姫巫女の神殿
ソフィアは千灯と歩調を合わせて隣を歩いていた。
「それにしても綺麗ですね」
とソフィアは光り輝く灯籠で照らされた参道を歩きながら、感嘆したように千灯に話しかけた。
「はい。私も何度か父や祖父に連れられて一緒にここを登った事がありますが、いつ来ても感動します。この参道を一歩一歩、歩みを進めるたびに浄化されているような気持ちにもなります」
と千灯は答えた。もう先ほどまでの不安げな表情は微塵もなかった。
暫くして二人は神殿の前の広場に出た。大きな鳥居が二人を出迎えてくれた。
石灯籠の灯りに照らされた神殿が目の前に現れた。鳥居をくぐり石畳を歩き神殿の前に立った。
神殿の格子戸が音もなく開くと、拝殿で守護巫女五人が座して二人を出迎えてくれた。
「お待ち申しあげておりました」
と筆頭守護巫女の出雲 緋沙子が頭を下げた。
『御神火』を届けに参ったのが当主伊織ではなくその孫娘の千灯であるのを咎めるでもなく、不審がるのでもなく淡々とその勤めを果たしているようであった。
千灯はランタンを両手に持ち直すと、拝殿の奥へと進み緋沙子の前に正座しランタンを手渡した。ソフィアはその千灯の後ろに同じように正座して控えた。
「確かに受け取りました。ご苦労様でした」
と出雲 緋沙子は再び頭を下げ、そのまま正面に向き直った。
「御開帳!」
と扉の両側に座った二人の守護巫女が声を発し御扉を開くと、目の前に御帳がおりていた。他の守護巫女が笛や太鼓、それに笙などで厳かに奏でると、御帳が静かに上がっていった。
その奥には姫巫女が鎮座していた。
その両脇には『翡翠』と『白銀九尾』が姫巫女を護るように座っていた。『翡翠』だが、今日は稚児巫女に擬態していた。本殿にいる時はいつもこの姿でいるようだった。
筆頭巫女の出雲 緋沙子は膝を曲げたまま、床を進み姫巫女の前に置かれていた三方の上にランタンを恭しく置いた。
姫巫女はそのランタンを黙って見つめていた。
「忌火の長はまた命を削りましたね」
と姫巫女はその労をねぎらうかのように千灯に声を掛けた。
「はい。祖父は何とか今年も『御神火』を自らお届けするつもりでしたが、それを叶える体力が残されておらず、僭越ながら私がお届けに上がりました」
と千灯は床に手をついて詫びた。
「良いのです。千灯よ。ご苦労様でした。それで伊織の具合は良いのですか?」
と姫巫女は気遣った。
「はい。それは皇女殿下の聖魔法で治癒していただきました」
と手をついたまま千灯は答えた。
姫巫女は視線をソフィアに移すと
「よくやっていただけました。私からも礼を述べさせてもらいます。それにこの聖域まで及んでいた邪気も祓っていただいたみたいですね。伏して礼を申し上げます」
と頭を下げた。
「いえいえ。こんな事位お安い御用です」
とソフィアは明るい表情で応えた。
「それでは」
と姫巫女が言うと本殿正面の神棚に対峙した。それを確認した神獣二匹は立ち上がり、ランタンを挟むように立った。するとランタンは浮き上がり姫巫女の頭上を越え、神棚の真ん中に静かに鎮座した。
「『御神火』は無事に納められました。壱番参りの儀は滞りなく終わりました」
と姫巫女は宣言した。
すると神殿の御神木を中心に周りの木々がまるで満開の夜桜が咲いたかのように美しく光り輝きだした。
それを祝うかの如く霊峰も光り輝きだした。
それを合図に、遠くで船の汽笛のような太い音色の音が鳴り響く。
トウイの国の人々が新年を無事に迎えられた事を喜び祝っていた。
「今年も無事に新年を迎える事が出来ました。伊織もさぞや安心した事でしょう。千灯よ。ご苦労様でした」
と姫巫女は千灯に向き直して再び労った。
「ありがたきお言葉です」
と千灯は伏して礼を述べたと同時に、大役を無事に務め終えた安堵感と満足感に浸っていた。
ソフィアはその姿を見て、自分が少しでも役に立てた事を嬉しく思っていた。
鳥居の前に二つの影があった。シバとアキトだった。
「無事に『壱番参り』が終わって良かったな……」
とシバが口を開いた。
「だな。ソフィアも頑張ったな」
とアキトも頷いた。
「さて。じゃあ、行くか……」
とシバは踵を返すと、参道の階段に向かって歩き出した。
「そうだな。まだ一滴も飲んでないしな」
とアキトは笑ってシバの後を追った。
シバ達二人は陰で離れて見守っていたようだった。
ソフィア達は邪気を感じていたが、実は魔物もこの聖域に入り込んでいた。それらが彼女たちの元へ行かないように、シバとアキトは離れた場所で魔物退治を行っていた。
参道の階段を降りていく二人の後ろ姿を見つめていたのは姫巫女だった。その二人の背に姫巫女は黙って頭を下げた。
それは二人も気が付かずにいた。
姫巫女の耳にはシバとアキトのくだらない会話が届いていたが、それを聞いて姫巫女は安堵したように微笑んだ。




