スサノ帝の記憶
「うむ。そうである。皇女殿のお父上と我が草庵で茶を点てながら、話をしたのを昨日の事の様にまだ覚えておる」
とスサノ帝は言ってグラスを煽った。すかさずシバが空いたグラスにビールを注いだ。
注ぎながら
「その時なんてお答えに?」
と聞いた。
「ま、『自分で考えろ』としか言っておらん……というかそれ以外答えようが無いではないか? そもそも余は一国の皇太子に指図する立場にない」
「それはそうですけど、普通何か言うでしょう?」
とシバは更に詰め寄った。
重鎮三人はシバのこの態度にハラハラと気を揉みながら見守っていた。これはシバやアキトだけに許された態度である事は分かっていたが、一国の帝に対して不遜な馴れ馴れしい態度である。しかしそれはそれとして、彼らもこの話の続きが聞きたくて仕方なかったのであった。
「うむ。お主の言う通り、そのひとことだけで終わらせるほど、余は冷たい男ではない。ただ運命論めいた話を説いただけだ」
「と言いますと?」
「その話を今ここでしろと?」
「はい」
とシバはにこやかに笑って言った。
「うむ」
とスサノ帝は答えてソフィアに視線を移した。
ソフィアは黙って頷いた。
「うむ。これも縁か……なる程のぉ」
とスサノ帝は、自分の中で納得したように頷くと
「皇帝の息子として生まれたのも運命。正室の息子として生まれたのも運命。兄が側室の子として生まれたのも運命。その兄が辺境伯として出立し、帝位を譲られたのも運命。そういう事実を認めずに逆らってばかりだと、自分の人生そのものを否定する事になると。
自分の境遇の全てを否定する……そういう生き方も間違いとは言わないが、本来あるべき姿から目を背けるという事は、人生を遠回りする覚悟があるかどうかという事だ。人生には流れというものがある。川の流れのようなものだと思えばよい。その流れに逆らって泳ぐのは大変な労力を必要とするし、予想もしないところに流されるかもしれない。
それに立場が立場である。あなたのお父上はその時皇太子であった。その国の長が乱れると国が傾く。身体が斜めになれば影も斜めになる。皇女殿のお父上は皇帝の息子である……その立場の人間が迷うともれなく民も迷う。その責任からは逃げられないと……そんな話をさせてもらった」
とスサノ帝はソフィアに語り掛ける様に、その時の事を口にした。スサノ帝らしい人生訓であった。
そしてその口調は孫に父親の昔話を語るような優しさに満ちたものであった。
重鎮の三人は驚きながらスサノ帝の話を聞いていた。これほど長くスサノ帝が語る事は珍しい事であったからである。
「なるほど……その後の事は僕も覚えていますよ。フェリーが帰って来るなりスッキリした顔で『国へ帰る。立太子の礼に出る』と言い出しましたからね」
とアキトはその時の事を思い出しながら言った。
それを聞いてシバも頷き
「流石、大王だけあって良い話をしますねえ……説得力が違う……」
と感心したように言った。
「茶化すでないわ」
とスサノ帝は苦笑いを見せながら
「その時、皇女殿のお父上は『民の為に立つ』と決められたのだよ」
とソフィアに優しい視線を投げかけて言った。
ソフィアは真剣な表情で、黙ってスサノ帝の眼差しを受け止めた。




