第6話 公爵令嬢との初対決
第6話 公爵令嬢との初対決
王城で開催される収穫祭へ招待されたローゼンベルク侯爵家は数日かけて王都へ向かい、その道中もアルフォンス侯爵が何度も服装や礼儀作法について確認してくるものだからエリシアは完全に試験前の学生のような気分になっていたのだが、それでも王都が近付くにつれてゲーム時代に何百回もカードイラストや背景設定で見た憧れの都市が現実になって視界へ飛び込んでくることに興奮を隠せず、気付けば馬車の窓へ張り付いて眺め続けていた。
巨大な城壁。
輝く白亜の王城。
賑わう商業区。
そして数え切れないほどの貴族たち。
M&Dの舞台として何度も見てきた場所が本当に存在している。
その感動だけで泣きそうだった。
「着きましたよ、お嬢様」
メイドのマリアに呼ばれ、エリシアは慌てて姿勢を正す。
そして収穫祭会場へ足を踏み入れた瞬間。
周囲の視線が一斉に集まった。
豊穣の奇跡を起こした侯爵令嬢。
妖精契約者。
竜を従える少女。
既に王都でも噂になっていたらしい。
「見て、あれがローゼンベルク侯爵令嬢よ」
「思ったより可愛いわね」
「本当に精霊を従えているのかしら」
令嬢たちが小声で囁き合う。
エリシアは笑顔を保ちながら内心では逃げ出したかった。
前世では世界大会の決勝会場ですら平気だったのに、なぜ令嬢たちの視線はこんなに怖いのだろう。
そんなことを考えていると前方から人だかりが割れる。
そして一人の少女が現れた。
金色に近い美しい長髪。
青い瞳。
完璧な姿勢。
まるで絵画から飛び出してきたような美少女だった。
周囲の貴族たちが自然に道を開ける。
その姿を見た瞬間、結衣の脳内で警報が鳴った。
知っている。
ゲーム知識が叫んでいる。
セリーナ・アークライト。
アークライト公爵家令嬢。
将来的に社交界の華となる天才。
そして。
第一王子レオンハルトの有力婚約者候補。
つまり恋敵である。
「初めまして、ローゼンベルク侯爵令嬢」
柔らかな笑顔。
だが圧力が凄い。
上位ランカー同士が初対面で握手する時のような独特の牽制を感じる。
「初めまして、アークライト公爵令嬢」
エリシアも笑顔で応じる。
二人とも笑っている。
笑っているはずなのに周囲の空気が妙に張り詰めていた。
「あなたのお噂は聞いておりますわ」
「ありがとうございます」
「豊穣の奇跡を起こされたとか」
「ただ領民の皆さんを助けたかっただけです」
「まあ素晴らしいですわね」
「公爵令嬢様ほどではありません」
周囲の令嬢たちが息を呑む。
本人たちは丁寧な会話をしているのに何故か決闘が始まる寸前みたいな空気になっている。
エリシアは途中で気付いた。
この人。
負けず嫌いだ。
自分と同じ匂いがする。
セリーナの方も似た感想だったらしく、美しい笑顔の奥でわずかに興味を抱き始めていた。
そんな時だった。
会場の反対側から歓声が上がる。
「殿下だ!」
「第一王子殿下がお見えになったぞ!」
エリシアの身体が硬直した。
前世からの推し。
レオンハルト。
ついに本物が来る。
心臓がうるさい。
逃げたい。
でも見たい。
そんな矛盾した感情と戦っているうちに人波が揺れる。
そして。
誰かとぶつかった。
「きゃっ」
体勢が崩れる。
病弱だった頃よりかなり良くなったが、まだ身体は小さい。
転びかける。
終わった。
そう思った瞬間。
強い腕が支えた。
「大丈夫ですか」
聞き覚えのない優しい声。
だけど知っている声。
本能で分かった。
恐る恐る顔を上げる。
そこにいたのは。
金髪碧眼。
爽やかな笑顔。
絵に描いたような王子様。
レオンハルトだった。
エリシアの脳が停止する。
停止した。
完全に。
数秒。
十数秒。
フリーズ。
「お嬢さん?」
レオンハルトが心配そうに覗き込む。
近い。
顔が近い。
前世の推しが近い。
結衣の魂は混乱していた。
ゲーム内立ち絵より格好いい。
なにこれ。
バグじゃないの。
「だ、大丈夫です!」
反射的に飛び退こうとしてドレスの裾を踏んだ。
転ぶ。
再び。
今度は盛大に。
会場中の視線が集まる。
恥ずかしい。
消えたい。
するとセリーナが咳払いした。
どうやら笑うのを我慢しているらしい。
「ふふ」
聞こえた。
絶対聞こえた。
エリシアは恥ずかしさのあまり穴があったら入りたかった。
しかしレオンハルトは楽しそうに笑っていた。
「面白い人ですね」
その言葉に今度はセリーナの眉が僅かに動く。
面白い人。
レオンハルトが女性にそんな評価をするのは珍しい。
公爵令嬢の直感が警鐘を鳴らす。
恋の戦場に新顔が現れた。
しかもかなり危険な相手だと。
その瞬間だった。
会場の中央で子供の悲鳴が上がる。
魔法器具の暴走だった。
装飾用に展示されていた魔導ゴーレムが誤作動を起こし、制御を失って暴れ始めたのである。
貴族たちが悲鳴を上げる。
騎士たちも動き出す。
だが間に合わない。
子供が巻き込まれる。
エリシアは反射的にカードを引き抜いていた。
「ガーディアンカード発動!」
カードが光る。
魔法陣が展開される。
「召喚せよ、《白銀聖騎士アルベルト》!」
眩い光と共に鎧騎士が出現する。
会場中が騒然となる。
王族まで立ち上がっていた。
だがエリシアは構わない。
「白銀聖騎士アルベルトの特殊能力発動! このカードは民間人保護対象を指定した時、防御性能が三倍に上昇し全ての単体攻撃を強制的に引き受ける!」
聖騎士が盾を構える。
暴走したゴーレムの拳。
激突。
轟音。
しかし盾は砕けない。
周囲から歓声が上がった。
さらにエリシアは追撃する。
「装備カード発動、《聖雷の槍》!」
光の槍が現れる。
「このカードを装備した聖属性ユニットは攻撃力を大幅上昇! さらに魔導機械系モンスターへの特効を獲得する!」
アルベルトが槍を投擲。
雷鳴。
一撃。
ゴーレムの核が砕け散る。
戦闘終了。
静寂。
そして次の瞬間。
大歓声だった。
王都の貴族たちが騒ぎ出す。
王族たちも驚いている。
セリーナも唖然としていた。
そしてレオンハルトだけは。
心から楽しそうに笑っていた。
「さすがですね、エリシア嬢」
名前を呼ばれた。
エリシアの心臓が再び爆発した。
対するセリーナはその様子を見ながら静かに思う。
面白くなってきた。
そして。
負ける気もなかった。
こうして。
エリシアとセリーナ。
未来の王妃候補同士の初対決は。
どちらも相手を強く意識する形で幕を開けるのだった。




