第九十八話 チート能力を失ったら、パーティーから追放されたので、城の料理人を始めました
リデルたちがスターサラマンダーと戦っていた頃。四堂悠太は、城で料理を作っていた。
少し前に脳内に浮かんだ「チート能力を失ったら、パーティーから追放されたので、城で料理人を始めました」という異世界新シリーズが始まった気分だった。パーティーからは、追放されていなかったけど。
みんなが戦いに旅立った後、二日間、城で暮らしている人たちのために、料理長にいろいろ教わりながら、頑張って料理を作っていた。無心で料理をしていると、余計なことを考えずに済んだ。誰かの役に立てていると思うと、自分には何もできないと悲観することもない。誰が配慮してくれたのかは分からないけど、役割を作っておいてくれて、ありがたかった。
今日の昼食は、城に貯蔵してある獣肉を使った煮込み料理だった。だが、料理長が困り顔で言った。
「シドー様、この肉なのですが、どうにも固くてですね。長時間煮込んでも、なかなか柔らかくならないのです。城主様に出すには、少々……」
料理長が見せてくれたのは、褐色の獣肉の塊だった。確かに、触っただけでも固そうだというのが分かる。
(あぁ、これ、たぶん筋肉質な魔物の肉だな。この世界だと、食べられる魔物もいるんだ……)
四堂悠太は少し考えてから、自分の鞄をごそごそと探って、ヴィクターが餞別にくれた瓶を取り出した。まだ一度しか使っていないから、中身はたっぷり入っていた。
「あの、このハチミツなんですけど、料理に使えると思うんです。……でもお城の人たち全員分を作るとなると、足りないかもしれない」
「ハチミツ、ですか? それなら城にございますが……。甘味に使うものでは?」
「いえ、実は肉を柔らかくするのに使えるんです」
料理長が、首を傾げながらハチミツの瓶を取り出してくれた。
(ハチミツに含まれるプロテアーゼという酵素が、肉のタンパク質を分解して、柔らかくしてくれるんだよな。確か、漬け込んでおくと効果が出るって、何かで読んだことがある)
四堂悠太は料理長に説明しながら、獣肉にハチミツを丁寧に塗り込んでいった。甘い香りが、ふわりと厨房に漂う。
「これで、しばらく置いておくと……」
「本当に、柔らかくなるのでしょうか」
「多分、なると思います。……異世界の魔物の肉でも、たぶん同じ原理で効くはずで」
(多分、って言ったけど。本当に効くかな……。まぁ、肉の組成がそんなに違わなければ、いけるはずだ)
「……シドー様、少しご不安そうな顔をされておりますが」
「え、いえ! 大丈夫ですよ!」
自信ありげに見せておいたつもりだったが、どうやら、完全には隠せていなかったらしい。漬け込むこと、一時間ほど。
「……シドー様、これは」
料理長が、恐る恐る肉を触ってみて、目を見開いた。
「柔らかい……‼ 信じられない、あの固い肉が……‼」
「よかった。ちゃんと効きましたね」
(よかった……。本当によかった)
内心で、盛大に安堵した。
その後、柔らかくなった獣肉を、じっくりと煮込んでいく。ハチミツの甘みが肉に染み込み、いつもとは違う、豊かな香りが厨房に広がっていった。仕上げに、この世界の香草を加えて、完成だ。
「……いただいてみてよろしいでしょうか」
料理長が、恐る恐るスプーンで一口すくって、口に運んだ。しばらく、無言だった。それからじわじわと、その顔が変わっていく。
「……‼ な、何ですかこれは……‼ 柔らかい、ジューシーで、甘みがあって……‼ こんな煮込み料理、食べたことがありません‼」
「ありがとうございます。でも、使ったのはヴィクター隊長のハチミツですよ。秘伝でも何でもないんです」
(異世界の料理なんかじゃなくて、この世界の、ヴィクター隊長自慢のハチミツを使っただけなんだよな……)
「何を仰いますか! 素材は同じでも、シドー様の技があってこそです! これは紛れもなく、異世界の秘伝の調理法でございます!」
(……うーん。僕の元の世界では、「ハチミツで肉を柔らかくする」なんて、家庭科の教科書に載ってるレベルの基礎知識なんだよな……)
四堂悠太は苦笑いを浮かべながら、それ以上は何も言わなかった。
「シドー様は、本当に、元の世界でも、相当な料理人でいらしたのですね」
「……いえ、どちらかというと基本的な料理しかできない、普通の一般人です。本当に」
「ご謙遜を。……これほどの腕前と知れば、城主様は是非うちの料理長を任せたいと仰るはずです。報酬はいくらでも出す、なんて言い出しても、おかしくはありませんよ!」
「そ、そうですか? うーん……。ちょっと考えさせてください」
(僕の異世界スローライフが始まりそうな予感……いや待って。今、みんながどこかで命がけで戦ってるんだった)
昼食の時間になると、城の人々が食堂に集まってきた。配膳を手伝いながら、みんながどんな顔をして食べるか、四堂悠太は少しだけ期待しながら見ていた。
一口食べた人が、ぱっと顔を上げた。となりの人に何か言っている。その人も食べて、驚いたように目を丸くした。食堂に、じわじわと小さなざわめきが広がっていく。
(……なんか、いい感じだな)
四堂悠太は厨房の入り口から、そっとその光景を見ていた。みんなが美味しそうに食べている。それだけで胸の奥が、少しだけ温かくなった。
(魔法が使えなくなっても、こういうことはまだできる)
そう思ったら少しだけ、呼吸が楽になった気がした。
食事が終わった後、料理長が四堂悠太のそばに来て、小声で言った。
「シドー様、今日、皆さんが、いつもより食事を残さなかったのです。それどころか、おかわりをした方が、三人もいらっしゃいました」
「……本当ですか」
「はい。……これも、シドー様のおかげです」
料理長は、丁寧に頭を下げた。
(おかわり三人か……。本当に料理長に転職しようかな……)
そこまで考えて、ふと思い出した。
(そう言えば、スターサラマンダーの夢って、料理人だったな……。料理人になりたいという夢を笑われて、厨房に入れなくなったんだ。あの神回、本当に良い出来だった)
自分は今、その夢を、こうして当たり前のように叶えている。それがなんとなく、引っかかった。
(リデルたち、今頃どうしているんだろう……)
戦いに行ったのは分かっている。魔法少女たちの誰かと戦っているはずだ。スターシルフが「全員纏めて、私一人で十分片づけられる。皆は、下がって」と言って残ったのなら、今回はスターシルフとは別の誰かだろうか。リデルが言っていた言葉が、脳裏に蘇る。「三幹部の誰よりも……この者たちは、遥かに強い」と。あの日、魔法少女たちの襲撃を受けて、リデルもアレクシアもルティナも、ぼろぼろだった。三幹部が味方になってくれたとして、六人で、魔法少女の誰か一人にでも勝てるのだろうか。
(勝てなくてもいい。……みんな、無事に帰ってきてくれたら、それだけで十分だ)
胸の奥が、じわりと締め付けられるような感覚があった。
(こんなところで冗談言ってる場合じゃないんだよな……)
厨房の片付けを手伝いながら、四堂悠太は窓の外の空を、しばらく見つめていた。




