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第5話 初恋フラグと王子様候補

 第5話 初恋フラグと王子様候補


 襲撃事件から数週間が経過した頃にはローゼンベルク領の復興は目に見える成果を上げ始めており、豊かになった畑からは例年の数倍とも言われる勢いで作物が育ち、各地の商人たちが噂を聞きつけては取引を求めて訪れるようになり、アルフォンス侯爵は気が付けば借金の心配よりも急増した契約書類との戦いに忙殺されるようになっていたのだが、その一方でエリシア本人は別の大問題に頭を抱えていた。


 それは将来的な社交界デビューである。


「お嬢様、そろそろ貴族としての礼儀作法を本格的に学ばねばなりません」


 家庭教師の厳しい言葉にエリシアは机へ突っ伏した。


 前世の世界ランカー皇結衣にとって世界大会の決勝戦は得意分野だったが、公爵夫人に向ける完璧なお辞儀の角度だとか優雅なお茶の飲み方だとかは完全な未知の分野である。


「モンスター相手なら戦えるのに……」


「モンスターにお辞儀はしませんからね」


 正論だった。


 その後もレッスンは続き、歩き方、話し方、笑い方、ダンスの基礎まで徹底的に叩き込まれ、疲れ切ったエリシアが庭園へ逃げ出した時には夕方になっていた。


「貴族令嬢って大変だなぁ……」


 ベンチへ座りながら空を見上げる。


 するとその時だった。


 屋敷の正門から慌ただしい足音が聞こえてくる。


 執事が慌てて走っていた。


 珍しい。


 ローゼンベルク家の使用人たちは皆優秀なので滅多に慌てない。


 しばらくするとアルフォンス侯爵の叫び声が聞こえてきた。


「な、なんだと!? 本当に陛下からか!?」


 屋敷中が騒然となる。


 興味を持ったエリシアも執務室へ向かった。


 そしてそこで一通の手紙を目にする。


 国王陛下の紋章。


 王家からの正式な招待状だった。


 内容は単純だった。


 王城で行われる収穫祭への招待。


 だが侯爵家全員が絶句する理由としては十分だった。


「ど、どうしてうちが?」


 母ヴィクトリアも混乱している。


 地方侯爵でしかないローゼンベルク家が王家から直接招待を受けるなど本来なら極めて異例だからだ。


 もっともエリシアには理由が分かっていた。


 原因は自分だ。


 豊穣の精霊。


 泉竜。


 奇跡の治癒。


 噂が王都に届いていても全く不思議ではない。


「終わった……」


 思わず呟く。


「どうしたんだいエリシア」


「いえなんでもないです」


 だが内心では盛大に動揺していた。


 なぜなら。


 王城。


 つまり。


 王子がいる。


 M&D本編主人公。


 将来の推し。


 金髪イケメン。


 作中人気投票三年連続一位。


 第一王子レオンハルトである。


 前世では散々好きだったキャラクターだが、いざ本物と会うとなると話は別だった。


「落ち着け私」


 心臓が早い。


 まだ会ってもいないのに。


 完全にオタクだった。


 そんな様子を見たリリィが肩の上で不思議そうに首を傾げている。


「りり?」


「違うの、緊張してるだけなの」


 妖精に言い訳しても意味はない。


 それから数日後。


 王都へ向かう準備が進む中でエリシアは王都の情報収集も兼ねてカードを活用していた。


 今回選んだのは情報収集系カードだった。


「サポートカード発動、《千里眼の梟賢者ホルン》!」


 青いカードが光り輝き、魔法陣から大きな白い梟が出現する。


 見た目は可愛い。


 しかし性能は凶悪だった。


 エリシアは思わずアニメ主人公みたいに説明する。


「梟賢者ホルンの探索能力発動! このカードは上空から広範囲を偵察し周辺地域の地形と人物情報をマッピングする! さらに危険度判定による自動分析を行う!」


「ホーッ」


 元気に鳴いた梟が空へ飛び立つ。


 数時間後。


 ホルンは大量の情報を持ち帰ってきた。


 王都周辺の地理。


 主要貴族。


 勢力図。


 そして。


 未来の攻略対象たち。


「これ完全にゲーム攻略本じゃない?」


 便利すぎた。


 情報アドバンテージは正義である。


 世界ランカー時代も環境分析こそ勝利の鍵だった。


 するとその時。


 ホルンが映像を見せてくる。


 王都郊外。


 訓練場。


 そこには一人の少年がいた。


 金髪。


 青い瞳。


 木剣を握り汗だくになりながら鍛錬している。


 エリシアは固まった。


「え」


 ホルンが首を傾げる。


 映像は続く。


 少年は近衛騎士に何度も打ち込まれながら諦めず立ち上がる。


 気品ある顔立ち。


 爽やかな笑顔。


 そして整った容姿。


 見間違いようがない。


 第一王子レオンハルトだった。


 ゲームの立ち絵より格好良かった。


 エリシアは顔を真っ赤にする。


「ちょっと待って」


 動揺する。


 前世の推しが動いている。


 喋っている。


 汗かいてる。


 世界ランカーだった頃に好きなキャラフィギュアを買い漁っていた自分に見せたら卒倒する光景だった。


「りり?」


 心配そうなリリィ。


 エリシアは慌てて首を振る。


「違うの、別に好きとかじゃないの」


 リリィがじーっと見る。


 完全に信じていない。


 その後も映像を見続けるが。


 気付けば三十分経過していた。


 完全に見入っていた。


「……私なにやってるんだろう」


 前世三十歳近い精神年齢である。


 なのに初恋の少女みたいになっていた。


 だがそんな彼女はまだ知らない。


 王都での収穫祭当日。


 憧れの王子本人と出会うどころか。


 最悪で最高な出会い方をすることを。


 しかもその現場を未来の恋敵となる少女たちにしっかり目撃されることを。


 そしてその結果。


 王都の社交界で「ローゼンベルク侯爵令嬢」の名前が一気に広まることを。


 まだエリシアは知らなかったのである。

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