雫
「ありがとうございます。でもやはり一気に魔力を持っていかれました」
とソフィアは少し表情を強張らせながら言った。一気に大地と空間を、そしてそこにある全ての生物・魔獣の類までも凍らせてしまう魔法である。その使用する魔力量は通常の魔法とは比べるまでもなかった。
「ソフィア様の魔力量であれば、この程度なら慣れれば大丈夫でしょう。そうなれば同時に氷壁を展開する事も可能になりますよ」
と姫巫女はそれ程、ソフィアの魔力の消費を気に掛けていなかった。
「そうなんですね」
とソフィアは答えながらも
――それは流石に直ぐには無理でしょう――
と思っていた。
それを見透かしたように姫巫女は微笑むと、片手を顔の前に持ってきて
「フリージング・フィールド」
と呟くような声で言った。その言葉以外は無詠唱だった。
その瞬間ソフィアの放った魔法の後を上書きするような冰結界が現れ、神殿の前庭に見上げるような氷壁が立ち塞がった。
「凄い……」
とソフィアは絶句した。
「ね? 簡単でしょ?」
と姫巫女は笑って言った。
既にソフィアを眷属としている姫巫女にとって彼女の状況は、手に取るように分かっていた。
ここでの修練は魔導書に書かれている高度な魔法の会得が目的である。言ってみれば姫巫女クラスの魔力が無いと行使も叶わない魔法であった。その姫巫女と同じ程の魔力を持っているソフィアである。姫巫女は何も心配はしていなかった。
その上、彼女は転生者であり、魔導書が自ら主と選んだのである。本人は気が付いていないが、姫巫女も驚くほどの早さでソフィアは魔導書の魔法を自分のモノにしていた。
「この調子だと、それ程時間を掛けずともソフィア様は自分のモノにされそうですね。焦らずにやりましょう」
と姫巫女は感心したように言った。
その様子を遠目に見ていた二匹の幻獣の背後に、黒い影が浮かんでいた。
「なんだか懐かしい魔法の匂いがしますね」
とその黒い影は二匹の幻獣に背後から声を掛けた。
『翡翠』と『白銀九尾』が振り向くとそこには、風にたなびくシルクのような薄い布地が幾重にも重なった軽装な白いローブを羽織った美青年が立っていた。
朝の陽の光を浴びた白銀の長髪は光り輝き、肌は陶器のように白く滑らかだった。そしてその瞳は全てを見透かすかの如く深く澄んだサファイアブルーであった。
「なんだ『雫』か。お前も来ていたのか?」
と『翡翠』が声を掛けた。
「来るも来ないもありません。あなた方はこの朝の清々しい空気を何だと思っているのですか? 本当に騒がしい」
と『雫』と呼ばれたその美青年は嘆かわしそうに首を振った。彼は幻獣『シルフィード』である。姫巫女からは『雫』と呼ばれていた。今は人の形をしているが、巨大な大鷹の幻獣である。
「そう言うなよ。姫巫女様が新しく眷属に迎えた皇女殿下に魔法を授けているところだよ」
と『翡翠』は『雫』に状況を簡単に説明した。




