戦艦ではありません」
「お前の意見はどうでも良い。とにかく、黙って向かえ!」
とシバの言葉は聞き流されてしまった。シバは少しイラついた。
「子爵の命とこの艇を手土産に、我々の命は保証すると?」
「そういう事だ」
「それを信じろと?」
「くどい!」
スミス少佐が切れ気味に怒鳴った。
シバは黙ってクラーキン子爵に視線を移した。子爵は目を閉じ流れに身を任せる様に、泰然自若としてソファに腰を掛けていた。もう一人の軍人サンダース少佐はスミス少佐を睨みつけたまま、反撃の為の隙を窺っているようだった。
「はぁ……ところで何で少佐はラシール帝国の犬に成り下がったんですか?」
とシバは今この部屋に漂う緊迫した空気を、全く感じていないかのような口調で質問した。
「はぁ? 貴様は何が言いたい?」
流石にスミス少佐もシバのあまりにも場違いなこの緊張感の無さに、更にいら立ちを感じた。あるいは『犬』呼ばわりされた事に腹を立てたのかもしれない。
「いや、あそこに向かうのは良いんですけどね。それはそれで、少佐は王国連合ではそれなりの地位にある訳じゃないですか? もしかしたら今回の事で『成功したらラシール帝国の貴族にでもしてやる』とか言われました? 私はそれが気になって仕方ないんですよ」
スミス少佐は騎士爵だった。準貴族的な立場だったが、その地位は世襲できず貴族とは一線を画していた。そうはいっても彼は庶民から実力でこの地位まで登って来た職業軍人であった。そう言った経歴の軍人は上昇志向が強く、そこを他国から狙われてスパイとしてスカウトされる事は珍しい事ではなかった。これはどこの国でも同じ事が言えた。そこをシバは突いた。
「お前には関係のない事だ」
とスミス少佐は狼狽したように声を荒らげた。
「ま、確かにそうなんですけどね。ちょっと興味が湧きましてね。でもやっぱりそうなんですね」
どうやらシバの想像は案外核心を突いていたようだ。
「能書きはもうそれ位でいいだろう。さっさと向かえ!」
とスミス少佐は相当苛立ったように怒鳴った。
「そんなに怒鳴らなくったっていいじゃないですか。 はぁ……」
とシバは落胆したようにため息をついた。
そして
「本当に気の短い人だな……じゃあ、さっさとその子爵の首でも落としてくださいよ。その短剣で」
と事も無げに言った。




