伊織とシバ
「先程は、迦炎殿のご仏前で線香を上げさせてもらいました」
とシバは故人を懐かしむような表情を見せて言った。
「それはありがとうございます。わざわざお越し頂き、せがれも喜んでおる事でしょう」
と伊織は頭を下げた。
「それはそうと、今日は伊織殿のご機嫌伺にも参りました。お身体の具合は如何ですか?」
とシバは単刀直入に具合を聞いた。
あの件以来忌火の職人の長である炎杜伊織の体調が思わしくない事は、周知の事実であった。
伊織自身もその時受けた厄災から、完全に治癒したとは言えない状況であった。
「ご心配をおかけして申し訳ありませんな。見ての通り寄る年波には勝てぬようですが、それ以外は大丈夫です」
と炎杜伊織は自嘲気味ではあるが気丈に答えた。
「決して無理はなさらないように。これからも元気に頑張ってもらわないと、この国の人々も困りますからね」
とシバは元気づけるように笑って言った。
言いながらも、彼が姫巫女の神殿に捧げる『御神火』がそれを生成するためにどれほど巨大な妖力を使うかをシバは熟知していたので、この言葉は気休めにしかならないと分かっていた。
まだその当時の傷も癒えているとは言い難い中、今回の『御神火』である。シバも炎杜の体調を心配していた。
そんな周りの心配をよそに炎杜伊織はいつも通りの職務をこなしていたし、今回の『御神火』もいつも通りこなそうとしていた。
そんな伊織の対応を見つめながらシバは、久しぶりにこの国へ来た時の事を思い出していた。
それは滞在して数日後の事だった。
副島八雲からの誘いで食事を共にする事となったが、その時に初めて三年前の『迦具土の凶変』と後にそう呼ばれるようになった災害の事を聞かされた。
「忌火の長は、けっして弱音を吐く人では無いが、あれ以来めっきり体力も落ち、お歳を召されたように見える。お世継ぎ殿がお亡くなりになった事も気落ちされている原因だと思っている。その中での昨年の『御神火』も神殿までの道は辛かったとお見受けする」
とシバに語った。
という事を思い返しながらシバは
「あまりご無理はなさらないように……それで差し出がましいのですが、今回の『御神火』の道中は私の艇で行かれてはどうですか?」
と伊織の表情を伺った。
「お申し出はありがたいが、お気持ちだけで十分です。まだまだ十分体力は残っておりますから」
と伊織は笑って言った。
それがカラ元気である事はシバには分かったが、だからと言ってこれ以上どうする事もできなかった。
暫く二人は談笑した後、
「あまり長居をしてお身体に差し障りがあっては申し訳ない」
とシバは早々に炎杜宅を辞した。
雪が積もった道をしばらく歩くとシバは振り返り、今出て来たばかりの炎杜宅を見て
「俺たちがその時に居れば、何とか出来たものを……」
と悔しそうに呟いた。




