第8話 立てエリシア! 悪役令嬢と嵐を呼ぶタッグマッチ
第8話 立てエリシア! 悪役令嬢と嵐を呼ぶタッグマッチ
暴走した魔界狼フェンリルは白銀聖騎士アルベルトによって押し返され、その隙を逃さずセリーナが放った風槍が次々と命中して体勢を崩していたのだが、それでもリリアナ・ブラッドローズは焦る様子を見せず、むしろどこか楽しそうに笑いながら黒いカードを指先で弄んでおり、その表情を見たエリシアは昔の自分を少し思い出していた。
世界大会で勝利目前のプレイヤーが浮かべる顔だ。
つまり。
まだ切り札がある。
「気を付けてセリーナさん」
「分かっていますわ」
セリーナも察したらしい。
二人は自然に並ぶ。
ほんの数日前までまともに話したこともなかった令嬢同士とは思えない連携だった。
そのことにレオンハルトは少し驚いていた。
社交界では珍しい。
王妃候補同士など普通は牽制し合う。
なのに二人は既に息が合っている。
「面白いな」
思わず漏れる声。
だが戦場では動きがあった。
リリアナが新たなカードを掲げる。
「なら次よ」
漆黒のカード。
見た瞬間。
エリシアの顔色が変わる。
知っている。
あまりにも有名だった。
「まさか……」
リリアナが笑う。
「そう、そのまさか」
カードが輝く。
巨大な魔法陣。
そして。
「召喚! 《堕天王ベルゼフィア》!」
黒い羽根が吹き荒れる。
現れたのは六枚の翼を持つ美しい女性型モンスターだった。
周囲から悲鳴が上がる。
この世界の人々には分からない。
だがエリシアには分かる。
環境破壊カードだ。
大会でも禁止候補になったことがある。
リリアナは嬉々として能力を読み上げる。
「堕天王ベルゼフィアの召喚時能力発動! フィールド上の光属性ユニット全ての能力値を半減し闇属性ユニット全ての攻撃力を二倍にする!」
観客席がざわつく。
アルベルトの動きが鈍る。
フェンリルは逆に巨大化していく。
完全なメタカードだった。
だがその時。
エリシアは不意に違和感を覚えた。
リリアナが笑っていない。
いや。
笑っているように見えて。
目だけが酷く疲れていた。
何かがおかしい。
そして次の瞬間。
リリアナがぽつりと呟く。
「なんであんたはそんな顔ができるのよ」
エリシアは目を見開く。
初めて聞いた。
演技ではない声。
「私はね」
リリアナが笑う。
けれどその笑顔は歪だった。
「前世じゃ何も持ってなかったの」
静寂が広がる。
観客には意味が分からない。
だがエリシアには伝わっていた。
「私はゲームも強くなかった」
リリアナが続ける。
「友達もいなかった」
魔法陣の風が吹く。
黒髪が揺れる。
「好きだった人は別の子を選んだ」
その声は震えていた。
「努力しても報われなかった」
そこで初めて。
エリシアは理解する。
リリアナも転生者なのだ。
そして。
幸せではなかった。
「だから思ったの」
リリアナは自嘲気味に笑う。
「転生したら全部奪ってやろうって」
王子も。
地位も。
幸せも。
全部。
今度こそ自分のものにしようと。
そう決めていたのだろう。
しかし。
セリーナが前に出た。
「それで」
風が止む。
「だから他人を傷付けていい理由にはなりませんわ」
真っ直ぐな声だった。
リリアナが睨む。
「公爵令嬢には分からないわよ」
「分かりませんわね」
即答だった。
「ですが」
セリーナは小さく微笑む。
「私も初めて友人ができましたから」
その視線がエリシアへ向く。
エリシアは少し驚いた。
友人。
そう呼ばれた。
恋敵だと思っていた相手から。
「エリシア様は確かに困った方ですわ」
「えっ」
「礼儀作法は危なっかしいですし王子殿下の前では挙動不審ですし」
「ちょっと待って」
「ですが」
セリーナが笑う。
本当に綺麗な笑顔だった。
「一緒にいると楽しいですわ」
今度はエリシアが赤くなった。
恥ずかしい。
だが嬉しい。
その時。
レオンハルトが思わず吹き出した。
「はははっ」
珍しく大声で笑っている。
王子らしくないほど。
「いや驚いた」
誰よりも意外そうな顔だった。
「まさか君たちが仲良くなるとは思わなかった」
「仲良くなってませんわ」
「なってません」
即答だった。
しかし。
息は完璧に揃っていた。
レオンハルトはさらに笑う。
周囲の貴族たちも苦笑する。
誰がどう見ても仲良しだった。
一方。
リリアナだけがその光景を呆然と見ていた。
理解できなかった。
羨ましかった。
少しだけ。
本当に少しだけ。
その輪の中へ入りたいと思ってしまった。
だが。
そんな感情を認めたくなくて。
彼女は最後のカードを掲げる。
「だったら全部壊してあげる!」
黒い魔力が吹き荒れる。
エリシアはため息を吐いた。
相変わらず面倒な性格だった。
しかし。
もう怖くなかった。
隣にはセリーナがいる。
そして二人は同時にカードを構える。
「行くよ」
「ええ」
息がぴったりだった。
リリアナは見てしまう。
その姿を。
自分が一番欲しかったものを。
勝利でも。
地位でも。
王子でもない。
肩を並べて笑い合える友人を。
だからこそ。
次の戦いが終わった時。
リリアナ自身もまだ知らない。
彼女の人生が少しだけ変わり始めることを。




