第9話 三人目の友達
第9話 三人目の友達
リリアナ・ブラッドローズが掲げた最後のカードから溢れ出した闇の魔力は演習場全体を覆い尽くそうとしており、堕天王ベルゼフィアは六枚の黒翼を大きく広げながら不気味な笑みを浮かべ、その背後では魔界狼フェンリルまでもが膨れ上がる闇によって更なる強化を受けていたのだが、それ以上にエリシアが気になったのは対戦相手であるリリアナ自身の表情であり、彼女は勝利を求めているように見せながら本当は負けたがっているようにも見えてしまい、その矛盾した感情が何となく分かってしまうからこそ放っておけなかった。
前世の結衣も似たような時期があった。
勝ち続けても満たされず。
強いカードを集めても楽しくなくなり。
本当に欲しかったものが別にあると気付いてしまった時期が。
だから。
エリシアは決めた。
勝つ。
だけど叩き潰さない。
救うために勝つ。
「セリーナさん」
「考えていることは同じですわ」
言葉を交わす前から返事が来た。
エリシアは思わず笑う。
つい数日前まで恋敵だったはずなのに最近はカード仲間のようになりつつあった。
レオンハルトが観客席で呆れている。
「本当に仲良くなったんだな」
「なってませんわ」
「なってないよ」
また同時だった。
周囲から苦笑が漏れる。
その間にもベルゼフィアが魔力を高める。
もう時間はない。
エリシアとセリーナは同時にカードを構えた。
そして。
エリシアはデッキの中でも特別な一枚を引き抜く。
虹色ではない。
神話レアでもない。
だが。
仲間との共闘を前提に作られた有名カードだった。
「行くよ!」
「ええ!」
二人の声が重なる。
カードが輝く。
「ユニオンカード発動!」
「ユニオンカード発動ですわ!」
二つの魔法陣が重なる。
会場が震える。
エリシアは高らかに宣言する。
「召喚せよ! 《聖光姫セレスティア》!」
セリーナも続く。
「召喚せよ! 《蒼風姫ヴァルミリア》!」
純白の光。
蒼色の風。
二人の姫騎士が同時に出現する。
それだけでも圧巻だった。
だが本番はここからだった。
エリシアが叫ぶ。
「聖光姫セレスティアの特殊能力発動! 味方の光属性ユニット一体を指定し攻撃力と防御力を二倍化!」
セリーナも続く。
「蒼風姫ヴァルミリアの特殊能力発動! 指定ユニットの速度を三倍化し全能力を風属性へ変換!」
二つのカードが共鳴する。
光と風が混ざり合う。
エリシアはさらにカードを掲げた。
「連携条件達成!」
セリーナも同時に宣言した。
「ユニオンコンボ発動!」
会場全体が眩しく輝く。
そして。
エリシアとセリーナは息を合わせて叫んだ。
「「合体召喚!!」」
光柱が天へ伸びる。
二人の姫騎士が融合する。
現れたのは。
十二枚の翼を持つ神々しい少女騎士だった。
まるで伝説そのもの。
観客席が総立ちになる。
レオンハルトですら目を見開いていた。
「そんな召喚術が……」
エリシアは笑う。
これこそ世界大会決勝でも使われた有名な切り札。
友情と連携によってのみ完成する究極ユニット。
「降臨せよ!」
「《天聖風皇アストライア》!!」
黄金と蒼穹の翼が広がる。
会場を支配していた闇が一瞬で押し返される。
エリシアは胸を張って能力を宣言した。
「天聖風皇アストライアの融合能力発動! フィールド上の光属性と風属性ユニット全てを取り込み、その力を自身へ集約する!」
セリーナも続く。
「さらに敵フィールドの闇属性効果を無効化! 状態異常・能力上昇・召喚補正を全解除しますわ!」
ベルゼフィアの翼が崩れる。
フェンリルが苦しそうに吠える。
リリアナの表情が初めて揺らいだ。
「そんな……」
エリシアは最後のカードを掲げる。
「必殺技発動!」
会場の空気が変わる。
「天聖風皇アストライアの究極能力!」
セリーナと同時に宣言する。
「「エターナル・フレンドシップ・レイ!!」」
光と風が一つになる。
巨大な虹色の奔流。
ベルゼフィアが飲み込まれる。
フェンリルが浄化される。
闇が消える。
轟音の後。
静寂が訪れた。
勝負は終わった。
膝をつくリリアナ。
カードは消滅している。
完全敗北だった。
だが。
エリシアは追撃しない。
ゆっくり近付く。
リリアナは顔を伏せたままだった。
「笑えばいいじゃない」
震える声。
「惨めでしょ」
誰も笑わない。
エリシアは座り込む。
同じ目線になるように。
「羨ましかったんだよね」
リリアナの肩が震える。
図星だった。
「私も前世ではそんな時期あったから分かるよ」
静かな声。
リリアナは何も言えない。
すると。
隣へセリーナがやって来た。
そして。
ハンカチを差し出す。
「泣き顔は美しくありませんわ」
「は?」
「ですから」
セリーナが少し照れながら言う。
「友人になるのでしたら、もっと綺麗な顔を見せてくださいまし」
リリアナが固まる。
今度は本当に。
完全に。
予想外だった。
「友人?」
「嫌なら構いませんけれど」
「いや」
リリアナの瞳から涙が零れる。
前世でも。
今世でも。
初めてだった。
損得抜きで手を差し伸べられたのは。
「ずるいじゃん」
泣きながら笑う。
「そんなの断れないじゃん」
その瞬間。
会場から拍手が起こった。
最初は一人。
やがて全員。
レオンハルトも拍手している。
そして王子は三人を見ながら苦笑した。
「恋敵同士が友達になるだけでも珍しいのに」
そう言って肩を竦める。
「まさかそこへ悪役令嬢まで加わるとは思わなかった」
三人とも顔を見合わせる。
そして。
思わず笑った。
こうして。
王子を巡る恋のライバルだったはずの少女たちは。
奇妙な縁によって親友への第一歩を踏み出したのである。




