二重スパイの使い方
「なんだ? 名案でも思い浮かんだのか?」
と伯爵は目を見開いて聞いた。
「提督の案、良いかもしれません」
とシバは晴れ晴れした様な表情で言った。
「なに? ソフィア姫を妃に出来るのか?」
と伯爵は喜びの表情を見せた。
――それだけは無いと言っただろう――
とシバは思いながら
「いえ。それは無理だと思いますが、そう思わせる事は難しくないと思いますよ」
と言葉を続けた。
「どういう事だ?」
伯爵はシバの言葉の意味が理解できずに首を傾げながら聞き返した。
「スミス少佐を使って、その情報をラシール帝国に流すんですよ。フェリーの親バカぶりは有名なんでしょ?」
「それはそうだが? もう少し詳しく話してくれ」
と伯爵はまだ理解が追い付いていなかった。
「ラシール帝国にスミス少佐から『まだ公にはされていないが、ブリアイル王国連合の王太子には既に婚約者がいる。それはモルタリア帝国のソフィア第一皇女殿下であるらしい』というニセ情報を先に流させるんですよ。幸い少佐がスパイである事がばれた事も、二重スパイである事も向こうは知らないんでしょ?」
「その通りだが、その話は親バカのフレデリック皇帝が聞いたら、怒り狂う話ではなかったのか?」
と伯爵は不安げな表情を見せて聞いた。
「その通りですよ。そのみんなが知っている親バカぶりを使うんですよ。どうせラシール帝国も知っているんでしょ?」
「間違いなく知っている。この情報を知らない情報部はモグリと言えよう」
と伯爵は自信ありげに答えた。
――そんなにあの親バカぶりは知れ渡っているのか……――
とシバは思いながらも
「でしょう? そこへスミス少佐にさっき言ったような内容のニセ情報を、ラシール帝国に流してもらうんですよ」
と何事もなかったように話を続けた。
「なるほど、しかしそれはすぐに嘘だと露見するのではないか?」
と伯爵はまだ不安を払拭できないでいた。
実際にそんな話は無いので、暫くすれば間違いなくガセネタだとラシール帝国に露見してしまう。
「そんな事はどうでも良いんですよ。例えばですよ。この情報を聞いた時点ではまだそれが真実かどうかなんて判断できないでしょう。そんな事よりも『ラシール帝国が親バカの娘の縁談を横取り&破棄させる』可能性の方が危惧すべき問題だとは思いませんか? それって間違いなくフェリーに喧嘩売ってますよね?」
と語るシバの表情はどこか楽しそうだった。
「うむ。もしそんな縁談があるのであれば、あの親バカ皇帝なら烈火の如く怒り狂ってラシール帝国に攻め込むかもしれんと思っても不思議ではない」
と伯爵もシバの話に身を乗り出して返事をした。
「その通り。普通ならそんな親バカな危険人物の皇帝の娘が絡んでいる話に、横から無理やり縁談を持ち込むなんて、間違ってもやらんでしょう?」
「確かにその通りである。そもそも最初の目論見自体が消し飛んでしまう。それこそ全面戦争になるだろう」
ここに来て伯爵もシバの話が完全に理解できたようだ。
「でしょう? で、この作戦の美味しいところは、情報は内密にラシール帝国に伝わるので公にはならない。この縁談が嘘であっても裏も取れないし、もし取れたとしても『スミス少佐が嘘の情報に踊らされた』だけの話ですむわけです。勿論フェリーはこの事を知る由もありませんし、知ったところで『それは単なる噂』という事で出所なんて分かりませんよ」
「なるほど……そう言う事か……それは名案じゃ」
「でしょう?」
「もしあるとしたら、『ガセネタを流したスミス少佐が二重スパイかもしれない』という疑念は生む可能性はありますけど……」
「うむ。それは仕方ない事じゃな」
と伯爵は間髪容れずに頷いた。
「そうですよね。国家にとってその程度の損失は仕方ない事ですよね」
とシバの口元が歪んだ。
「うむ。その通りじゃが……運送屋。お主も悪じゃのぉ」
と伯爵の目に怪しげな笑みが浮かんだ。
「いえいえ。お代官様ほどではございません」
とシバの目にも同じような笑みが浮かんでいた。
「ふふふ……」
「はははは……」
部屋の中で虚しくオッサンの笑いが響いていた。
2026.11.08 文章修正。




