遭遇
シバの言う通りこの草庵には姫巫女と聖域を護るように、季節ごとにその時一番妖力が強い幻獣が鎮座していた。この時期は『白銀九尾』と呼ばれる幻獣がこの草庵を護っているはずだった。
『白銀九尾』は別名『白銀の捕食者』と呼ばれる九つの尾を持つ狐の幻獣で、樹海の暗がりに潜む美しくも恐ろしい最強の存在であった。
シバに詰められて
「いや……それは……」
と『翡翠』は言い淀んで沈黙してしまった。
その時、シバの目の前に透き通るような純白の毛を持った九尾の狐が現れた。
「代わりに私が答えようかのぉ」
とそう言うとその九尾の狐は『ポン』と人の形へと変身した。
その姿は狐面を被った和装の妙齢の女性姿だった。
「白銀九尾か? どこへ行っていた?」
とシバが問いただすように聞いた。
「どこへも行っておりませぬ。ただ気配を気取られないようにしていただけですわ」
と『白銀九尾』はシバの問いをさらりと受け流していた。
「そうだったな……気配を消すのはお前の得意技だったな」
とシバは納得したようにうなずいた。
「それよりも丁度良い。主らに相談したいことがありました」
と『白銀九尾』は狐面を頭にずらして言った。狐面の下から素顔が現れた。それを見てソフィアは思わず
「綺麗……」
と呟いた。
「あら? ありがとう。嬉しいわ」
と『白銀九尾』はソフィアに笑顔を向けた。
「で、なんだ相談事って?」
とシバはそれを無視するように聞き返した。
「そう、急かさないでよね。せっかちな男は嫌われるわ」
と『白銀九尾』は言うと話を続けた。
「実は姫巫女様から主らがここに来ることを聞いて、『翡翠』と一緒にここで主らを待っていたのですよ」
「はぁ? 待っていた? それってどういう事だ?」
とシバは怪訝な表情を見せて聞き返した。
「シバよ。主は『翡翠』の霊力の強さを知っておりますよね?」
「ああ、知っている。『翡翠』はこの聖域の中でも随一の力を持っている。それにこの結界も全て『翡翠』の霊力から生み出されているのも知っている。ついでに言うと『翡翠』の強さの根源も知っている」
とシバは答えた。
実はシバとアキトはこの『翡翠』と呼ばれる幻獣『エルド・ヴェルデ』と一戦交えた事があった。
このトウイの国へ来て間がない頃に、何もわからずに聖樹海に入り込み、その足でずかずかと神殿まで乗り込んでしまったのだった。結界も張られていたが、彼らの魔力はそれをものともせず神殿まで辿り着いてしまった……と言うよりその結界は異世界からの転移者を認識しなかったというのが正しかった。なのでその時シバ達は、結界が張られている事にさえ気が付いていなかった。
シバ達の登場に驚いた『翡翠』は姫巫女様を護るため、問答無用でシバとアキトを前に巨大化して戦いを挑んだのであったが、シバ一人に軽くあしらわれてしまった上に、その様子を見ていた姫巫女様が戦いの途中で倒れてしまった。
慌てた『翡翠』が姫巫女様の傍で、心配そうに寄り添う姿を見てシバが言った。
「どうした? 俺はその人には何もしていないぞ?」
「そんな事は分かっている。それよりもお前らは何者だ? ここに何をしに来た!?」
と『翡翠』は姫巫女様を庇いながらシバ達に怒鳴った。
「ここを荒らすつもりで来た者ではない。ただ単にあの樹海を探索していたら、たまたまここを見つけて来ただけだ」
とシバは『翡翠』にここに来た理由を正直に話した。
「はぁ?! たまたまだとぉ?」
と『翡翠』は声を上げた。そんな間の抜けた答えが返ってくるとは思ってもいなかった。しかしシバの言う通りだった。通常は結界で守られて誰も気が付かないように隠されていたが、シバ達にはそれが通用していなかった。たまたま樹海の森から繋がる山の中腹に、何か面白そうな建物があるのをシバが見つけてやって来ただけである。シバの言う通り『たまたま見つけた』のであった。
その時、姫巫女様は身体をゆっくりと起こすと
「もうよい、『翡翠』よ。彼らからは敵意を感じません」
と言うと
「あなた方はこの世界の人間ではありませんね?」
と弱々しい声でシバに聞いた。何とか起き上がった姫巫女は、一目でシバとアキトが異世界からの転移者である事を見破っていた。
とシバはその時の事を思い出していた。




