第4話 襲撃者たちと防衛デッキ
第4話 襲撃者たちと防衛デッキ
豊穣の精霊イシュタと泉竜ナーガによってローゼンベルク領は目に見えて変化を始めており、ほんの数日前まで暗い顔で畑を眺めていた農民たちは毎日のように成長していく作物を見て希望を取り戻し始め、屋敷へ届く報告書も赤字や損失ではなく収穫予測や販路の話題が増えてきたことでアルフォンス侯爵は寝不足になりながらも上機嫌な日々を送り、エリシアもまた自室で今後の領地発展計画を考えながら順調なスタートに満足していたのだが、どれほど優秀なプレイヤーであっても相手のターンが存在する以上一方的な展開だけでは終わらないのが勝負の世界だった。
その日の夜もエリシアは机に向かいながらカードリストを眺めていた。
病弱な身体はかなり改善されたとはいえまだ長時間動き回れるほどではなく、そのため今は知識とカードを利用してできることを一つずつ積み重ねている段階だった。
「学園入学までには体力も付けないとなあ」
そう呟いた時だった。
窓の外で何かが光る。
直後。
爆音。
屋敷の外壁の一部が吹き飛んだ。
「えっ?」
突然の衝撃に椅子から立ち上がった瞬間、廊下から悲鳴が響き、屋敷中が一気に騒然となる。
衛兵たちの怒号。
走る足音。
ガラスが割れる音。
明らかに異常事態だった。
「お嬢様!」
メイドのマリアが飛び込んでくる。
顔面蒼白だった。
「賊です! 正門と西側から侵入が!」
エリシアは眉をひそめる。
盗賊にしては行動が大胆すぎる。
狙いがある。
そしてその予感はすぐに的中した。
「生け捕りにしろ!」
外から聞こえる怒鳴り声。
「妖精契約者を確保しろ!」
完全に自分狙いだった。
結衣の脳内で警報が鳴る。
ゲーム大会でも相手が大型カードを警戒するように、こちらの存在が各所へ知られ始めているのだろう。
イシュタやナーガを派手に使った以上隠し通せるとは思っていなかったが予想よりずっと早かった。
「だったら」
恐怖はあった。
まだ八歳だ。
前世でも戦った経験などない。
だがそれ以上に。
家族を傷付けられることが許せなかった。
窓の外へ視線を向ける。
黒装束の男たちが屋敷へ侵入している。
二十人はいる。
しかも動きからして訓練されている。
普通の盗賊ではない。
エリシアは深く息を吸い込む。
そしてカードを取り出した。
「防衛フェイズ開始」
思わず口元が笑う。
世界大会で追い込まれた時ほど頭が冴える癖は死んでも治らないらしい。
カードが光る。
「ガーディアンユニット召喚、《鋼鉄騎士ガルド》!」
金色の光が炸裂する。
巨大な甲冑騎士が庭園へ降り立った。
全身を鋼鉄で覆われた三メートル近い騎士は大剣を引き抜きながら侵入者たちの前へ立ちはだかる。
エリシアは勢いよく能力を宣言した。
「鋼鉄騎士ガルドの常時能力発動! このカードは防衛対象の前衛に存在する限り防御力を二倍化し後方ユニットへの攻撃を強制的に自身へ集中させる!」
ガルドが盾を地面へ叩き付ける。
衝撃波。
侵入者たちの足が止まる。
「なっ!?」
「魔物ではない!」
「召喚獣だ!」
黒装束たちが動揺する。
だがまだ終わらない。
エリシアは次のカードを取り出した。
「サポートカード発動、《聖光障壁》!」
白いカードが夜空へ舞う。
「このカードは指定エリア全体へ結界を展開し敵性存在の侵入成功率を大幅低下させる! さらに闇属性ユニットに追加ダメージを与える!」
凄まじい光が屋敷全体を包む。
白銀の結界。
侵入者たちが悲鳴を上げる。
中には結界へ触れた瞬間弾き飛ばされる者までいた。
「結界だと!?」
「報告に無かったぞ!」
エリシアは少し驚いていた。
思った以上に効いている。
この世界の人間はカードユニットへの対策を知らないらしい。
当然だ。
存在そのものが未知なのだから。
しかしその時。
黒衣の一団の後方から巨大な魔法陣が展開された。
一人だけ別格の魔力。
指揮官らしき男がゆっくり前へ出る。
「小娘が」
男の周囲に黒炎が現れる。
衛兵たちが後退する。
かなり強い。
少なくとも普通の騎士ではない。
だが結衣はその瞬間安心していた。
なぜなら。
まだ手札がある。
「だったら上から叩く」
カードを掴む。
そして迷わず叫んだ。
「飛行ユニット召喚、《雷翼の戦乙女ヴァルキリア》!」
青白い雷光が夜空を引き裂く。
現れたのは純白の翼を持つ美しい女戦士だった。
彼女は空高く舞い上がる。
雷鳴。
閃光。
黒衣の男たちが空を見上げる。
エリシアはまるでアニメの主人公のように能力を宣言した。
「雷翼の戦乙女ヴァルキリアの特殊能力発動! フィールド内敵ユニット数に応じて雷撃威力上昇! 対象が複数存在する場合ランダム攻撃回数を追加獲得する!」
次の瞬間。
空から無数の雷が降り注いだ。
轟音。
悲鳴。
庭園が昼間のように明るくなる。
侵入者たちは次々と吹き飛ばされ、武器を落とし、戦意を失っていく。
黒衣の指揮官も辛うじて防御したものの全身から煙を上げていた。
「馬鹿な……こんな力が……」
男の顔から余裕が消える。
エリシアは窓辺に立ちながら彼を見下ろした。
前世なら対戦相手が大型カードを見て絶望する場面だ。
そして多くの場合そのまま勝負が終わる。
だがその男は不意に笑った。
「なるほど」
血を吐きながらも不気味な笑みを浮かべる。
「予想以上だ」
その言葉を最後に黒い煙が発生する。
転移魔法。
逃走だった。
残った部下たちも撤退を始める。
戦いは終わった。
しかしエリシアは安心できなかった。
相手はただの盗賊ではない。
目的を持って動いている。
しかも自分という存在を知っている。
その事実は明白だった。
騒動が落ち着いた後、アルフォンス侯爵は娘を力強く抱き締めた。
「無事で良かった……」
母ヴィクトリアも泣いている。
そんな両親を見ながらエリシアは穏やかに微笑む。
守れた。
今回は。
だが同時に理解した。
カードの力を使えば使うほど自分は目立つ。
そしてその力を狙う者たちも増える。
世界ランカーの手札は強力だ。
だからこそ。
狙われる価値もある。
その頃。
遠く離れた地下施設では。
逃げ帰った黒衣の男が片膝をついていた。
玉座に座る人物の顔は闇に隠れて見えない。
「失敗しました」
男が頭を下げる。
しばらく沈黙が続く。
やがて玉座の人物が小さく笑った。
「構わん」
その声には妙な愉悦が混じっていた。
「それ以上に興味深い報告を聞けた」
闇の中で赤い瞳が輝く。
「カードを使う少女か」
低い笑い声が地下空間へ響く。
そしてその人物はゆっくり立ち上がった。
「予定変更だ」
その言葉と共に巨大な魔法陣が回転する。
「私が直接確かめてやろうではないか」
エリシアもまだ知らない。
自分の存在が王国だけでなく、この世界の歴史の裏側で暗躍してきた危険な存在たちの注目を集め始めていることを。
そして次に出会う相手が、後に生涯の友か敵かを決める運命の少女であることを。




